第44話
愛心
※
聞いてみた感想……ですか?
何でしょう、なぎさんの求めてる答えかどうかはよくわかんないですけど。
嬉しいっていうのが一番ですよ。
きっとなぎさんの心の奥にずっと鍵を掛けて閉じてたものを、私の前に見せてもいいんだって想ってくれた。まあ、私が見たいって散々わがまま言ったからなんですけれど。
それでも、一度見せるのをためらったそれを、なぎさんが見て欲しいって言って見せてくれた。
それが嬉しいっていうのが、一番です。
…………え、失望したかって? ……失望する要素あったんですか?
なぎさんが一生懸命誰かのこと考えて、そこに罪悪感とか迷いとかそういうのを一杯抱いて、それでも誰かに優しくしようってあがいてた話にしか私には聞こえませんでしたよ。
ああ、こんなふうなことがあったから、なぎさんはこんなに優しいんだって。
そうやって納得したくらいです。私とは感じてるものも見てるものも、きっと全然違うけれど。
きっと、私はなぎさんと同じようには感じれないけれど。
それでも伝えてくれたことがどうしようもなく嬉しかったです。
…………それじゃあ、ダメですかね。
……うーんでも、ちょっと想ったのは。
心を一つにするのって、やっぱりすんごく難しいんですね。
正直、私は心を一つにできたら、なぎさんと全く同じことを考えて、同じものを感じれるって想ってました。
私と同じことをなぎさんが考えてくれて、同じ感情を抱いてくれるのが、心が一つになることなのかなって正直、そう想ってた気がします。
でも、改めてなぎさんの人生というか過程を聞いて。
もしかしたら、そうじゃないのかもって。
なぎさんに、私の毒、飲んでもらったじゃないですか。
あの時、私は私だけが気持ちよくて、なぎさんは気持ちよくないって想ったらすっごく嫌で。
それが少しでも同じになればいいって想ってたんです。
その気持ちは今でも一緒なんだけど。
絶対一緒じゃないといけないって、わけでもないかなって、ふと、想ったんです。
だって、なぎさんと私じゃ、歩いてきた道も、背負ってきた身体も違うじゃないですか。
なぎさんの痛みを、私はきっと死ぬまで本当の意味で解ることはないのかもしれません。
私の毒の苦しみを、全く同じようになぎさんに感じてもらうことは難しいのかもしれません。
だって身体は違うし。
だって心は違うし。
歩いてきた道も。
出会ってきた人も。
生きてきた時代も全部全部違うじゃないですか。私なんてそもそも人間かどうかも怪しいですし。
だから、私は私。
なぎさんはなぎさん。
それはどこまでいっても変わらなくて、きっとこれからどれだけ時間を紡いでも一緒にはならなくて。
でも、それでいいんじゃないかなって、気もしたんです。
だってこうやって話してたら、一緒になれなくても、ちょっとずつ重なっていけるじゃないですか。
違う人間でも、違う形でも、違う心でも。
一晩えっちしてわかんなかったことも、何日もしてたらわかることが段々増えていく気がするし。
一晩話して、伝えられなかったことも、何日も話してたらいつか伝わる気もするし。
そもそも、まったく別のカタチなんだから、わかんなんくて当然だったんじゃないかって。
そもそもが合ってない歯車なんです。きっと生まれたときから、みんなてんでバラバラで噛み合うことの方が珍しいくらいで。
だから。ちょっとずつでも合わせていけたらそれでいいんじゃないかって。
ゆっくり違うココロでも、ちょっとずつわかっていければ、ちょっとずつでも一緒になっていければそれでいいじゃないかって。
そういうことがなんとなく、今の話を聞いてて想えた気がするんです。
その『せんせー』が言ったことも、実はそういう意味だったんじゃないかなって。
だって、『せんせー』はその一件で、なぎさんと関係を切ったりしなかったんでしょ?
そういうものだってわかろうとしてくれたんじゃないかなって、なぎさんの痛みを本当の意味ではわからなくても、少しずつわかろうとしてたんじゃないかなって。
だから、心が繋がれる人といつか出会えたらいいねって、それくらい誰かと心を打ち明けあえたらいいねって。
そういう風に言ってくれたんじゃないかなって、私は想います。
ちょっと、希望的観測が、過ぎますかね。あはは…………。
あはは……、なぎさんちょっと、苦しいかもです。ぎゅってするの嬉しいけど……。
……………………。
……………………。
はい、それくらいの加減が嬉しいです。なぎさんも大丈夫ですか?
はい……はい……。
………………。
ね、なぎさん。
ちょっとだけ私も……聞いて欲しいことがあるんです。
…………はい、ありがとうございます。
さて、それでは問題です。……私が……元の家から飛び出してからどれくらいたったと想います?
てってってー、さて、なぎさんのお答えは?
……ふふ、ぶっぶー、外れです。丁度半年くらいかな、秋ごろに飛び出したんで。
…………だから私が家を飛び出してなぎさんに出会うまで……四か月くらいかかったんですよね。いやはや、懐かし。
そもそも言いましたっけ、私の生理始まってから、色々起こりだしたって。
はい、始まったのは結構遅くて、15歳になりたてくらいかな。だから丁度一年前くらいですか。え、それまではちびっこでしたよ? ふふーふ。今度写真見せてあげます、びっくりしますよ。
それで……、段々と周りがおかしくなっていったんです。
最初はあれかなって……成長し始めたから、そういう視線が集まるようになったかなって想ったんです。相談した学校の先生も笑いながら、まあそういうこともあるよっていってたくらいで。お母さんも、私もそういうことあったー! ってすんごい親身に聞いてくれました。
最初に気付いたのは、同級生の男の子で。
割と優しめの子でした、いっつも帰り道が一緒で、よく私がぺらぺら喋るのを微笑んで聞いてくれてて。この子ともしかしたら、仲良くなってそういうこともあるのかもとか考えてたら。
…………ある日の帰り道に、急に押し倒されました。
人のいない公園で、いつも通り手を振って別れた瞬間に、背中から。
今想うと、それが私が認識した初めての『発作』で。
最初はほんとうにただわかんなくて、怖くて、さっきまで優しい顔で喋ってたその子が、急に怖い顔で私の首に手をかけてきたのが、どうしようもなく怖くて。
慌てて引っぱたいて、泣きながら逃げ出しました。
そうして叩かれたその子は、自分の手を見て、信じられないって顔しながら固まってて。
しばらくの間は、加害者のくせにふざけんなよって想ってたけど、『発作』のことをわかってから想うと、本当に自分がしたことが信じられなかったんだと想います。
そうやって家に慌てて帰って、泣きながら帰ったから親が心配してくれたけど、そんなこと言えないままで。だって言ったら、その子はきっともう学校にいられなくなって、なのにされそうになったことがあんまりに怖くてどうしようもなくて。
次の日、学校を休んだんです。担任の先生が気を遣って何かあったか聞いてくれたけど、何にも言えなくて。
でも、後で思い知るんですけど、その男の子が『発作』を起こした初めての人じゃなかったんですね。
私がずっと泣いてる横で、お母さんとお父さんはずっとそばに居てくれて。
いてくれたから、ずっと私の毒と戦い続けていたんです。
今想うと、すんごい時間耐えてるんですよね。
三月からだから……半年くらい前から、お父さんとお母さんが、その……えっちいっぱいしてるの知ってましたけど。
今想うと、そうやって、私に対する『発作』を無理矢理誤魔化してたんだと想います。
でも、それもどこかの段階で限界が来てたみたいで。
ある日、家に帰ったら、お父さんとお母さんが、シてたんです。平日の昼間っから、二人とも服も脱がないで、獣みたいに声を上げて。
私が返ってドアを開けたら、廊下でしてたからモロに見ちゃって、何も言えないまま立ち尽くしました。
そしたら、お父さんとお母さんはぴたって止まって、私を見て。
そのまま私の方に寄ってきて。
服に手がかかった時点で、自分がナニをされようとしてるのか、わかっちゃって。
泣きながら逃げ出しました。振り返ることもできなくて、何も言うこともできなくて。
そっからは独りで街を走ってました。
どこに行けばいいのかもわからなくて、誰に相談すればいいのかも、わかんなくて。
警察は、お父さんとお母さんが捕まっちゃうかも。先生は、警察と同じで。おばあちゃんとか、児童相談所とかいろいろ考えたけど、わかんなくて。
そしたら、たまたま家の近くにあった産婦人科が目について。
一回、行ったことがあったんですよね。生理が上手く来ないかもって時に相談に。その時はお医者さんも優しくて、看護師さんも優しかったからもしかしたら―――って、そう想って。
…………今、想うと、いいのやら悪いのやらって感じですけど。
大泣きで病院に駆け込んで、とりあえずしどろもどろになりながら診察室に通されて。
看護師さんにゆっくりあやされながら、医者の……麻井の奴の前で起こったことを話したんです。
みんな黙って聞いてくれて、麻井と看護師さんと二人でずっと真剣な顔して聞いてくれてたんですけど。
ある瞬間に麻井の奴が『甘い匂いがしない?』って言って、え? って想った瞬間に看護師さんに押し倒されて、気付いたら麻井の奴も息を荒げてなんだかおかしくって。ドアの向こうでもなんか叫び声とか、よくわかんない声が、響き始めてて。
滅茶苦茶に泣いてたからその時の私、毒を限界まで振りまいてたんだと想うんですよね。もう病院全体がめちゃくちゃで。
二人がかりで首絞められながら、服脱がされそうにながら、泣きたくて悲しくて怖くて、でも嫌だったから。
手近にあった注射器、思いっきり麻井の奴の腕に突き刺したんです。ちょっとひどいことしたけど、まあ、今想うと正解だったかな……。
それで麻井が正気に戻って、戻った瞬間に麻井の奴、カッて眼を見開いてそのまま看護師のお姉さんをぶん殴ったんですよ。酷いでしょ? まあ、私が言えた口じゃないけど。
それで二人が正気に戻って、そのまま麻井の奴が、無理矢理周りを落ち着けて。
そこで初めて私は自分の中の何かが、これを引き起こしてるって知らされたんだよね。
最初は信じられなかったけど、麻井の奴に淡々と事実を突きつけられてたら、もう納得するしかなかったっけ。
どうにも私の身体から、人を狂わせる『何か』が出てる。
それで、これを公表したら、そのとき私の周りにいたほとんどの人が性犯罪者になっちゃう。
だからそうしたくないなら、今は私の言うことを聞いて、身を隠しなさいって。
そのころにはね、もうイケメン産婦人科医の仮面も剥がれてて、それがますます怖くてさ。さっきまで優しかった人が、突然機械みたいな顔して、淡々とお前は毒を振りまいてるとか言ってくんの。
ろくでもないけど、でも、助かったのも正直なとこだったかな。
わけがわかんないまま、整理なんてつかないまんま、あてがわれたアパートで独り閉じこもって。
また毒をバラまくかわかんないから、ずっと引きこもったまんまで。
何回か、麻井の奴が来て、研究だっていって私の毒を採集してさ、それがあるまではずっと部屋に引きこもって何もできないで。
周りがどうなったかもわかんなくて、お父さんはお母さんは、一緒に帰ってたあの子はって、心配にもなったけど同時に、会うのがすごく怖くて。
私を襲ってきた人たち、みんな優しい人たちだったから。
お父さんとお母さんは、いっつも私のことを気に掛けてくれてたし、やりたいことは応援してくれたし、こんなことがなかったら家族仲もそこそこよかったのにさ。一緒に帰ってた子も、私がペラペラしゃべるのをじっと聞いてくれるいい子だったのに。
そんな人たちが、みんな眼の色を変えて、私のことを襲ってきて、それがたまらなく怖くて段々人間が信じられなくなってきて。
アパートとか、ホテルの部屋に住んでたんだけど、しばらく住んでるとね近くにいる人たちが段々おかしくなってくるの。アパートの隣の人とか、ホテルの従業員とか、ちょっとずつ私の毒を吸って、どっかで問題が起こって。……うん、ここの隣の人、引っ越したのも私のせい……かな。
そんなのを何回も繰り返してたら、段々もう嫌になってきて、ずっとこもってるから気も滅入ってきちゃって。
ずっと同じ所にいるのがいけないんだって想って、それからは街に飛び出したんだ。
極力、同じ場所にとどまらないように、歩いて、歩いて、歩いて。
麻井の奴が生活資金を直接手渡してきたけど、腹立つから受け取らないでさ。そしたら、あいつ私の毒をどっかで勝手に売りさばき始めて、売上だから受け取れって……私も外出るのに都合よかったからそれは受け取っちゃったけど。
でも、外出てからも結局は大変でさ。まだ秋くらいだったから、着込んでたら夜も大丈夫だったけど、公園で寝てたら突然知らない人に襲われかけたり。ネカフェでシャワー浴びてたら、従業員に襲われたり、コンビニのトイレ借りたら知らない人が発作起こして入ってきたり。
しんどくて、辛くて、人間全部が段々に敵みたいに見えてきて。
ねこちゅーる買って、野良猫にあげるのだけが楽しみだったかな、その頃は。…………うん、その頃にねこくんに出会ったよ。なんか一匹だけ、私から離れなくてさ。私も寂しかったから、二人で街をぶらぶら歩いてた。
で、そうやって無茶な生活続けてたんだけど、そのうち冬になっちゃって。
冬の夜ってさ、当たり前だけど、寒いんだよ凍えるくらい。どれだけ着込んでも、どれだけ毛布巻いても寒くてさ。本当に段ボールにくるまって橋の下で寝たりしてたよ。耳を凍え落ちそうだったっけ。寝てる間に襲われるのが怖いから、毎日二時間くらいしか寝れなくて。
クリスマスも過ぎた頃に、路地裏で膝抱えて丸まってたら、いつもみたいに通りすがりの人に襲われてさ。
その時まで、麻井の奴が私の端末を弄って盗聴器つけて、私が本当に危ないって時は助けに来てくれてたんだけど。
ほら、あいつああいう性格じゃん。私が余裕なかったのもあるけど、腹立って喧嘩して、盗聴器とかGPSついた端末も、私電源切っちゃっててさ。
あ、今日は誰も助けに来ないやって。その時、思い知って。
路地裏で、誰にも声が聞こえないところで、さっむいのに服剥がされてさ。
でも、正直もう、抗うのにも疲れちゃって。
そうだ、別に後生大事に守ったって、私なんてもうどうでもいいじゃんって。
どうせ犯されるんだったら、もう慣れちゃった方がいいかななんて考えちゃってたくらいでさ。
だって、もう疲れてたんだよ。
誰かに犯されるって怯えることも。
それが全部自分のせいだって責めることも。
毎回毎回、怖い想いしながら必死に抗うことも。
全部、全部疲れちゃってたから。
もういっかって。
諦めてたの。
服を破られて、下着も剥がれて、爪立てたねこくんも蹴っ飛ばされて。
もう、抵抗することも、できなくなって。
そこで終ってもいいやって。
私のことを狙ってくる人ね、なんでかみんな首ばっか掴んでくるの。
だからもう、そのまま抗わずに首を絞められたら少しは楽になれるかなって。
そう想ってたんだよね。
もういいよねって。
だけど。
ぱあんって音がしてさ。
えって目を開いたら、私を犯そうとした人、吹っ飛んでて。
え、え? って目を泳がせたらタバコ吸った女の人が、その人の頭蹴り飛ばしてて。
明らかに蹴り慣れててさ、うっそって想ってる間に、倒れたその人をばしばし追い打ちで蹴っててさ。
助かったって安心感と、ああでもやばいって怖さが一気にきたの。
だって、その時の私、滅茶苦茶に泣いてたから。
それまでもね、助けに来てくれた人が、逆に発作を起こすことが何回もあって。
またこれだって大慌てで逃げようとしたけれど、もう足腰に力はいんなくなってて。
そうやって意味わかんないくらい泣いてたら、その女の人が煙草つけたまま、私の顔、覗き込んでさ。
自分のコート着せてくれて、そんで大丈夫? って聞いてくれてさ。
私、もうああとかうぅとかしか言えなくて、その人が手をこっちに伸ばしてくるだけで怖がっちゃって。
だって今度こそ犯されるって想ったんだもん。今度こそ逃げられないって、この人もまた発作起こして私のことを襲ってくるって。
そう想って、眼を閉じて。
そしたらさ、なんかあったかくて。
なんだろって想って眼を開いたら、じっと抱きしめられてたんだよね。
大丈夫、大丈夫。もう怖くないって。
子どもでもあやすみたいにさ、もう泣いてるのに、逃げなくちゃいけないのに、いつぶりにそんな人に優しくされたのかもう忘れちゃってたから。
今すぐ逃げなくちゃいけないのに、さっぱり立てなくて。
この人もいつ発作を起こすんだろ、この人もいつ私を襲ってくるんだろって怖いはずなのに、もう全然動けなくて。
気が付いたら、私を襲ってきた人もどこかに行っちゃっても、ずっとあやされ続けてて。
警察行く? って言われたからううんって首を振ってさ。
親は? 学校は? って聞かれても首振ってたよね。
普通、そんな子、見捨てない? どう考えたってやばいじゃん。
なのに、その人は私のことをそのまま家に連れてってくれて。
久しぶりのお風呂も久しぶりのお布団もあったかくて、気持ちよかったけれど、それよりもまだ私は怖いの方が強くてさ。
その人にあったかいコーヒーを出された時、その人が見てない間にマグカップに私の唾液入れたんだよね。
…………へへへ、ばっちくてごめんなさい。
だって優しくしないでほしかった。どうせ、みんな裏切るから。
だって受け容れないでほしかった。どうせ、みんな私の毒で発作を起こすんだから。
だから、裏切られるなら信頼しちゃう前がいいって、そうおもってその人の飲み物に私の毒を混ぜたんだけど。
…………いーつまでたっても効かないの。
最初の一日は、効きが悪いのかなって首傾げて、次の日に、あれおかしいぞって頭を捻って、三日目におかしいのはこの人だって、ピンときちゃったんだよね。
だって夕ご飯とか言って、適当に買ってきた駄菓子ばっかり食べてるし。
お酒弱いくせにがばがば飲むし、タバコもずっと吸ってるし。寝る前なのにコーヒーとか飲んでるし。水みたいな勢いでコーラとか飲んでるし。
どうもここまで健康がダメダメだと、私の毒も効かないのだってことに気が付いてさ。
なーんじゃそりゃって、すんごい呆れて。
なーんじゃそりゃって、すんごい笑ったんだ。
ちゃんと笑えたのって、ほんと何か月ぶりだったんだろ。
誰かのそばに居てもいいんだって、もちろん、ずっとってわけにはいかないから冬の終わりに出て行くって約束したけど。
ちゃんと私が居場所があるんだって、たとえそれが期間限定でも、それだけが嬉しくて。
それだけでもよかったのに、それ以上は高望みだったのに。
なぎさんは、ずっと私のこと、見てくれて、聞いてくれて、わかろうとしてくれたよね。
それがね、嬉しかった。
こんな言葉で表せるかもよくわかんないくらい。
嬉しかったよ、あの路地裏で私を助けてくれて、あの時、なぎさんがそばに居てくれて、私のことを見てくれて。
嬉しかった。
うん、これが私の話したいこと。
どこかの誰かに助けてもらったこと。
今こうして隣にいさせてもらえてること。
うん、だから今度はね、きっと私が頑張る番だから。
最後に、お願い。
「いい? あこ」
うん。
「好きだよ」
私も。
パチンと小さな何かが留められる音がした。
私の片耳にあなたの疵が、あなたの証が、留められる音がした。
ありがとう、これできっと、私は、ちょっとだけ頑張れるから。
「いってらっしゃい」
だから最後は目一杯笑って、この生活を終わりにしよう。
「はい、いってきます」
そう言って、私は耳に付けた小さな飾りを触って、そのカタチを確かめた。
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