第14話 秘めた想い(※sideエリオット)

「……浮かない顔だな、ウォルター」


 最近ずっと気になっていた。子どもの頃から仲が良くて、学生時代もずっと懇意にしていた気心の知れた友人。そして今では頼りになる僕の側近でもある彼が、ここ最近暗い顔をしている。


「っ!……コホン。……大変失礼いたしました、殿下」

「いや、いいんだ。そうじゃなくて…。…一体どうした?ウォルター。君らしくもないな。なんだかずっと沈んでいるだろう。…僕の目はごまかせないよ」


 僕がサインをした書類をテキパキと捌いているその表情はいつも通りのポーカーフェイスだが、まるで頭の上にぶ厚い雨雲でも乗っかっているようなどんより感が漂っている。


「……さすがですね、殿下」

「何か心配事があるなら言ってくれないか。僕で力になれることなら、助けてあげたい」

「……。ありがたいお気遣いですが…」


 人目が気になるのだろうか。言い渋る様子のウォルターが気にかかり、僕は護衛や侍従たちを部屋から外に出した。これで二人きりだ。


「…さ、これでいいだろう。話してくれ」

「……。ご心配おかけして申し訳ありません。……いや、その、……妹のクラリッサのことで…」

「……っ、」


 クラリッサ、という名に、思わずドキッと心臓が飛び跳ねる。…動揺してしまった。ウォルターにバレていないだろうか。


「…うん。妹君がどうかしたのかい?」


 僕はあくまで淡々とした態度を崩さずに静かに問いかける。……まさか、彼女に何かあったのだろうか。嫌な予感に胸がざわつく。


「……実は先日、ディンズモア公爵のご子息から婚約を破棄されまして…。ひどく落ち込んでいるのです」

「何……っ?!…せ、先方からか?」


 僕は驚いて今度こそ冷静さを失いウォルターに食いつく。あの…クラリッサが……。まさか、そんな……。


「……ええ。どうやら、ディンズモア公爵の子息はフィールズ公爵のところのアレイナ嬢に心を移してしまったそうで」

「……っ、……ミリーの……姉に…?」

「…数ヶ月前、うちの屋敷で集まって話し合いの場を設けたようですが、ディンズモア公爵令息とフィールズ公爵令嬢は自分たちの愛を貫くと主張するばかりで、そ…」

「クッ、クラリッサ嬢の前で、か?二人が、そんなことを彼女の前で言ったのか?」

「…はい。それも婚約破棄の原因はクラリッサがフィールズ公爵令嬢を虐めていたからだと…。二人はクラリッサに責任があると、全てクラリッサが悪いのだと主張し続けておりまして…」

「…………っ!」


 我知らず、僕は自分の拳を固く握りしめていた。そんな馬鹿な話があるだろうか。あの、誰よりも優しく温和な彼女が……、アレイナを虐めたりするはずが……っ!


「…昨夜父と話しましたが、やはりクラリッサはずっと食欲もあまりなく落ち込んだままでいるようで。両親の前では無理して明るくふるまってはいますが、演技なんてできない妹でしてね。学園から戻ってくるたびに、青い顔をしていたり、真っ赤な目をしていたりと……どうやら学園も針のむしろのようで…。兄としては心配がつきません」

「……それは…………もちろんそうだろう。……心中察するよ、ウォルター」

「ありがとうございます。…どうにか早く立ち直らせてやりたいとは思うのですが、何せ学園に行けばあの二人とは同学年ですから。父が手を回して今年度違うクラスにはしてもらっているのですが、全く顔を合わせないというわけにもいかないでしょうし。……かと言って……真面目な妹のあの性格上、とっとと忘れて次に行く、なんて切り替えも難しいようで」


 それはそうだろう。

 彼女はそんなことができる人ではないのだから。

 彼女は……クラリッサは、子どもの頃からずっと…ダリウス・ディンズモアのことばかりを見つめていた。

 あの純真な、汚れなく柔らかな視線で。

 あの愛らしく美しい微笑みをたたえて。


 それをこの僕が、どれほど羨ましく思っていたことか。




 


 僕は子どもの頃から、ずっとクラリッサのことが気になって仕方がなかった。


 記憶にある最初の出会いは、僕の母であるティナレイン王国王妃が開いた、王宮の中庭での茶会。僕はたしか、10歳ぐらいだったはずだ。王太子としては遅く、諸々の事情でまだ婚約者は決まっていなかった。主にフィールズ公爵家側の事情というべきか。


(…うわぁ…、…なんて可愛い子だろう…)


 僕の視線がクラリッサを捉えた瞬間、僕はもうその存在に釘付けになった。まるでこの上なく精巧に作られた美しい人形に命が宿ったかのような稀有な雰囲気。彼女の周りだけがキラキラと発光しているようだった。

 真っ白な可愛らしいドレスを身にまとい、とても自然にニコニコと微笑んでいた。艶やかなピンクブロンドの髪が印象的だった。


 最初は、ただそれだけだったのだ。その可愛らしさを目の保養と思い、眺めているだけで満足していた。

 いつからだろう。会うたびに少しずつ、美しく大人びていく彼女から目が離せなくなり、…そしてこの心からも、片時も彼女のことが離れなくなってしまったのは。

 時折ほんの少し言葉を交わすたびに、その慎み深さ、謙虚さ、控えめで温和な物腰にどんどん惹かれていった。

 ディンズモア公爵令息であるダリウスの婚約者であることを知った時はガッカリしたものだ。別に、クラリッサが自分の恋人にも妻にもなることは一生ないと分かっていたのに。だっていずれにせよ僕は、よほどのことがない限りフィールズ公爵家の娘を妻に迎えると決まっていたのだから。


 だけど、分かっていても思い通りにならないのが心だ。

 僕は決して口外すまいと決めたまま、心秘かにクラリッサを想い続けていた。




(……ああ、どれほど辛い毎日を送っていることだろう……。何もしてやれないことが、これほど歯痒いとは……)

 

 ……そうだ。


 数週間後、王家主催の夜会がある。そこで彼女の顔が見られるはずだ。


(……国内の高位貴族は軒並み参加する。フィールズ公爵家やディンズモア公爵家の面々と顔を合わせるのは辛いだろうが……)


 クラリッサは、来てくれるだろうか。この目で彼女の姿を見て無事を確かめたい。

 もし、話ができるのなら……、何か少しでも彼女の心の慰めになるような言葉をかけてあげたいが……。






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