5-2

 ともにソフトボール部に所属していた中学時代からの古い付き合いではあるが、鏑木とは別段友達というわけじゃない。

 向こうにしたってそんな意識は毫もないだろう。

 ならばいったいどういう関係だと説明するのが適切なのだろうか。


「──敵? いや、さすがに若干ニュアンスが違うな」


 ひとりごちていた私の肩が乱暴にはたかれる。


「何ぶつぶつ言ってんの。相変わらず気持ち悪い」


 振り向けばそこにいたのは、二十代の半ばもとうに過ぎ去ったというのに年齢を顧みず、緩やかにウェーブした髪の毛全体を赤みがかったカラーで染めた女だった。

 ぴたっと太腿に張りついているような黒いレザーパンツ、龍虎相打つ刺繍が施されたスカジャン。

 まったく、こいつはそろそろ年相応という言葉の意味を理解するべきだ。


「あら鏑木、久しぶり。老けた? 老けたよね? さすがに赤髪は自重しなって」


「そういうあんたは太ったね。痩せたところで誰も気にかけちゃくれないだろうけど」


 先制パンチをかましたつもりが、あっさりカウンターをもらい心の中で私はリングに膝をついてしまう。わずかに、本当にごくごくわずかに真実を含んだ指摘だっただけにダメージを受けてしまった。

 しかしこいつだけには決して弱みを見せてはならぬ。


「ちょっとお、年のせいで肌や髪だけじゃなく目まで悪くなってきたんじゃない? あんたと違って健康的なこのスリムボディのどこが太ってるって? 目はエステに通ってもどうにもならないから、よかったら腕のいい眼科を紹介してあげようか」


 精いっぱいの虚勢を張ってまくしたてる私。だがやつは「健康的、ね」と冷笑しやがった。くそ、ひょろひょろのマッチ棒め。


「んで? これからどうすんのよ」


 不機嫌さが声に滲んでいようとおかまいなしだ。遡ること十二年、かつては練習試合の途中にもかかわらず派手に殴り合いを演じた我々である。この程度のやりとりは物の数に入らない。

 しかしふてぶてしくも鏑木が無視を決め込んだため、私は「おいこら、聞いてんのか」とやんわり注意する。


「うるさい。行き先はすぐそこだから自分がモテない理由でも指折り数えて待ってなよ」


「そんなにないわ! せいぜい二つか三つくらいだっての」


 否定しきれず守勢に回った私に、鏑木が「あんた、学校の先生なのに数もちゃんと数えられないのね」と薄笑いを浮かべて言った。


「生徒たちがかわいそう。こんなのから教えてもらうことなんてこれっぽっちもないでしょうに」


「はっ、そうね。さすがに私も失恋の仕方まではレクチャーしてあげらんないわ」


 攻守交代。肩を竦めて煽る私を、鬼でも殺してしまいかねない形相で失恋女がにらみつけてきた。む、さすがにやりすぎたか。

 そう思った私は素直に頭を下げる。


「ごめん鏑木、ちょっと言い過ぎた。心の中ではいつだって、次こそあんたに素敵な男性との出会いがあればいいのにって思っているんだよ。それは信じてほしい」


 おもむろに顔を上げた私の口からは、旧友への優しさに満ちた言葉が飛びだした。


「そして素敵彼氏に百八回浮気されちまえ!」


 だがこれを聞いて烈火のごとく怒るかと思いきや、意外にも鏑木は平素の様子に戻ったようだった。長い長いため息とともに。


「頭と顔はすでに手の施しようがないとして、性格まで悪かったらもう誰にもあんたを救えないんだよ、間宮」


「その言葉、全部そっくりそのままあんたに全力で投げ返してやるわ。まあ百歩譲って? お互いさまってことにしとこうよ」


 とりあえず私はお腹が空いた。まだ午前十一時になったばかりだが、朝食をとることなくビックリバッセンに行ってきたツケが回ってきている。イライラしやすい空腹状態のままでは、いい年をした女二人による殴り合いの再演という非常事態に繋がりかねない。


「ふん、まあいいわ。お店にも着いたし」


 言われてみて初めて控えめな看板に気づく。雑居ビルの一階、奥まった場所にあるまだ新しい木製の扉はバーとして営業していそうな洒落た雰囲気だ。


「んー、Linkin Burger……もしかしてこれハンバーガー屋さん?」


 正直なところ驚いた。鏑木がまともなチョイスをしてきたことに。

 前回会ったときなどは丼専門店である。しかもドカ盛りと低価格を売りにして男性サラリーマンや男子学生からの支持が厚い、世の女子たちには縁遠いタイプの店だ。

 そこで二時間粘れる鏑木の面の皮の厚さたるや。あ、私もか。

 こりゃ人類が月に行ったくらいの大進歩じゃん、と内心で褒めてやったにもかかわらず振り向いた鏑木の表情は相変わらず冷笑的だった。


「もしハンバーガーはカロリーが高いのにとか何とか抜かすんだったら、あんたはポテトだけもしゃもしゃ食ってろ芋女」


 鼬の最後っ屁のごとく喧嘩腰な発言を残し、扉を押し開けて彼女が中へと入っていく。

 まったく、いったいあいつは何を言っているんだ。

 カロリーが気になろうがなるまいが、ハンバーガー屋に来てバーガーを食べないなんて選択肢があるものか。

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