第3話 男子校、共学になる〈1〉
約束までいくらか時間が空いているので、私服に着替えるつもりで寮へと戻ったおれを待ち受けていたのは、あろうことか星見台学園寮名物の魔女裁判だった。
いつもはてんでバラバラ、勝手気ままにすごしている連中が、面白くなりそうなことを嗅ぎつけた途端にあきれるほどの団結力をみせるのは、どうやら高校も中学も変わりはないらしい。
それが娯楽に飢えた男子校の寮生としては正しい在り方なのだろう。
否定するつもりは毛ほどもない。おれだってこれまでそんな男子寮の軽薄な騒々しさにどっぷりと浸かってきたのだから。
ただし、自分が悪い意味で場の主役に祭り上げられるというのなら話は別だ。
今、おれの目の前では、寮にある食堂のテーブルが先輩たちと一部の同級生たちの手によって粛々と並べ替えられている。
「被告人席には椅子だけでいいからな。机は人数の多い原告側に回せ」
この春から寮長を務める五年生の宮沢先輩が配置について指示を出し、昼食前の食堂は徐々に祭りの前の空気を醸しだす。間もなくおれを断罪するための舞台が即席で出来上がろうとしていた。
ずらりと席が並べられた原告側の反対、弁護側と思しき場所にはたった一人分の席しか用意されていない。むしろ弁護してくれる奴がいるなら御の字だ。
しかしここに至ってもまだおれは自分の罪状がわからないでいる。
この場に「本物の怒り」の気配はなく、あくまで悪ノリの範疇ではあるだろうが、それにしてもさっぱり見当がつかない。
「じゃあ被告人、真ん中へ」
とうとう宮沢先輩から呼びだしがかかり、広い食堂の中央にぽつんと置かれた椅子へおれはよたよたと歩いていく。
周りのみんなが自分だけを注視しているかと思うと体がこそばゆいし、ひどく心許なくもある。
「では原告側と弁護側もそれぞれ席について。もうすぐ昼メシなんだからちゃっちゃと進行するぞー」
端整な外見もさることながら宮沢先輩は抜きんでて優秀だ。この学園の所在地である姫ヶ瀬市唯一の私鉄会社創業家の御子息であり、文武両道を地でいきつつも驕ったところのないこの人には誰もが一目置かざるを得ない。
通える距離に自宅があるにもかかわらず特例中の特例で入寮を認められたという話だったが、本人は涼しい顔で「寄付金の額かもなあ」などとのたまう。
仕切ることに慣れている様子の宮沢先輩の音頭で、ぞろぞろと見知った顔どもが着席していく。悲しいかな、弁護側の席だけは待てど暮らせど空いたままだ。
「おいおい、弁護人はどうした。買って出る人間が誰もいなけりゃルームメイトが務める決まりなのは知っているだろう」
「ジミーのルームメイトはハチです。えーと、剣道部の蜂谷誠十郎」
原告側の先頭に座る藤村由太ことユタが宮沢先輩の問い掛けに代表して答えた。
ちなみにジミーというのがおれのあだ名だが、別に舶来の人なわけではない。
本名は志水陽平、その名字をもじって付けられたのだ。ただし、残念ながら「地味」と掛詞になっている可能性は否定できない。
「ああ、あの蜂谷か。で、どうした」
伝言を預かっていたユタによれば、蜂谷は「そういう格差はこれから学園のあらゆるところで広がっていくだろう」という警句めいた言葉を残してさっさと道場へと向かったのだそうだ。
くそ、あの剣道バカめ。何の助けにもなりゃしねえ。
「いないものは仕方ないか。よし、始めるぞ」
何事もなかったかのように宮沢先輩が裁判長席を模したテーブルから声を張る。弁護人不在なことに対するおれの意向は聞かれもしなかった。
まあ、最初から有罪判決は決まっているので特に問題もないのだが。
こうして魔女裁判が開廷したのを受け、おれは急ぎ足で記憶を呼びだしはじめる。同じ負けるにせよ、情状酌量の余地とやらを獲得するためだ。
少なくとも悪名高い「一人無人島の刑」だけは回避しなければならない。校内であれ寮内であれ、寮生との会話が全面的に禁止されるという恐ろしい罰だ。
寮長直々に言い渡されるこのいじめと紙一重の刑罰は、本来であれば盗難など法に触れる行為が寮内で見つかった場合に執行されるのだが、このどアウェイな空気感の中ではおれがその憂き目に遭わないと言い切れる自信がない。
これから告発のため証言台に立とうとするユタが鋭い視線をおれに向けてきた。これが敵視というやつか。
春休みの初日、つまりつい二週間前まではおれとユタは同じ部屋で暮らしていた。正確にいえば、おれたちが寝起きしていた中学寮は四人部屋だったため、ルームメイトのうちの一人ということになる。
だが高校寮に移って別々の部屋割りになってからも変わらず関係は良好であり、寮に居残っていた春休み中もしょっちゅうつるんでいたくらいだ。今朝だって一緒に朝食をとっていたのだから。
いったい今日、あずかり知らぬうちにおれは何をやらかしていたのか。まずはそれを認識しなければならない。
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