7章 十年後のきみと
7-1
早朝の水面に光がきらめく様はまるでどこぞの風光明媚なリゾート地を彷彿とさせる、などと表現したくなるのは地元愛ゆえか。もちろん過言である。
「キャッチャー時代に鍛えた私のフレーミング
写真に収めるべくスマホを構え、画面とにらめっこしながら見栄っ張りで間抜けな独り言を呟いた。使い道は生徒たちに見せてあげるくらいのものだろうが。
眼下に見えるのはどこにでもありそうなただの池であり、朝っぱらから釣り糸を垂れている人もいる。
ちなみに上下ともにジャージという出で立ちの私が足を止めているのは墓地の階段だ。山の斜面を広く使って造成された大規模な墓地なので、階段もやたらと長い。
父が眠るお墓は下から五段目、中ほどの位置。お盆の時期だと毎年汗びっしょりになってしまう距離なのだが、これもいい運動なのだと割り切っている。
加えて今朝は海外リゾートとまではいかなくとも綺麗な写真だって撮ることができた。どうだい、素敵な一日の始まりじゃないか。
春のお彼岸が終わってさほど経っていないため、あちらこちらのお墓に供えられた花もまだ枯れることなく頑張っていた。
そういえば、と二週間ほど前の墓参りを思い出す。
あのとき私は同行した母を気遣って「大丈夫? ゆっくり歩けばいいからね」と声をかけたのだ。何せ階段の多い墓地だ、それくらいの配慮はする。
なのに母ときたら「年寄り扱いしようっての?」と不機嫌になる始末だ。
そう言われてようやく、私は母がきちんと化粧をしてやってきているのに気づいた。近所へ出かける際の簡単な化粧ではなく。
自分の目が相変わらずの節穴であることに対しては言い訳のしようもない。思い出し笑いというか、苦笑いを浮かべながら父の墓前へとやってきた。
お彼岸に供えた花はすでに母によって新しいものと取り替えられており、萎れるどころか元気いっぱいだ。三十分の散歩がてら、手ぶらで来た私も花筒の水だけは「表面張力ー」と口にしながら満たしておく。
もう三十一歳だというのに、まるで子供だ。
こんな私でも、決断をしなければならない時はある。
父にその報告をするため静かに墓前で目を瞑り、手を合わせて語りかけた。
「お父ちゃん。私ね、結婚するよ」
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