第7話 気付いた…… アオイ視点

「……それで、ディーテは消えちゃったんだよね?」


「うん。窓から嘘みたいに消えちゃった」


 小野寺部長はすっかりオレの着替えを楽しんで落ち着いていた。真剣な顔でスマホを操作し、何かを調べていた。


「女神の書は……」


「し、シズ? 部長ちょっと怖いんだけど……」


「小野寺部長オカルトの話になると真剣になる人だからなぁ……」


「静かにして! 女神の書について研究してる人のページを見つけたんだから!」


 怖いくらいの目付きでスマホを見つめる小野寺部長。声をかけられずに待っていると、オレの方を見た。


「女神は消えた訳じゃないみたい」


「どういうこと?」


「えっと。この人の話によるとぉ……女神は呼び出されてから1年間、地上を彷徨さまようんだって。だからこの世界のどこかにはいるはず」


「じゃあさ、その女神を見つけてアオイを戻してくれって願えば……」


「ダメだって。あの女神はオレのこと絶対に戻さないって言ってた……諦めろって……」


 シズがしゃがんでオレの目を見つめる。その真剣な表情を見ていると、無性に恥ずかしくなって目を逸らしてしまう。


「アオイを助ける為なら、僕は全力で方法を探すよ」


「さっき蒼ちゃんに言ったよね? 実際イケる可能性は高いよ。女神は1人につき1回願いを叶えてくれると書いてある。静樹くんが心の底から願えば、アオイちゃんを蒼くん・・に戻してくれると思うよ」


「ホントですか!? アオイ! 女神さえ見つければ戻れるって!」


 嬉しそうなシズ。それを見ていたらなんだか……。


「そ。でも良く考えて。それは蒼ちゃんが決めることだよ」


「え、でもアオイ大変そうだし……」


「自分で決めなきゃ意味ないことなの。だから焦らせないであげて」


 部長とシズが何かを言い合ってる。でも、それが全然頭に入って来ない。



「元に……戻る……」



 考える。今元に戻れたら、まだ取り返せる。大学も辞めなくていい。でも、オレが戻っちゃったら……いや、戻っちゃったらって何を心配してるんだよ。全部今まで通りだろ。



 今まで通り、何も変わらない友達で……。



 一瞬。フラれて落ち込んでるシズの姿を思い出した。



「ちょ、ちょっと1人で考えさせて!」



「あ! アオイ!」



 後ろから聞こえるシズの声を振り払うように扉をバタンと閉めた。



 サークル棟を駆け抜けてT字路へとぶつかる。1人になりたくていつもは行かない法学部棟へと走る。



 途中朝練習するサークル学生に何か言われた気がしたけど、無視して先へ先へと走った。



 角を曲がって、一目に付かないベンチに座る。



「う〜……」



 息が切れて、頭の中がぐちゃぐちゃで、全然分からない。自分のことが分からない。



 ドンドン思考が幼くなる気がして怖い。女の子になってる気がして怖い。怖い。怖い……。



 でも、嫌だ。



 「今まで通り」に戻るのも嫌だ。



 シズが落ち込んでる時、声をかけることしかできないオレは嫌なんだ。嫌。嫌……。


 オレがずっと見て来たんだ。シズの良い所も全部見て来たんだ。それなのに……オレは何もしてやれない。ずっとしてやれなかった。


 ブンブン頭を振るって考えを吹き飛ばす。



 何考えてんだよ。


 何考えてんだよオレ。友達に。



 何、を……。



「お嬢ちゃん。そんな所で何をやってるんだい?」


「え?」


 突然声をかけられる。見上げると、警備員のおじさんが怪訝な顔がオレのことを見てた。


 窓に映る自分を見る。そこには小学校中学年くらいの女の子。淡い紫のパーカーにスカートまで履いて、どこからどう見ても小さい女の子の、オレ。



 し、しまった……! 自分が今どんな状況なのか全く考えずに飛び出して来ちゃった!



「近所の子? ダメだよ勝手に敷地に入ったら」


「ご、ごめんなさい! すぐ帰ります!」


 その場を去ろうとして、急に腕を掴まれる。怖くなって声が上手く出ない。


「ダメダメ。最近イタズラが多いんだ。親は? 連絡もさせて貰うよ」



 マズイ! オレ今身分証も何も無いんだぞ!? もし警察なんか関わって来たら……オレ……。



「あ、う……ちが……」



「何が違うんだい?」



 おじさんの顔が怖くなる。それを見て体中がガタガタと震えた。



 誰か……助けて……。



「すみませーん!」



 聞きなれた声がする。安心する声。振り返ると、シズが息を切らせて走って来た。



「はぁ……はぁ……すみま、せん。ちょっとウチのを連れて来てて」



「こんな朝早くに?」



 警備員の手が緩む。その隙に腕を振り払ってシズの後ろに隠れた。


「ホントすみません。どうしても学校が見たいと言って聞かなかったので……人が少ない早朝に……つい」


「……学生証出して」



 警備員に言われシズが学生証を差し出す。警備員は、学生証の番号をメモするとシズに注意して去って行った。



「はぁ……焦ったよ。国際棟にいつもいたからさ、そっちばかり探してた」



 シズが笑う。その顔を見た瞬間、安心したのと嬉しかったのが溢れ出して、目から熱いものがポロポロ溢れ出す。


「ちょ、泣かないでよ」


「だって……だって、怖かった、から……」


「ごめん。遅くなって」


 シズが恐る恐るオレの頭に手を乗せる。



 それが優しくて、嬉しくて……。



 分かった。



 ホントはずっと隠してたこと。



 

 ううん。諦めていたこと。



 オレは今日初めて、シズのことが好きだったことに気付いた。

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