エピローグ Ⅱ

愛心





 恋のことは少しだけわかってきた気がします。



 愛のこともちょっとずつ自分の中で形を感じられるようになった気がします。



 欲は相変わらずあふれるばかり、……でも最近、湧いてきた欲を嫌うことは少なくなってきたかもしれません。



 両親との面会を終えて、その後も、いろんなことがありました。



 カウンセラーさんに会ったり、改めて警察にあらましを説明したり、元の学校の人に向けて手紙を書いたり、新しい学校の先生と出会ったり。



 ほんとてんやわんやで、それでも印象に残っていることが一つ。



 カウンセラーさんと、警察の人と、元の学校の友達と、新しい先生と。



 そのどれもが、不思議なくらいに同じようなことを伝えてきました。



 眼を見て、言葉で、文字で、なにげなく、でも真摯に。


 

 みんな、真っすぐ、私に向けて。



 『君は悪くない』



 ―――なんて、誰も彼も、ちょっと優しすぎますよね。



 ずっと私は、私こそが全ての元凶だと想っていたけれど。



 というか、今でもその想いは別に消えてはいないけど。



 どうなのでしょう、実は、まだ少しだけ考える余地があるのかもしれません。



 そうやって言ってもらえるような何かが、私の中にあるのでしょうか。



 それとも――――。



 そうして、短い間だけど、怒涛のような二週間を過ごしました。



 その間、時折なぎさんと連絡を取り合っていたけれど、どうしてか電話口に聞くなぎさんの声が少しだけ切ないような寂しいような、そんな響きを持っていたのは感じていました。



 その声を聴くと、私もどこか切ないような、胸の奥がきゅっと縮むような寂しさを感じてしまったけれど。でも不思議と心の中で、なぎさんなら大丈夫じゃないかなって想いもありました。




 だって、なぎさんなんだから。本当に大事なことは時間がかかっても、ゆっくり伝えてくれるはずだから。……恥ずかしがることは、ちょっとあると想うけど。




 そう想っていたからか、なぎさんの告白を聞いても、私は不思議と驚きも悲しみも感じませんでした。



 頭の奥はすっと静かなままで、何時もうるさい不安の声も、迷いの声もどうしてか聞こえてはきませんでした。響いてくるのは少しの風の音と、たまにねこくんが鳴く声ばかり。



 そして、その話を聞くうちに、自分の中で一つの納得が産まれます。



 私の毒……この身体の性質は、『より共感性の高い人』の人にこそよく響く。



 つまり私の身体は『より優しい人』を惹きつけるようにできているのです。



 初めて会ったあの日の夜、路地の外の道行く人はたくさんいたけれど、その中でどうしてなぎさんが私の香りに誘われて、助けてくれたのか。



 どうして、そんなに壊れた感覚でも、私の香りに惹きつけられてくれたのか。



 その理由がよく分かった気がします。




 効かなかったなんてとんでもない。




 きっと、なぎさんにこそ、この私の身体の性質は本当の意味で効いていたのです。




 私の身体は、私の心は、きっとあなただから求めたのです。




 あなただから、よかったんです。


 


 でも、なぎさんの不安も正直わかります。




 もしこれが『発作』で造られた想いなら。




 その『発作』がなくなってしまった時、私たちは同じ想いを抱いたままでいれるでしょうか。




 積み重ねた時間が、それを裏切らないと信じたいけれど、もし目覚めた先でこの人が私のことを好きでいてくれなかったら。




 その時は―――――――。




 ……閉じていた目を開けました。




 ふぅと息を吐いて、一つ覚悟を決めます。




 「いいですよ。じゃあ、始めましょっか、なぎさん」





 「お薬……? うーん、それでもいいですけど、ちょっとロマンチックさが足りないので」




 「これなんて、どうでしょう? 結構、いたかったので、ぴったりだと想うんですけど」




 「はい、私がつけていいですか?」




 「ね、なぎさん」




 「最後に……その、キスだけしていいですか?」




 「もしかしたら、目覚めた後のなぎさんはキス……イヤかもしれないから、今のうちに」




 「はい、じゃあ、しますね」




 少し古いピアッサーをあなたの耳にそっと添えて、そのやわらかい唇に、私のそれをそっとなぜるように重ねます。



 頬から零れる雫を一つ感じながら。



 私はそっと眼を閉じたまま。



 パチンと一つ。



 あなたの身体に消えない跡をつけました。



 私が貰ったところと同じ場所に。



 あなたの夢を覚ますための疵をつけました。

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