第16話 ミリーへの怒り(※sideエリオット)

(しまった……。つい、余計なことを言ってしまった)


 何でも協力する、などと。僕がそんなことを言えば、聞く人が聞けばまるで王家がジェニング侯爵家に特別肩入れしているように聞こえるではないか。


 クラリッサのことが心配で、思わず口をついて出た言葉だった。ただ話を聞いてあげたり、心が慰められるようなことを言ってあげたかっただけだ。


(…どうしようか。…もう少し、このまま二人きりで話していてもいいだろうか)


 今日は形式張った晩餐会ではない。各自が思い思いに他家の人間に挨拶をしては親睦を深めたり人脈を繋いだりしているところだ。

 テラスに出ないか?と声をかけてみようか。


「……クラリッサ嬢…、」

「まぁ、エリオット殿下。ごきげんよう」

「これはこれは……、娘にお声をかけていただき恐縮です、エリオット殿下」

「っ、」


 近くで別の侯爵家の者と話に花を咲かせていたジェニング侯爵夫妻が僕の存在に気付いて、こちらに来てしまった。


「……ああ。ウォルターにはいつも世話になっている」

「はは。息子はしっかり働いておりますか。何かしでかしたりしておらんかと日々心配しております」

「まさか。彼は昔から本当に優秀だ」


 ジェニング侯爵夫妻との会話が始まってしまい、僕は内心ガッカリした。クラリッサをテラスに誘う機会を逃してしまった…。

 それでもどうにか話を切り上げたタイミングで再びクラリッサの方に向き直り声をかけようとした途端、


「お話は終わりまして?殿下」

「っ!……ミリー…」


婚約者のミリーがやって来て、僕の腕をきゅ、と掴んだ。


「うちの父がご挨拶したがってますわ。んもう、殿下ったら。うちより先によそに行かないでくださいませね、ふふ」

「……っ、……では、すまないが失礼する」


 後ろ髪引かれる思いでクラリッサたちジェニング侯爵一家から離れることになってしまった。ミリーは僕の腕を力任せにグイグイ引っ張る。まったく……。


「ミリー、ちゃんと行くから、手を離しておくれ」

「殿下、あの家は姉の恋敵の家ですわよ。うちがあの家と揉めていることはご存知でしょう?関わらないでくださいませ!あんな家の者たちと」

「……恋敵、って……。元々はディンズモア公爵令息と婚約していたのがジェニング侯爵令嬢だろう。そこに君の姉上が割り込んだ形じゃないか。そんな言い方は止めるんだミリー。ジェニング侯爵令嬢には罪はないよ」


 ジェニング侯爵家を“あの家”と呼び、クラリッサをまるで悪役のように言うミリーに嫌な感情が湧き、僕はできるだけ静かに諫める。だがミリーは真っ直ぐにフィールズ公爵夫妻の元を目指しながらフン、と鼻で笑ったのだ。


「そんなに気を遣う相手ではありませんことよ、殿下。所詮は侯爵家。歴史ある公爵家のうちに比べたら取るに足らない相手ですわ」

「……君って人は……」


 ミリーの傲慢さに呆れてしまう。と同時に、僕の中にどうしようもない苛立ちと怒りが沸き上がってきた。クラリッサや彼女が育ってきたジェニング侯爵家を愚弄するな。彼女は君よりずっと謙虚で優しく、…身も心も、美しい人なんだ。




「これはこれは殿下。今宵の会は素晴らしいですな。先ほど…、」


 フィールズ公爵家、ディンズモア公爵家の面々が一堂に集まったところに連れて来られるやいなや、フィールズ公爵が僕に向かって口を開く。が、僕はそれを聞き流して一息に言った。


「娘の教育は一体どうなっているのだ、フィールズ公爵よ。以前から思っていたことだが、あなたの娘ミリーはあまりにも傲慢で不遜な態度ばかり。非常に不愉快だ。人を見下すような発言を止めるようきちんと教育し直してくれ。何様のつもりでいるのか、この調子ではもう話をする気にもならない」

「……。……っ?!でっ、殿下……っ」


 裏返ったフィールズ公爵の言葉を無視し、呆気にとられる一堂を尻目に、僕はその場を離れた。

 ダリウスとアレイナは腕を組んだまま、僕のことをポカーンと見ていた。


(……ふん。いい気なものだ。クラリッサをあんなにも傷付けておいて……)


 通りすがりにジロリとダリウスを睨んでやった。






(あーあ。ついに感じ悪く不満をぶつけてしまったなぁ…)


 あの後他の来客たちと挨拶を交わしたりしながら時を過ごし、僕は体が空いた瞬間に素早く一人テラスに逃げた。

 少しの時間でいいから、一人になりたかった。


 ようやく目にしたクラリッサの窶れきった姿があまりにも痛々しく心が乱されてしまっていたところに、あのミリーの態度は我慢がならなかった。だが、彼女とは一生付き合っていかねばならないのだ。態度が気にくわないからと婚約解消して次の婚約者を…、とするわけにもいかない。能力的には非の打ち所のない女性なのだから。


「……はー……」


 気が重い……。

 僕はあんな女性と生涯を共にするのか……。



「……殿下?」



 その時。ふいにクラリッサの柔らかな声がして、僕はもたれていたテラスの柱から体を起こした。


「────っ!ク、……クラリッサ嬢……」


 夜の澄んだ空気の中、まるでたった今この地に舞い降りたばかりの天使のように儚く可憐な姿が、そこにはあった。





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