第7話 ここから立ち上がるしかない

 あれからもう何日経ったのだろう。

 私はベッドから起き上がることができずにいた。

 父や母、侍女たちも私を心配して、たびたび枕元に来ては声をかけてくれる。

 両親がずっとバタバタとあちこち出かけては何やら忙しくしていることは、部屋の外から聞こえてくる音や会話で何となく分かっていた。おそらく私とダリウス様の婚約破棄の件で、裁判だの何だのと奔走しているのだろう。

 苦労ばかりかけてしまっている。


(必死で努力してきたつもりだったけど、きっと私の努力なんかまだまだ足りなかったんだわ。だからダリウス様はアレイナ様に心を移してしまわれた…)


 そんな風に考えれば考えるほど、涙はとめどなく溢れてくる。


 そんな時だった。


「クラリッサ、…開けるぞ」

「……?……お……お兄様……」


 久しぶりに聞く声に、何日もずっと泣いてばかりで靄がかかったような私の頭はその声をすぐに認識できず、誰だったかしら…などと一瞬思った。

 それは王宮に勤める私の兄、ウォルターだった。


「……クラリッサ……、父様から聞いた。…大変だったな」


 私の元へ歩み寄ると、ベッドに腰かけ髪を撫でてくれる。その大きな優しい手にまた新たな涙が次々に溢れた。


「……ごめ……なさ…………わ、私、が……」

「謝るな。お前が悪いんじゃない。…お前は子どもの頃からずっと、よく頑張ってきた。悪いのはダリウスだ。…ふん、どうせフィールズ公爵家の財産に目が眩んだんだろう。しょうもない男だ」

「そん、な、……こと……言わな…」


 吐き捨てるように言う兄の言葉に悲しくなる。ダリウス様を悪く言わないで。ずっと大好きだった人なの。今でも私は、大好きなの。私は……。


 彼はもう、私のことなんて気にも留めていないけど……。


「…………ふ……」

「……。クラリッサ…」


 気遣うような兄の声に、余計に申し訳なさが募る。ブランケットで顔を隠し、必死で嗚咽を堪えようとした。


「……辛いだろう。本当に愛していたんだな、ダリウスのことを…。だが、前に進まなくては。心の傷は、いずれ時間が解決してくれる。それまでの辛抱だ。クラリッサ、頑張って起き上がって、少しでも食事をとろう。な?お前はここから立ち上がるしかないんだ」

「…………。…………は、い」


 ああ、本当にいつか、時が私を助けてくれるのだろうか。この悲しみが癒える日など、とても来るとは思えない。今この瞬間も、ダリウス様に会いたくて仕方がないというのに。会って誤解だと伝えたい。私はアレイナ様を虐めたりしていないと。私に足りないところがあれば、何でも努力しますと。ダリウス様の仰るがままに、理想通りの妻になれるよう、努力しますから、と……。


(……だけど、ダリウス様にとって私のこんな未練がましい想いは迷惑なだけなんだ。ダリウス様にはもう、アレイナ様の愛しか必要ないんだわ……)


 ああ、まただ。こんなことばかり考えて、ほらまた新たな涙が……。


 ブランケットをそっと捲った兄は悲しい顔をして、私の涙を何度も拭ってくれる。

 

「…お前は素晴らしい女性だ。兄の俺が言うのも何だが、誰よりも努力家で、優秀で、そして贔屓目なしに他の誰よりも美しい。あんな男なんかより、もっともっと素晴らしい男がお前を幸せにしてくれるよ。そんな日がきっと来るから。大丈夫。……今はただ、耐えるんだ、クラリッサ」

「……っく、…………あ、…あり、がとう、……お兄さま……っ」


 私は痙攣するように震える喉から必死で声を絞り出し、兄に感謝の言葉を伝えた。

 




 

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