第35話
愛心
※
大事なところに触られる。
声がどうしようもなく漏れていく。
触れられたことのないところに触られる。
身体が訳も分からないほどに震えてく。
今まで生きてきて、そんな場所は、こんなことは、嫌な想い出の象徴でしかなかったのに。
その全部が、たった今、この瞬間に信じられないくらい塗り変えられていく。
ぐちゃりって、なぎさんの指が私の身体の奥深くで曲げられて、その感触だけで私の中の何かが大きく跳ねる。頭の奥が痺れるような感じと、お腹の奥が熱く濡れていく感触だけが頭の中の感覚を埋め尽くしてくる。
そうして、自分の口から漏れ出る声は、信じられないくらいに高くて、叫びにも近いくらい大きくて、なのにその声がたまらなく喜びに満ちてることだけはわかってしまう。
ああ、私、今、心と身体に、無理矢理、教えられてる
このやり取りが、この行為が。
なぎさんの華奢な指となまめくような舌で触れられる、その全てが。
私にとって、どうしようもないほど、幸せなんだって。
溺れさせるような快感の波に、ただ悦びながら泣き叫ぶことしかできない。
そして何度目かもわからない、その大波の果てに、私は自分が吹き出す水音だけを聞きながら。
あなたに口を塞がれて、呆然と身体を満たす快感と幸福に吞まれてた。
好きな人と交わるという、ただそれだけが。
どこまで狂おしいほどに気持ちがいいのかを。
身体も心も、全部使って、今、あなたに教え込まれていた。
※
「ん………………」
塞がれていた唇が離されて、ようやく私はまともに呼吸をすることを許される。
それまではなぎさんの中の空気を吸うことしかさせてもらえなかったから、ちょっとした酸欠と高揚で身体が熱く仕方がない。
ていうか、やばい。
何もしてないのに身体は震えるし、まださっきの大きな波の余韻が身体全体にじんわりと残ってる。熱くて、落ち着かなくて、震えて、なのにどうしようもないほどに気持ちがいい。
だって、イク感覚なんて自分独りでしてる時にいくらでも感じてたはずなのに、その時の感覚とは比べるのが馬鹿らしくらいの快感と幸福感が襲ってくる。
それが何度も何度も、繰り返すみたいに絶頂した瞬間の感覚が、細かい波のような余韻になって身体を満たし続けてる。そのうえ、なぎさんにお腹の少し下の方をなぞられるだけで、簡単にその感覚がぶり返してくる。
止まらない、ずっとイキ続ける。なのに、それが気持ちよくてたまらない。
そうやって余韻に震え続ける私を、なぎさんは優しく撫でながら見守ってくる。
その視線で、私は思わず我に返ってしまった。
あ……う、やばい。
だって、ほんとにやばい。ていうか、あれえと、さっき出したの。潮、だよね?
私、そんなの吹いたことないんだけれど。今更、恥ずかしくなってきた。
なぎさんに身体のナカを触られているうちに、尿意が催してきて、なぎさんにストップをかけたわけだけど。「大丈夫、それおしっこじゃないから、出していいよ」と優しく頭を撫でられながらイカされて。見事なまでに勢いよく吹き出してしまった。
恐る恐る、自分の粗相の跡を覗いてみる。視界の端に映ったベッドはぐっちょり濡れているけれど、確かにあんまり黄色くない。……いや、どっちにしろ自分の股から出てきたわけだから、汚いものに違いはない気がするんだけれど。
っていうか、これ私、変じゃないのかな。だって、いくらなんでもイキすぎなんじゃない?
やっぱり実はほんとに淫魔で、そういう風に身体が出来上がっているんじゃないよね?
それに、今日のために読み漁ったネット記事だと『初めては緊張でそんなに気持ちいいと感じないカップルも多い』とか『初めてで絶頂をちゃんと経験することは珍しい』とか書いてあった気がするんだけれど。
実際のえっちは、滅茶苦茶に気持ちいいし、滅茶苦茶にイカされてる。
初めてとか関係ない。とんでもなく淫らに乱れている自覚だけはある。
いいんですか、こんなので。いや、上手くいかないよりはいいと想うのだけれど、なぎさんにとんだ淫乱だって思われないかなあ、それだけが心配で仕方ない。
そんなわけで、おそるおそるなぎさんの顔を窺ったら、なぎさんは優しくこっちに微笑むと、また私の頭を撫でながら優しく唇を塞がれた。
ちゅるちゅるとお互いの舌と唾液を、水音を立てながら交換する。
…………ああ、今日だけで、この大人のキスにも慣れてきちゃってる。あ、鼻で呼吸をすると、ずっとキスしてられるんだなって新しい発見があったりしてる。
なんて、言ってる場合でなくてですね。
ぷはっとなぎさんから、いったん無理矢理身体を引き剥がして、改めてお顔を窺ってみる。
………………なぎさんは、いつもどおりのなぎさんだ。
優しくて落ち着いてて、そのうえ私のことをしっかりと見てくれている。
さっきのも、多分、私がキスをおねだりをしたと解釈されたっぽい。まあ、嬉しかったのに違いはないのではありますが……。
「大丈夫? あこ」
「はい」
「ちゃんと気持ちいい?」
「…………はい、すごく」
自分でも信じられないくらい。なんならちょっと引くくらい。
「もうちょっと、欲しい?」
「え、えと、それはちょっとだけ休憩と言いますか……」
うーって上手く伝えられない自分の髪をちょっと掻き乱す。うー、恥ずかしい、でも聞かないとそれはそれでなんかいやだし。
恥ずかしさを誤魔化すためになぎさんの胸にぽすっと顔をうずめる。なぎさんの細っこい身体とあばらが浮き出たそこの、でも確かにある柔らかさを感じながら、私はどうにか口を開いた。
「その……私、変じゃ……ありませんか……?」
「ふむ、変というと?」
顔が熱くなってくる、耳まで真っ赤になって、それがバレているのが嫌でもわかってしまう。
「その……初めてなのにイキすぎっていうか……なぎさんがお上手なのももちろんあるとは想うんですけど。感じすぎというか……何かおかしいとことか、……ないですか?」
聞いては見たけど、なぎさんはうーんと軽く唸って、少しだけ悩んでる。え、やっぱり、悩むような感じなのかな。私、ちょっとあまりに淫乱すぎ?
「うーん、私は一杯イケるのはいいことだと想うけど?」
そんななぎさんの無邪気な返答に、思わず私はがカコンとどでかいタライでも落とされたような気分になる。
「やっぱりイキすぎなんだあ!? 淫乱なんだぁ!?」
だって、イキすぎなとこは否定されてないもん! きっと普通の子は初めてはそんな簡単に気持ちよくなんてなれなくて、いきなり潮を吹いたりもしないんだぁ!?
そんな風に思わずおっきな声を出してたら、なぎさんはおかしそうに笑ってなだめてくれる。うう、優しい、好き……。
「ちょっと感じやすいけど、別にそんなにおかしいことじゃないよ。むしろ私的には一杯、感じられるのは羨ましいくらいだし」
けらけらと笑われて、私は思わず胸の隙間からなぎさんをみあげてむすっと拗ねる。……拗ねるなんて、普通はやっちゃいけないことのはずなんだけど、なぎさんなら許してくれるから、つい子どもっぽく拗ねてしまってる。くそう、我ながら甘えが板につきすぎてる。
「なぎさん、毒だけじゃなくて、そこんところも、あんまり感じないんですか?」
私のそんな言葉に、なぎさんはふっと軽く笑うと、ちょっとだけ遠い眼をしてた。
「いや、感じるは感じるんだけどね。私の場合、痛みを誤魔化すためにしてるから、あんまり純粋に楽しんでないというか、なんというか……」
そういって、どこか少しだけ寂しそうな顔をしていた。
…………そっか、やっぱりなぎさん、純粋に楽しめてはいないのかな。
そんなことを考えて、ふとした瞬間にハッとする。
そういえば、さっきから気持ちよくなってるの私ばっかりじゃん。
何度も何度も、イカされ続けててそれどころじゃなかったから、忘れてたけど。私からはなぎさんにはてんで触ってない。
早紀としてた時の話も、早紀が勝手に気持ちよくなってたって話だったし……。
なぎさん自身はえっちしても気持ちよくなれてないんじゃ……?
そんなことを考えていたら、いつかの夜になぎさんが言っていたことが、ふと、頭をよぎりだした。
『身体は繋がっても、心まで繋がるわけじゃないから』
『結局、他人だもんなあって気がついてからは、あんまり昔ほどしたくはなくなっちゃったかな』
それと、あの日のなぎさんのちょっとだけ寂しそうな表情も一緒に。
「………………」
ねえ、なぎさん。私とのえっちも、おんなじですか?
そう聞いてしまいそうになる口を、私はなぎさんからは見えないようにそっと噤んだ。
もし、それを聞いてしまったら。
きっと、なぎさんは気を遣って、そうじゃないよって無理に言ってしまう気がしてしまったから。
でも、そうやって傷ついてほしいわけじゃない。
ただ、こうやって抱き合っている間にも、なぎさんに小さな無理が積み重なっていないか、それだけが気にかかってしまうけど。
そんな言葉の行き先を、私はうまく探せなかった。
だって今は、正直、私はなぎさんにされるがままだ。
なぎさんが恐らく十年近く培い続けたやり方で、ただ一方的に快感に導かれているだけでしかないわけだし。
なぎさんのことを触りに行ったとして、私の拙い指でなぎさんは満足してくれるだろうか。
…………満足してなくても、優しく「大丈夫だよ」って言ってくれる姿だけは、あんまりにも簡単に想像がついてしまう。
それじゃあ、きっとダメだ。身体が繋がってるのに、心まで繋がってくれてない。
ああ、どうしたら、いいんだろ。このままだと私が一方的に気持ちよくしてもらって終わってしまう。
それじゃあ、イヤなのに。私だって、何かしてあげたいのに。
ただ一緒に気持ちよくなりたいだけなのに。
なぎさんの胸に顔をうずめながら、考える。
何か、何かないかな。どうにかして、なぎさんを気持ちよく、そうでなくてもこのえっちがちゃんと想い出に遺してもらえるような。
そんな、何か――――。
―――――――。
――――――。
―――。
なんてさ。
私は知ってる。
その術を、その手段を。
知っているけど、ずっと気づかないふりをしてるだけ。
だけれど、私の脳は、私の身体はずっと、そのやり方を覚えてる。
きっと、私が産まれるよりずっと前から、この身体に刻み付けられてきたそんな欲求。
私がずっと否定してきた。でも私の中に確かに眠る、どうしようもないほどに大きな衝動。
今ならそれがなんなのか、やっと意味を見出せる気がしてる。
きっと、この気持ちは身体が求めてるだけじゃないから。
でも、心が求めてるだけでもないんだ。
だって、身体だけが一緒になっても寂しくて。
心だけが一緒になっても足りなくて。
どっちも合わせて、私だから。
どっちも合わせて、あなたと一緒になりたくて。
それがたとえ、この一瞬、この一夜だけのものだとしても。
あなたと溶け合って、あなたと同じになりたくて。
私の中に湧き上がって仕方のないこの想いは、
もしかしたら、そのためのものだったのかな。
頭に浮かんだ一つの仮説。
あなたと同じに、あなたと一緒に気持ちよくなれる、そんな方法。
あなたと心と身体を溶け合わせる、私にしかできないそんなやりかた。
あなたに、私の、この毒を―――。
そう想って、指で触れた自分のそこは、笑っちゃくらいに濡れていて。
熱くてぐちゃぐちゃで、まるでずっと誰かを待っているみたいに開いてた。
それから、そこにゆっくりと指を差し挿れた。
吐息が少しだけ漏れて、あなたの胸にかかる。
私のナカで熱く溢れて、今か今かと待ちわびている、
水音がする。
水音がする。
私の、水音がする。
「ねえ、なぎさん」
「これ、飲んで欲しいです」
「なぎさんに、……なぎさんだから飲んで、欲しくて」
「私のこれ」
それは私から出る人を狂わせる毒。
何度も何度も、誰より私自身を苦しめてきた、欲へ誘う蠱惑の蜜。
でも、きっと今、ようやくこの身体の本当の意味に気付けそうな気がするから。
私はあなたに、
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