第12話 これこそが真実の愛(※sideアレイナ)
(……っ!この女……、クラリッサ・ジェニング侯爵令嬢だわ…)
他にいるはずがない。こんな美しい髪を持つ令嬢が。
案の定それはジェニング侯爵令嬢で、式が終わってからも多くの男子生徒の視線を集めていた。
(ふぅん…。完璧な美貌の令嬢に成長したってわけね。ムカつくわ。やっぱりこの女大嫌い。…こいつたしか、ディンズモア公爵家の息子と婚約してたわよね…)
私はそれから二人の行動を注意深く目で追った。クラリッサ・ジェニングは華やかで美しい外見のわりにはとても大人しく、数人の女子生徒と教室の隅で静かに喋っていることが多かった。
対して婚約者のダリウス・ディンズモア公爵令息は交友関係が派手で、いつも何人もの取り巻きを連れては不特定多数のご令嬢方もそばに侍らせ偉そうにふるまっていた。
(……。なんか…、あの二人全然釣り合ってなくない?いつも別行動だし…)
私は不審に思った。あの二人、上手くいってないんじゃないの…?おそらくだけど、あの二人が婚約していることさえ知らない下位貴族の子息も結構いそう。それってつまり、あの二人がいつも一緒にいないからだわ。よく観察していれば、クラリッサ・ジェニングの方は遠目にディンズモア公爵令息のことを目で追っていることが多々あるけれど、あっちはまるで知らん顔。たぶん、好きじゃないんだわ。あっちの方がジェニング侯爵令嬢を遠ざけてるみたい。
「…………。」
ダリウス・ディンズモア。栗色の髪に漆黒の瞳の美男子。あのディンズモア公爵家の嫡男だもの、良い教育を受けてきて、きっと優秀な男のはず。ジェニング侯爵令嬢とはまぁ美男美女ってかんじの婚約者同士ではあるけれど、タイプがまったく違うのね。合わないはずだわ。女はしとやかで控えめな典型的お上品令嬢。男は明るく社交的で賑やかなのが好きなちょっとスレたタイプ。地味と派手。内気と遊び好き。
(…私の方が好かれそう)
ふと、そんな考えが頭をよぎった。もしかして、上手くやったら……、私、あのディンズモア公爵令息をジェニング侯爵令嬢から奪えるんじゃない?
ふいに浮かんだ自分の考えに、胸がざわざわと高鳴りだす。しょうもない伯爵家の三男よりも、ディンズモア公爵家の息子の方がどれほどいいか。末はディンズモア公爵夫人よ。そっちの方がはるかに私の肩書きとして合ってるじゃないの。だって私は……由緒正しきフィールズ公爵家の娘なんだもの。いろいろなことが上手くいかなすぎて、こんなことになってしまったけれど、本来王家に嫁ぐはずだった私よ。歴代何人もの王妃を輩出してきている家系なの。公爵夫人にぐらいなるべきなのよ、私は。
そうよ!それに、向こうにしたって、このフィールズ公爵家との繋がりの方が断然メリットがあるわけじゃない?!あんなうちよりだいぶ格下の侯爵家なんかより。ダリウスだって絶対に私も選べると分かれば私の方を取りたがるわよ。
心臓がドクドクと激しく音を立てはじめた。よし、どうにかして、あの二人を引き裂こう。私がディンズモア公爵令息の心を奪って、新たな婚約者の座に納まるのよ。男の目から見たら、あのピンクブロンド女の方が可愛いって言うヤツもたくさんいるだろうけれど、たぶんディンズモア公爵令息は違うわ。公爵家の子息だもの。見る目は養ってきているはず。あんなあざと可愛いを売りにしてそうな女より、大人びた私の方が好きなはずだわ。甘い可愛らしさはないかもしれないけれど、凜とした芯の強さが私からは滲み出ているはずだもの。それを見抜ける男よ、きっと。
(…問題は、どうやって別れさせるかだわ…。普通に告白して私の方を選んでもらえばいいだけだけど…。それだとディンズモア公爵家とうちはジェニング侯爵家に婚約破棄の慰謝料の支払い義務が生じることになりそう。そこを回避しなくては…。そう、あの女の方に落ち度があったことにして…)
浮気をでっち上げる?でもなぁ…、あの女真面目すぎるのよねぇ。男子生徒に声をかけられても、なんだかんだオロオロしながらも結局はきっぱり断ってるみたいだし。よく一緒にいる女友達とか、周りの人間が「クラリッサはそんなことしていません」とか証言しそうだわ。ああいうタイプって人望あったりするのよね、あざといから。
どうにかして……人の目の届かないところで何かあくどいことをしていたっていう風にできないかしら……。意地悪……、誰かを虐めていたとか…。
(……っ!そうだわ!実は私があの女からずっと虐められていたっていうのはどう?誰も見ていないところでずっと。それなら信憑性あるんじゃない?!)
自分の考えに気分が高揚した。そうよ。誰も見ていないのだもの。それなら有り得るでしょう?品行方正で真面目なお嬢様は、実はどす黒い心を隠し持った最低な女だったのよ。
機会を窺い、入学からおよそ半年が経つ頃、私はついにダリウス・ディンズモア公爵令息に偽の恋心を打ち明けた。案の定、ダリウスはあっさり私のことを受け入れた。
それからさらに半年近くの時間をかけて、私たちは距離を縮め、愛を確かめあった。偽の愛を、真実の愛と偽って。
(……ううん、違う。違うわ。…これこそが、真実の愛じゃないの)
いつしか私はそう思うようになっていた。
ここに来るまでの人生には、数々の困難があった。初恋に破れ、夢だった王太子殿下の婚約者の座は憎たらしい妹に奪われ、挙げ句の果てに取るに足らない家の不細工な男を婚約者としてあてがわれ……。
だけど今、ようやく自分に釣り合う男性と出会い、その縁はトントン拍子にまとまった。いいご縁だからよ。運命の相手だから、こんなにすぐに手を取りあえたの。あとは、……ここから数多くの犠牲を払わなければならないだろう。たくさんの人を傷付けるかもしれない。
だけどどんなに多くの人を敵に回しても、たとえ世界中が私たちの敵になったとしても、この真実の愛だけは貫かなければならないわ。だって私たち、そのためだけに出会ったのだもの……!
私は悲劇のヒロインのような自分の立場に陶酔していた。由緒正しき公爵家の令嬢。だが意地悪な妹に出し抜かれ、不遇の時を過ごし、だけどついに運命は動きはじめた。立派な公爵家の美男子に見初められた私は、やがて多くの困難を乗り越え幸せな結婚をし、誰もが羨むような美しい子どもたちを産む。その子どもたちは公爵家同士の高貴な遺伝子を持つ優秀な子たちで、……ゆくゆくは王家に嫁いだり、大臣になったり……。そして私は社交界でもてはやされるんだわ。さすがですわ、ディンズモア公爵夫人、あなた様のお嬢様だからこそ、ご子息だからこそ、ああまでご立派になられたのですわね、って……。
未来の輝かしい自分を思い、恍惚とした。
やっと私は、私の人生の主役になれたのだ。
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