第28話
愛心
※
というわけで、私はファミレスの席で思いっきり後悔に沈んでいたのです。まる。
「で、なんで私は一日に二回も呼び出されてるわけ……?」
ああ、私なんかやっちゃったかな、でも前は大丈夫だったように想えたのに。
「ちょっと、なんで黙って俯いてんの、しかも、なんか顔死んでるけど……? おーい、おーい」
いい加減、わがまますぎてなぎさん、呆れちゃったのかな、それか本当にとんでもない地雷を踏みぬいたんじゃ……。ああ、くそ。外だから泣いちゃいけないのに、滅茶苦茶泣きそう……ちくしょう。
「うわ、無言で涙目にならないでよ……え、本当にどうしたの? 何があったの?」
そこでようやく、顔を上げて早紀の眼を見た。それから口を開こうとして、……開くと泣きそうになったから、必死にうぎぎと涙をこらえる。今、発作を誰かに起こされたら、キレすぎてぼっこぼっこにしちゃいそう。
そうして、泣きそうになるのを堪えながら、どうにか喉を震わせる。
「なぎさんに、拒否られたぁ…………」
そんな私の言葉を聴いた早紀は、しばらく呆けた顔で首を傾げた後。
「…………はあ?」
と、呆れたような声を出してきた。くそう、猫ミームみたいな声出しやがって、うちのねこくんの方が可愛いぞ。ちくしょう。
「いや、だから説明しなさい、説明を……」
※
なぎさんが起きたら、なぎさんのこと聞いてみようって想ってた。
だって、私はなぎさんにこれだけよくしてもらってるのに、なぎさんのこと何にも知らない。教えてくれたことは、ないわけじゃないけれど、結構曖昧というかなぎさんも意図的にぼかしたような喋り方してたから、聞くのも悪いのかなってずっと想ってた。
でもやっぱり、眠りながら泣いてるなぎさんを見て、知りたくなったんだ。
何を想って、私のことを拾ってくれたのか。辛そうな経験はたくさんしてるように見えたけど、実際どういうことがあって今のなぎさんっていう人が出来たのか。
『身体は繋がっても、心まで繋がるわけじゃない』ってなぎさんは言ってたけど、多分そう想ってしまうような何かがあって。そこになぎさんなりにたくさんのこと、考えて。
そういうの―――全部知りたいなって想っちゃった。
好きになったから、心まで繋がりたいって想ってしまうのは、私が子どもだからなのかもしんないけれど。
思い切ってなぎさんに、そんな話を振ってみた。
『なぎさんって、どうして私を助けてくれたんですか?』
『前、身体は繋がっても、心は繋がらないって言ってましたけど……なんでそう想うようになったんですか?』
『なぎさんって、今までどんなこと感じて過ごしてきたんですか?』
そんな風に、聞いてしまった。
今想うと、ああ、油断してたなあって感じだけど。
だって、なぎさん、ずっと私に優しかったから。聞いたことは大体、ちゃんと応えてくれたし。お願いもほとんど聞いてくれてた気がするし。
家に居られなくて独りぼっちになった私を拾ってくれて、それなのにすっごくずっと優しくしてくれていて。
だからかな、自分が言ったわがままが断られるはずがないって、無意識のうちに甘えてた。
だから―――。
『ごめんね』
『今はあんまり、話したく―――ないかな』
そう、なぎさんにそっと距離を取られてしまった時に。
想ってた何倍もショックを受けちゃって、気付けば部屋を飛び出してしまってた。
それから、近場のレストランに駆け込んで、独りでいるのはまずいと想って早紀を呼んでおいた。
そんなのが、私の現状だった。
「あんた、ホント子どもねえ……」
「うるさーい!! 知ってるー!!」
って、へこんでたのに、早紀の奴はさっぱり空気を読みやがらない。
ちくしょう、そんなこと自分でもわかってるよ。
「わかってるのに、抑えきれないから困ってるの……」
そうやって、まだ涙目になってるのを堪えながら、うぐぐと、どうにか声を漏らす。涙が喉に流れてきて、いい加減、喉の奥が痛くなってくる。
そんな私に、早紀は、はあとため息をつくと、ドリンクバーのコーヒーを啜った。小癪にもブラックだ。それから、うーんとしばらく悩んだ後、額を抑えながら口を開いた。
「まあ、私が言えた口じゃないけどさ―――」
「まあ、それはそうだね」
「……話の腰おらないでよ。……まあ、私が言えた口じゃないけど、誰かに言えないことなんて人間いっぱいあるでしょ、そりゃ」
「うう…………」
それは、そうなんだけどさあ。わかってるんだけどさあ。
「まー、それくらいなら話してもらえる、大丈夫……って想う程度には信頼してたってわけね」
「うん…………、だけど、言ってくれなかった。私なんかしちゃったのかな……」
最近、ちょっとなりを潜めてた弱虫な私が、ちょろちょろと顔を出す。お前のせいじゃないかって、また毒の時みたいに、両親の時みたいに、私がほんとは悪いんじゃないかって心配になる。
「ああ~~…………」
とか、なんとか言ってたら、突然早紀が天を仰いで悶えだした。なんだ、どうした。っていうか、この人、しょっちゅうこんな感じになってない?
「どしたの?」
「……今から一つ励ましっていうか気休めを言うんだけれど」
「うん」
「感想は『お前が言うな』以外で頼むわ」
「うーん、多分、無理だと想う」
そんな私の言葉に、早紀は何とも言えない自嘲くさい笑みを浮かべてた。
「『なぎさんそんなことで嫌いになったりしないよ』」
「………………?」
「誰が私に言ったの? このセリフ」
「…………ああ」
そっか、この前、早紀の相談に乗ったときに、私が言ってた言葉じゃん。
「まあ、実際。理由もなく人を嫌う人……でもないでしょあの
「……そう、かなあ」
そうだといいなあ。……というか、やっぱ端から見ても、私すんごい大事にされてる、のか。改めて認識すると、ちょっと……照れるかも。
「それに、あんたは別に……その、パワハラとかしてないし……嫌われる理由もないでしょ……」
「うん! それはそう! 今のすんごい納得いった!!」
よし! じゃあ、私嫌われてないわ! 仮に何かしてたとしても、パワハラ上司にも平等に優しく接するなぎさんにまで嫌われるようなことなんてしてねえわ!
「そこで今日一番の元気を出さないでくれる……?」
「んー、早紀がしたこと、なぎさんは根に持たないだろうから。私が代わりに根に持っとくの」
これは本心なのである。なぎさんが苦しめられた一年くらいはとりあえず、引きずってやるのである。
「そう……まあ、それは仕方ない……か、妥当ね……」
「うん、でしょ」
好きの裏返しで始まったことでも、やっていいことと悪いことがある。社会に出てないがきんちょの私でもそれくらいはわかってる。
なので、まあなぎさんにこっそり私の毒を飲ませてたことも、ホントはよろしくはないのです。だからもうしてません。そこんとこちゃんと反省してるのよ、あこちゃんも。
「まあ、だから嫌われたとかじゃあ、多分ないでしょ。そういう時は、大体、あんたとは関係ないとこに何かしら事情があるもんよ。あの女も、あんたの倍近く生きてるんだから、そりゃあいろいろ事情はあるでしょうよ」
「…………うん」
ちょっとだけ気持ちが切り替わったからか、早紀の言葉に素直にうなずける自分がいた。……もしかして、なぎさんほどではないけれど、早紀もそれなりにしっかりした大人なのかなあ。そういえば、上司になれるってことは、きっと、色々考えて気を配れたからなれてるんだもんね。
「不安に想うなら、その部分だけちゃんと伝えれば? そのうえで、ちゃんと話せるようになるまで待つって言えばいいでしょ。あんたの気持ち伝えて、相手の気持ち聞いて……そこであの女なら多分、ちゃんと割り切ってくれるでしょ?」
「………………うん」
そう言った、早紀の眼はどことなく優しくて、思わず素直にうなずいてしまう。
「『身体は繋がっても、心は繋がらないなん』なんて言ってもね、そんな簡単に繋がらないだけだから。繋がらないわけじゃない。そんで、それでも知りたいんでしょ、そう想うこと自体は、別に間違いじゃないんじゃない? あとは相手とタイミングの問題だけで」
「……そっか、うん。そうだよね」
そう言って、優しく微笑む早紀の言葉に、私はうんうんと頷いた。
うん、ちょっとくらい早紀も見直してあげてもいいのかもしんないね。だから、『お前が言うな』は、今日はしまっといてあげるとしよう。
「どう、ちょっとはスッキリした?」
「うん、ばっちり。ありがと、早紀」
「どーいたしまして……」
ふうと思わず、鼻息をしっかり吐いて、最後に目元に滲んでた涙をゆっくり拭いた。
私には、わからない。なぎさんがどんなことを抱えて、どうしてあの時喋ってくれたなかったのか、今の私にはわかんない。
わかんないから、そのことをそのまま伝えよう。
聞きたいです、でも無理には聞きたくありません、だから待ってますって伝えよう。
なぎさんもきっと、なぎさんなりの解決できてないこと、悩みに想ってることがあるはずだから。
話してくれるまで待てばいい、解決が必要なら手伝うか、聞けるだけでも全然いい。
それに私なぎさんとは両想いなのですから!
そして一杯大事にされているのですから!
だからきっと大丈夫。この想いに何一つ根拠などなかったとしても。
きっと、そう疑い続けたり、不安になり続けたりするだけよりは、きっといい。
「じゃ、でよっか」
「うん、ありがと、お礼に奢るよ!」
「……未成年に奢られるほど、落ちぶれてないから。むしろ私が払ってやるわ」
「……あら、おっとなだぁ」
「ふふ、当然でしょ」
そう言って見送った早紀の背中は少しだけおっきく見えた。
私と大して背丈変わんないのにね。
そうして、ファミレスを出た、その後に。
「それで、その、代わりとかじゃ……ないんだけどさ…………」
そう、早紀はどこかもじもじ顔を赤らめながら、切り出してきた。なんとも言えない、だらしない表情で。
ていうか、ん……?
「後で、その、こっそり。……人に見られないところで……そのお尻叩いて……もらっていい?」
…………あれ、早紀の奴、なんか発作おこしてない?
「実はちょっと、その……さっきからずっと身体が熱くなっちゃって…………」
自分の眼が、呆れと困惑で細舞っていくのを感じる。
…………ていうか、あぁ、そうか。あれか、私の涙がちょっと滲んでたやつ。あれに、あてられたのか早紀の奴。
……………………しかし、ええ、まじか。
……………………するの? 私が……?
……………………いや、でもお世話になったの事実だし、毒が原因だとしたら、私のせいと言えなくもない気も…………。
……………………これ浮気とかに、なんない……よね?
……………………はあ。
………………。
…………。
……。
「ひぃ」
「早紀、うるさい」
「あ、ぁ…………あんっ…………いいぃ……」
「………………はぁ」
私は冬場の寒い路地の中、成人済み女の嬌声を聞きながら、そのお尻を無感情に叩いてた。
静かな路地に響くスパンキングの音を背景に、思わず、世の無常に空を見上げるばかりのあこちゃんだったのである。
やっぱり、さっき見直したのは、間違いだったかもしんないなあ……。
なんてことを考えながら。
「ご主人様……もっと強く……」
「……はぁ~~……………………」
最後に思いっきり、力の限りお尻を引っぱたいてやった。
すんごい痛いと想うんだけど、早紀はどこか恍惚とした表情で身体をぶるぶるふるわせてた。
はあ……、早くなぎさんとねこくんのとこに帰りたい。
そんなことを想う、冬の日のことだったのでした。
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