第13話 針のむしろにひどい屈辱

 しっかりしなくては、と思っているのに、新年度は地獄のようだった。


 同じ学年で、しかも隣のクラスのダリウス様とアレイナ様とは嫌でも毎日どこかで顔を合わせる。二人は常に一緒にいて、私の存在に気付くとアレイナ様はまるで見せつけるかのようにダリウス様の腕にしがみつきピタリとくっ付く。そしてダリウス様の方はチラリと私を一瞥しても、そのまま無視して通り過ぎていくのだ。


 それを見て落ち込まないはずがない。演技が下手な私はポーカーフェイスを装うこともできず、惨めな顔を隠そうと唇を噛みしめて俯いてしまう。すると周囲の声が次々に耳に飛び込んでくるのだ。



「……見て、あんなに落ち込んで……」

「お可哀相ね。あのジェニング侯爵家のご令嬢で、あんなに美しい方でも、あんな思いをすることが……」

「辛そうで見ていられないわ。あのお二人も、デリカシーがなさすぎるわよ……」

「シーッ、声が大きいわよ。聞かれてしまうわ……。でもそもそも、あちらが虐めをしていたとかって……」

「…え?あちら、って?……。……ええっ、嘘ぉ…」



「………………っ、」


(…もう退学してしまいたい……。だけどそんなこと言ったら、父と母はどれほど落胆するか……)


 毎日毎日そう思い悩んではどうにか自分を奮い立たせて登校する。そんな日々だった。




 そんな中で、さらにショックな出来事があった。


「ねぇ、クラリッサ嬢、ちょっといいかな?話があるんだ」

「……?……な、何でしょうか」


 話をしたことのない男子生徒から突然声をかけられた。誰だろう……。侯爵家、伯爵家の方……。記憶をいろいろと辿ってみても、やはり覚えがない。


 ここでは話せないよ、大事な話だからね、と言う男子生徒に促されるがままについて行くと、1階と2階の間にある階段の踊り場でピタリと立ち止まった。


「うん。ここならいいかな。誰もいないしね。むふ」

「……一体、何のご用ですか?あなたは……?」

「ふふん。俺はね、マレット男爵家のイアンだよ」

「……は、…はぁ…」


(……男爵家……?全然分からないわ。何かうちとの関わりがある方なのかしら)


 私が不審に思っていると、目の前のマレット男爵家のご子息と思われるその方が片方の口角をニッと持ち上げてもったいぶったように語りはじめた。


「いやね、噂によると君、公爵家の嫡男の婚約者だったんだろう?で、出来が悪いからなのか何かやらかしたからなのかは知らないが、その婚約を破棄されたそうじゃないか」

「……っ、」

「大変だよねぇ。仮にも侯爵家のご令嬢なのにさぁ、こんな歳になって放り出されて独り身になっちゃってもねぇ。もう傷ものになったわけだからさ、次の良い貰い手なんか簡単には見つからないだろう。困ってるんじゃないかなーって思ってさ、君も君のジェニング侯爵家も」

「…………。よ、」


 あまりの屈辱に思わず、余計なお世話です、という言葉が口をついて出そうになった。

 だけど私の言葉に耳を傾けようともせずに、マレット男爵家のご子息は恩着せがましくのたまった。


「だからさ、俺が君を貰ってあげるよ。どうせもう真っ当な高位貴族の息子たちは皆婚約者がいるだろうし、いないヤツは何かしらのワケありだけさ。だろ?」

「……は……?」

「俺はね、まぁちょっといろいろあってさ…、今は婚約者がいないんだ。実は、ふふん、俺も婚約破棄しててね。……いや、違うよ?!こっちが悪いんじゃないよ?!うちの場合はね!相手の女が馬鹿だったのさ。気が短くて疑い深くてね…」


 聞いてもないのに自分の婚約破棄の話を延々としている。しかも全ては相手が悪いのだという内容だ。


(……私は……こんな男性に自分と同レベルだと、そう思われているの……?)


 こんなに短い時間近くにいただけで、すごく不快になる、こんな男性と?


 私の引き攣った顔など気にすることもなく、男爵家のご子息はついに耳を疑うようなことを言った。


「……ね、……まぁ、だからさ。俺の結婚相手にちょうどいいと思ったんだよ、君のこと。どうせこのまま一生独り身のワケあり女だろ?俺が可愛がってやるからさ。な?」

「─────っ!!や、止めて……っ!」


 男はそんな失礼なことを言いながらいやらしく笑い、私の手を握って顔を近づけてきたのだ。私は咄嗟にそのベタついた手を振りほどいて力いっぱいその体を突きとばした。


「うわっ!…な、何するんだよ!人が親切に声をかけてやったっていうのにさ!お高く止まってんじゃねぇよ!捨てられた女のくせによ!」

「……っ!」


 ショックのあまりグラリと目まいがした。それでも私はその男に背を向け必死で走った。少しでも早く男から離れたかった。


 信じられない。あんな……人として最低な、あんな男にまで馬鹿にされ、軽んじられなければならないなんて。そもそも……、私にはまだ婚約の申し込みが多数来ている。そこまで、……いくら何でも、そこまで落ちぶれているわけじゃない。女性に対してあんな失礼で最低なふるまいをする男に、まるで妥協してやると言わんばかりに手込めにされそうになるなんて……。


「………………ふっ……」


 教室に戻れなかった。私はそのままトイレの個室に飛び込んで、声を殺して泣いた。気持ちの悪い男に汚されたようで、そんな自分が惨めでならなかった。




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