第43話





 実は私、昔は結構ワルでさ。


 学校も行かずにずっと街でふらふらしてて、そのうち日陰みたいな場所で悪い大人に眼をつけられて。


 悪い遊びは一杯覚えた、お酒も、煙草も、えっちなこともね。


 ……なんで学校行かなかったって?


 …………自分が悪者になればいいって想ってたからかな。


 想い込み、なんだけどね、うちの親よく喧嘩する人たちでさ、いっつも家帰ったら何かしらで喧嘩してんの。お前のこういうところがだめだ、あんたのこういうところがおかしい、なんだとじゃあお前は……って、ひっきりなし。よくそんな喧嘩のネタがあるねってちょっと呆れてたくらい。


 だからまあ、そういうのを見るのが嫌でさ。


 私が学校で悪いことをして帰ってきた日はね、二人して仲良く私を叱るの。ほら、あれじゃん、おっきな問題があるとちっちゃな問題が見えにくくなるっていうか。我ながら子どもだったからさ、変な自己犠牲精神発揮して、自分が悪者になればこの人たち喧嘩しないなって、そんなこと考えてたんだよね。


 まあ、でも最初の方だけだよ、後半はもう、私もうんざりして家に帰ってなかっただけだったし。


 でまあ、そうやってふらふら不良生徒やってたけどさ、たまたまチラシ見つけた居場所づくりボランティアみたいなのに行ってみたんだよね。家庭に居場所がない子ども集めて、ご飯作ったり遊んだりするやつね。


 まあ、夜の街って警察いるし、意外と居場所がなかったから、高校時代の後半は大体そこで過ごしてたんだけど。


 そこに一人、ボランティアの若い女の人がいたんだよね。


 せんせーって呼んでた。よんだらいっつも、「私は別に人にものを教えれる人間じゃないよ」って返されてたんだけど。


 結構、面白い人でさ、ちょっとひねてて難しい言い方をよくしてた。年も近くて、私も結構ひねてたから、ボランティアと子どもっていうより、ちょっとした友達みたいな感覚だったかな。


 いっつも好きなボードゲーム持ち込んでさ、大体、私を誘ってあーだこーだ言いながらやってんの。自分も知らないゲーム持ってくるから、二人して必死に説明書読んでさ、あーでもこーでもないって言いながら。しまいに、ご飯作ってくれるおばちゃんに、いい加減にご飯食べなさいって二人して怒られてさ。せんせーのせいだよーって言って、いや私せんせーじゃないからーとか言ってたっけ。


 普通の大人じゃ、はぐらかして答えてくれないことも、問いかけたらちゃんと答えてくれた。なんで勉強しなきゃいけないのとか、結局のところ才能でしょとか、なんでせんせーはタバコ吸っててもとめないとか、いいえっちの相手の見分け方はとかね。性の話題も割とオープンだったから、しまいにはせんせーばっかりと話しててさ。小さい子もそこには来てたから、二人してこっそり部屋の隅で話してた。ちなみに煙草を止めない理由は、せんせーも煙草を吸ってたからね。自分のやってることを止めれる道理はないってさ。


 そんでねある日、部屋に顔出したらせんせーしかいなかった。その時は、ボランティアのおばちゃんは遅くなって、真昼間だったから他の子もいなかった。なんでせんさーだけいんのって聞いたら、大学の隙間時間の暇つぶしとか言ってたっけね。


 その日の私はなんだか妙に苛ついててさ。


 身体がずっと痛くって、生理でもないのに頭がずっとガンガン鳴ってて、前の日にまた親の下らない喧嘩を見てたからかもしれない。


 なんでもいいから、痛みを忘れたかったんだよね。


 だから


 ……割と終わってる話なんだけどさ、私、ずっと痛みが疼くたびに誰かと寝てたの。


 刺激と快感で誤魔化している間だけ、痛みを忘れてられたから。


 でもまあ、正直、私なんでか身体がほぼ四六時中痛くてさ。


 もう、寝られるならだれでもいいってレベルになってて、危ない売りとか手を出しかけてた時でもあって。


 せんせーのことはずっといいなって想ってたから、女の子とはしたことまだなかったけれど、ああ私いけるなって想ってたから。


 無理矢理、迫ったんだよね。


 抱いて、触って、犯してって。


 勝手に裸になって、抱き着いて、手を取って触らせて。


 説明もなしに、ただ自分の痛みを忘れるためだけに。


 ひどいでしょ、いや自分でもそう想うけど。


 ただ、そこはせんせーもやっぱり変でさ。


 ちょっとため息ついてから、仕方ないなって感じに、私を見て、なんて言ったと想う?


 「指だけだからね?」だよ。ふつー断るじゃん。諭すじゃん。え、受け入れるのって、言い出した私の方が若干呆れちゃったくらい。


 それが初めての女の子での経験だったかな。


 我ながらあの時の情緒は自分でもよくわかんなかった。


 痛くてさ、辛くてさ、それを忘れたくて仕方がないのに、いま自分がやってることが悍ましくて、罪悪感で全部が全部壊れそうで、なのにどうしようもなく気持ちが良くて。


 で、せんせーに終わったあとに言われちゃったんだ。


 「身体は繋がっても、心までは繋がれないよ」って。


 言われた瞬間、胸の奥までぐさって何かに抉られたみたいに想えちゃってさ。


 それまで私、ずっと身体を繋げることで、誰かの一部になれるって想ってて、そうしたらちょっとでも自分の痛みや苦しみを誰かがわかってくれるって想ってて。


 そうすることで、自分の痛みとか苦しみがちょっとでもマシになるって想ってて。


 でもそうじゃないよって、面と向かって言われちゃってさ。


 もう呆然としながら、ただ泣くことしかできなくて。


 最悪じゃんね、自分から迫っといて、否定されたら勝手に泣いて。


 あは……あはは。


 ………………ああ、でも。


 ……そういえばずっと忘れてたけど。


 …………「いつか、ちゃんと繋がれる人に逢えたらいいね」って。


 そんなこと言われてたんだっけ。


 …………ずっと、忘れてたな、そういえば。


 ………………? それから、その人とはどうしたかって?


 ふつーだよ、ふつーに一緒に過ごして、私の方は最初かなりビビってたけど、向こうがあまりに何にもない顔してたから、しまいに根負けしてふつーに変わらず過ごしてた。


 ……まあ、でもたまに二人きりになった時、ちょっとそういうことねだったりはしてたけど……。


 さっき言った、同じ状況になったら同じことを感じるものっていうのもさ、その人に言われた言葉でさ。


 私の事情を話したら、それはしんどいねって言った後、そうやって言われてたんだよね。


 だから私は別に、君のことを悪いとは想わないって。


 …………よくよく考えると、私のせんせーのまねばっかりしてんだな。


 あはは、『なぎさん』はもしかしたら、せんせーにされたことを、あこにしてただけかもね。


 どう? これがいつぞやあこが知りたがってた、『なぎさん』の正体だよ?


 がっかりした? 幻滅した?


 ……なんで、そんな嬉しそうな顔してるの、あこは。


 話してくれたことが嬉しい?


 いっぱい私のことが知れて楽しい?


 ちゃんと心は繋がれたかって?


 ……………………。


 やっぱ、ここまで! ここでおしまい!


 ダメなものはだーめー! 私の年上としての威厳がなくなっちゃうから!


 うぬゎー! 嬉しそうな顔ばっかりしないの! つっつかない! ねこくんと一緒につついてこない! 赤くなってないから!


 …………はあ、いや年上の威厳なんて、もうないか……。


 そーだよこれが、素のままそのままの、住良木 なぎだよ。


 どーだ失望しろー、幻滅しろー、にたにたするなー。


 …………え? 質問の答えが返って来てない?


 心が繋がれたかどうかって……?


 ……………………知ってた、あこ?


 本当の『なぎ』は恥ずかしがり屋のひねくれ者なんだよ。


 そんなこと素直に言うわけないでしょー、だって恥ずかしいじゃん。


 …………まあ、真面目話さ。


 身体が繋がっても、心が繋がらないのは当たり前なんだよね。だって身体と心は別々なんだから。ちょっとは重なってるかもだけど、あくまで別物でしょ?


 一緒にするためには、身体を重ねるだけじゃダメで。きっと、こうやって話して、伝えて、解って、そういうのを何回も何回も繰り返してくしかないのかもね。


 そう想うと、昔の私は心が繋がらなくて当然だったんだよね、だって私が痛いことほとんど誰にも喋ってこなかったし。何も言わずに交わっても、そりゃあ、なにも伝わらないんだ。


 だから、まあ、さっきの答えになるかはわかんないけど。


 あこが私と心まで繋がりたいって言ってくれた、あの時は――――。



 嬉しかった。本当に嬉しかった。



 …………今言えるのはそれくらいかな。



 …………もー、キスしない、今はなぎは恥ずかしいからしません。喜んでません、赤くなってもいません、何も知りませーん。



 ………………え、もう秘密はないかって?



 うーん……多分あらかた喋ったけど…………。



 …………………………。



 ……………………。



 ………………。



 ………………あと一個くらいかな。



 ……………………帰ってくるまでは教えませーん。キスしてもいいませーん。




 …………聞きたかったらちゃんと帰ってきなさい。


 


 わかった? あこ。




 最後に忘れないように、きずだけつけてあげるから。

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