第10話 心臓がヤバイ! シズ視点
「もう痛くない?」
「う〜大丈夫。ごめんシズ。オレ失敗ばっかで……」
「気にしてないよ。それよりお風呂入れる? 痛むようだったら無理して入らなくても……」
「入る! 入りたい!」
やたらお風呂に入りたがるアオイ。女の子になったから気になるんだろうか?
アオイがTシャツを持って脱衣所へと入っていく。扉がしまったと思ったら、隙間からニュッと顔を出した。
「の、覗かないで……くれよ」
「そんなことしないって」
「ふぅん……しないんだ」
「え、それってどういう」
意味を聞こうとしたら扉がパタンと閉じる。しばらくすると聞こえるシャワーの音。いいのか? この状況。いや、アオイとは友達だけど、もう女の子な訳だし、無防備すぎないか?
「そっかぁアオイは女の子なったんだよな……」
口に出して改めて実感する。最近のアオイを見ると、ほんのちょっとだけ寂しい。服とか、オシャレとかすごく気にしてて話が合わなくなるかもと思ってしまう。
年齢的にも妹ぐらいに見えるし……。
「いや、アオイが選んだことだ。僕が受け入れなくてどうする」
自分に言い聞かせるように言った。
座椅子に座ってふと目を向けると、昔遊んだゲームが目に入った。有名なRPG「ロスト・クエスト」……小学生の時、アオイが家に来てプレイしてたソフトだ。確か別のオープンワールドゲームの開発陣が独立した後作ったんだよな。
アオイが熱心にこのゲームのことを語っていたのを思い出した。
「勝手にやったらマズイかな? ううん」
結局迷って説明書を読むだけにした。あ、思い出した。これ女の子が勇者で話題になったヤツだ。当時は珍しいってテレビでも特集やってたっけ。
……女の子の主人公、か。
これをやってた時からアオイは女の子になりたかったのか?
アオイが今のままでいたいと選んだってことは、きっとそうなんだろうな。なんで僕は気付いてあげられなかったんだろ。
「あ、それ……」
いつの間にかアオイが後ろに立っていた。タオルで髪を拭くその姿は、もう完全に女の子そのものだった。
「ずいぶん懐かしいゲーム持ってるんだね」
「うん。前に中古ショップで買ったんだ。懐かしいなって思って」
アオイの家は厳しかった。ゲームをさせて貰えないからっていつもウチに来てプレイしてたくらいだし。
「久々にやろっかな」
アオイがゲームを起動する。小さな子が懐かしいゲーム機を触ってる姿が妙にアンバランスで可愛らしい。
コントローラー持ったアオイが僕の隣にちょこんと座る。それだけで一瞬ドキッとしたのに、アオイは僕に体を預けて来た。
「ちょ、ちょっと? 何してるんだよ」
「いいじゃん。ダメ?」
「ダメじゃ……ないけど」
「オレはしたいの。だからこうさせてよ」
「い、いいけど……」
「けど?」
ジト目で覗いて来るアオイ。女の子に免疫が無い僕は一瞬で顔が熱くなってしまう。
「う……い、いいよ」
「へへ。やった」
アオイの髪からフワリとシャンプーの匂いがする。首元に当たるくすぐったい感触にアオイの体温。こうされていると、自分がどうにかなってしまいそうだ。
「む、変な所でセーブしちゃってたな……」
呟きながらアオイがゲームキャラを操作して行く。洞窟に入り、慣れた手つきで奥へと進む。その様子に子供の頃を思い出す。
「ここのステージクリア直前で親にバレてさー没収されそうになったことあるよね」
アオイが僕の顔を見る。幼さがある顔に大きな瞳。ツヤツヤした唇に目のやり場に困ってしまう。
いつの間にかアオイに見惚れていたことに気付き画面に集中する。でも、チラチラとアオイのことは見てしまっていた。
女の子からしたら僕なんか全然魅力無いだろうし……それはもう嫌というほど分かってるから。
アオイの視線はずっと画面を見ていて、どんなことを考えているのか分からない。
コントローラーを操作しながらアオイが呟く。
「文学部の高梨のこと、まだ気になってるの?」
「もう気にしてないよ。そんな暇無かったし。アオイのこと、考えないと」
「ふ、ふぅん」
一瞬アオイの動きがピタリと止まる。おかしいなと思っていたらアオイは振り向かずに言った。
「そろそろ寝よっか」
その言葉に息が止まりそうになる。この前も泊まったけど、今日は全然違う。もうアオイも完全に女の子を選んだ後なのに。
僕は、どうしてしまったんだろうか?
「いいよ」
心臓がはち切れそうなのを抑えながら答えた。
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