第15話
久しぶりに夜の九時より前に家に帰りついた。珍しいこともあるもんですねと、あこと一緒におどけてから、私は仕事の疲れを言い訳にこたつでごろごろと転がっている。
夕食づくりはあこにまかせて、ねこくんを脇に抱えてごーろごろ。我ながら、良いご身分だ。スマホのショート動画を適当にスワイプしながら、ご飯まだかなーなんて、小学生気分でお腹を鳴らす。
なんて風に自堕落に過ごしていると、スッと影が差してきた。誘われて、スマホの外に目を向けると、あこが神妙な顔でこっちを覗き込んでいる。おや、さすがになまけすぎたかな。
なんて考えていると、あこはそっと、こちらに手を伸ばすと。
「ねこくん、そこをどきたまえ」
といって、私が小脇に抱えていたねこくんをそっと横にのけられた。ねこくんは、なんだなんだと身をよじるけど、抵抗虚しくこたつの隣の入口へお引越し。
肝心のあこはそのまま私を隅へと追いやると、こたつの私と同じ場所にえいやと足を入れてきた。
「なぎさん、狭いですよ。もっと詰めて」
言われるまま、うりうりとあこが臀部をねじこんでくるので、押されるがまま二人揃ってこたつの同じ方向に寝転がる。割と二人とも細身だから成り立ってるけど、どっちかが太ってたら確実に詰まっている状況だ。
「あこさんや、これはなにかね」
しっかり肩まで入って、私よりこたつを堪能しているあこに向けてそんな風に尋ねてみる。スマホはそっと脇にのけておく。
「えー…………寒いからですかね? あとご飯はしばらく煮込むのを待つだけなので」
こたつの布団から顔の上半分だけ覗いたあこは、何故か不思議そうに首を傾げた。首を傾げたいのはこっちなんだけど、なんか突っ込むのも野暮な気がしてきたので、まあこんなもんかと納得する。
「ありがと……つまりこたつwithおしくらまんじゅうってこと?」
「いえす、そーまっち」
「ま、そもそも私、おしくらまんじゅうとかしたことないわ」
「ふっふっふ、奇遇ですね、私もです。ビギナー同士仲良くしましょう」
「おしくらまんじゅう、おっされてなくな~」
「なんですか? それ」
「私が子どもの頃、歌ってたやつだね、世代違うからしらないか」
「んー、地域差とかもあるかもです。ところで、おしくらまんじゅうって何をしたらいいんでしょう、ビギナーはなやんじゃうぜ」
「とりあえず、お尻押し付け合えばいいんじゃない?」
「うりうり」
「うにうに」
と、いうわけでお臀部をこすり合わせてみる。つっても、狭いこたつの中なので、お互い腰をちょっと揺するくらいしかできないけど。つーか位置的にあこの肩に私の尻を押し当てている感じになっとる。もはやおしくらというより、ただもぞもぞしているだけの感じだ。
「ふふふ、なんだか熱くなってきた気がします。じりじりと熱されている気がします」
「あこちゃん、それ多分こたつのせいよ」
なんておふざけのやり取りをしながら、けらけらと笑い合う。いやあ、益体のないってこういうこと。
「とりゃー」
と想っていたら、あこが掛け声を上げて、頭を私の腹に載せてきた。掛け声の勢いの良さのわりに、慎重にそろっと私の腹にあこの頭が移動する。
「ふっふっふ、なぎさんの心臓の音が聞こえます」
「そのあたりには胃腸くらいしか入ってないよ、あこちゃんや」
「いえ、聞こえます、確かに、ぐるぐる~って音が」
「……おなか減ってるからね」
そういや、最近、普通に空腹を感じるようになってきたなとふと想う。前は腹が減ったら、タバコを吸ってごまかしてたからな。カロリーの代わりにニコチンで生きていたな、人として終わっているのはそれはそう。
しかし、あれだね。ねこくんが脇から退けられて、もの寂しいのも正直ある。片手が撫でるものを無意識に探している感がある。仕方ないので、代わりに脇にいる子を撫でてみる。
「ふにゃぁ?!」
つぶれたねこくんみたいな声が、私の腹の方から響いてきた。
「にゃにごとですか?!」
なぜか口調までねこくんになっている。どういうこっちゃ。
「いや、手持ち無沙汰だったから、つい」
いやかな? と思ってそっと、手を止める。あこはこっちを見上げているけれど、どことなく不満そう。
「いやならやめよう」
下を見る、不満そうな顔はそのままだ。
試しに手をあこの頭にのせてみる。表情がころっとかわる、ついでにこたつの中でもぞもぞと身体を揺らしている。尻尾でもふっているのだろうか、猫というより犬だなそれは。
「ほれほれ」
「ごろごろ~」
なんならついでに喉を鳴らし始めた。ちなみに本業のねこくんも、なぜか呼応するようにごろごろと言っていた。思わず二人で顔を見合わせて、ぷふっと吹き出してしまう。
なんて、しばらくあこねこを撫で続けて、十分くらいしたころに鍋が吹き出すなどしていた。そんなのが今日のハイライトだったのだ。
※
「怖くないんですか?」
「―――何が?」
「それは当然、彼女という存在が、あるいは彼女と共にいることが」
「…………」
「こう言ってはなんですが、彼女は確実に人間ではありません。少なくとも、ヒトという範疇に納めていい生物ではありません。言うなれば、フィクションのサキュバスや淫魔のようなものですよ。人間とは違うルールと違う身体で生きる別の生物です」
「それはまた……えらい言いようだね。……あの子に直接、言ってねーでしょうね?」
「そんな怖い顔をせずとも、口になどしていませんよ。ですが、今後の支援の見返り……というわけではないですが、差し支えなけれぼ、お伺いしても構いませんか? あなたは『アレ』の傍にいて怖くないのですか?」
「………………」
「自身が性加害者になるのかもしれない。あるいは近くの人物がそうなるのかもしれない。加害ばかりでなく、あなたが性被害に遭う可能性すらありますよ? それが怖くはないのですか? どうしてそこまで『アレ』に入れ込むのですか?」
「そうだねえ……」
「…………」
「まー……怖くないって言ったら嘘にはなるけれど」
「ほう、ではなぜ?」
「そう言ってほっぽりだしたら、あの子また独りになるんでしょ?」
「…………」
「じゃあ、面倒見るよ。私なんかの苦労で、あの子の笑顔が買えるんなら安いもんでしょ。私以外への迷惑は……ちょっと想う所がないわけでもないけどさ」
「……」
「ま、迷惑かけないで生きてる人間なんて、いやしないし、別にいいでしょ」
「……なるほど。納得しました」
「そりゃあ、何より」
「その理由に納得した、というより、あこさんがなぜあなたを選んだのか、ということにですが」
「……さよか」
「では、質問に答えていただいたお礼に、一つ興味深い事例をお話ししましょう」
「…………もう帰っていい?」
「まあ、そうおっしゃらず。住良木さん、性加害を行う人間というと、どういう人物を想像しますか? 独断と偏見で結構です」
「…………帰りたいってのに。……えー、なんだろ。相手のことを人とも思わないとか、ついやっちゃう系の人……とか?」
「つまり、共感性が低く、衝動性が高いということですね」
「我ながら、すんげー、偏見」
「まあ、実際そういう側面は多少はあります。そこで、面白い事実を一つ。あこさんの毒はむしろそういった、
「………………?」
「もともと性衝動が強い人物にはなぜかあまり効果を発揮しません。精々、少し性感を感じやすくなる程度ですね。逆に共感性や感受性が強い人物には、強力な効果を発揮します。理性が完全に崩壊する人は共通して先ほどの特性があります。つまり
「ふーん……」
「どうぞ、お気をつけて」
「忠告ありがと、……ま、私は悪い大人だから、大丈夫だよ」
「……くく、そこはノーコメントとさせていただきます」
※
それから一週間の時が過ぎたころ。
身体の奥に消えない熱が生まれるのを、私は一人、確かに感じ出していた。
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