第6話 真実から目を逸らして(※sideダリウス)
「……。…………えっ?!」
アレイナ嬢のその言葉に、俺は思わず驚きの声を上げた。……クラリッサが……、アレイナ嬢を?虐めている……?
俺と目が合うとアレイナ嬢はますます目に涙をいっぱい溜め、ついにポロリとその涙を零し、再び俺の胸に顔を埋めた。細い肩が小刻みに震えている。
「……に、入学当初からです……。私は何もしていないのに、……フィールズ公爵家の娘であることを鼻にかけて、生意気だって……癇に障るのよね、って……。誰も見ていないところで、突然肩を突きとばされました。…それが始まりでした…」
「………………。」
……あのクラリッサが……?嘘だろう……。
俺は呆然とアレイナ嬢の話を聞きながら、クラリッサのことを思い浮かべる。いつも大人しくて、しとやかな気品溢れるジェニング侯爵家の令嬢。誰かに声を荒げるところも、意地悪な言動をしているのも、子どもの頃から一度も見たことはない。あいつはいつもニコニコ微笑んで、俺の後ろをついて回っていた。
むしろ常に優しくて、まるで女神のような穏やかさで……
「それからは毎日のように虐められ続けてきました」
「っ!」
再び口を開いたアレイナ嬢に、ハッと我に返る。
「教科書やノートを取り上げられてゴミ箱に捨てられたり、通りすがりにわざと強くぶつかってきて転ばされたり、死ね、とか、学園を辞めればいいのよ、とか……。か、聞こえるように毎日悪口を言われたり……。それも、決まって誰も見ていないところで……、もう、私……辛くて、辛くて……っ」
「………………そ……」
……そんなこと、……するか……?クラリッサだぞ……?あの、クラリッサだぞ……?
いくらクラリッサに対して恋愛感情がないとはいえ、俺は長年あいつの婚約者としてそれなりに一緒の時間を過ごしてきた。俺の前にいる時のクラリッサが、常にずっと優しくしおらしい演技をしていた、なんてことは到底考えられない。
それに、俺だけじゃない。昔からあいつの評判はよかった。他人に手厳しいうちの両親でさえもかなり気に入っている。誰からも愛される、典型的ないい子だ。学園に入学してからも、誰一人あいつを悪く言う者などいなかった……。
直感的に、嘘だと分かった。
アレイナ嬢は嘘をついている。
……だが──────
「……かわいそうに、アレイナ嬢……一人でずっと耐えていらしたのですか……。…俺が、あなたを支えます。これからは、俺が守っていきますから…」
「……っ!!ダ……ダリウス様……、では…」
「ええ。実は俺も以前から、あなたのことを好きだったのです」
「……まぁ……っ!嬉しい……」
しがみついてくるアレイナ嬢を抱きしめながら、俺は様々なことから目を逸らした。
なぜ二人姉妹のフィールズ公爵家の娘のうち、わざわざ妹君の方が王太子殿下の婚約者に選ばれたのか、とか。
なぜまともに会話を交わしたこともない、昔から特に親しくもなかった俺のことを、アレイナ嬢が好きになったのか、とか。
クラリッサが虐めなど、ましてや自分の家より格が上の、国一番の貴族家の娘に対して、あの賢く慎ましいクラリッサがそんな馬鹿な真似をするはずがない、とか。
様々な疑問から目を逸らし、俺は目先の利益と自分に箔が付くことだけを考え、ほくそ笑んだのだった。
(……あの献身的なクラリッサを失うとなれば痛手かもしれんが……、大丈夫だ。女は男によく尽くすもの。このアレイナ嬢も、結婚して俺の妻となればクラリッサのように俺に尽くし、支えてくれるだろう)
ずっと俺のことだけを考えそばにいてくれたクラリッサを全ての女の基準として考えていた俺は、浅はかにもそう思っていたのだった。
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