絆シリーズ

『初』過去編

 青年の腰まである白い髪が、サラサラと風に流され、静かな音をたてる。


 頭の後ろを飾る金の葉のカチューシャが太陽の光を浴びてキラキラときらめき、まるで青年を祝福しているかのようだ。美形とも美人ともとれる涼しげな顔立ち。輝く金の瞳は、すべての人が見惚れてしまいそうなほど綺麗だ。

「おーい!」

「ん?」

 丘の向こうから聞こえてきた男性の声に、青年は振り向く。

「もうすぐ成人の儀が始まるぞ!」

「ああ、わかった。ありがとう」

 手を振る男性にお礼を言い、青年は歩き始める。

 ところで、青年が男性に名前を呼ばれなかったように彼らの一族に名前はなく、その代わり魔力によって誰かを見分ける能力を持っている。今まで何となく自分が呼ばれたことがわかるため、名前がなくて困ったことは一度もなかった。

 しかし、一族の中には名前をもらい、大切にしている者もたくさんいる。それは、異世界に行った先で名前をつけてもらっているからだ。

 一族のしきたりに「成人の儀をおこなった後、髪型を変え、異世界に行く」というものがある。この青年も、これから成人の儀を行い、異世界に旅立つことになっている。

 青年は歩きながら、魔法で以前から聞いていた髪型に変えていく。後ろの髪を首の上で小さなお団子にして金の輪でとめ、その下に金の筒状の髪飾りをつける。猫のしっぽのようにも見える白い髪を揺らし、青年は自然豊かな広場へと向かっていった。



 ☆ ☆ ☆



 青年は儀式を終え、ふわりと異世界へ降り立つ。


 そこは赤い紅葉に雪がつもり、まるでいちごミルクのかき氷の森に迷い込んだかのような光景が広がっていた。大地も白に染まり、まだ消えることなく残る紅葉が彩りを添えている。青年は思い出したように、儀式で与えられた赤い宝石と緑の葉がついたイヤリングを無意識に触る。

 青年が今までに見たこともない不思議な光景に戸惑っていると、誰かの声が近づいてくる。

「ゆきーっ! おねえちゃん、はやくはやくーっ!」

「待って! 晴香はるか! 走ると危ないから!」

「えぇーっ! だって! なんかワクワクするよねっ!」

「本当に。11月から降るなんて、珍しくてワクワクはするけど」

「うんうんっ! あっ! ゆきだるま作ろうよ!」

「ええっ?」

「こっちに行こう!」

「あ、待って!」

 後ろを見たまま走って青年の前に現れた少女は、クマの耳ような飾りのついたピンクのコートを着て楽しげに笑っていた。続いて現れた少女は少しだけ大人びており、青のトレンチコートと白いマフラーをなびかせ、走ってきたところで真正面にいた青年と目が合う。

 一瞬、見つめ合う二人。

「あの……、どちら様ですか?」

「ああ……」

 青年は少女を観察するようにじっと見つめ、彼女のほうは彼の端正な顔立ちに見惚れ、全く動くことができない。

 一方、ピンクのコートを着た少女はといえば僅かな時間キョトンとしたものの、今までに見たことがなかったタイプの青年に駆け寄り、穴があきそうなくらいジロジロ見て、彼の服を勝手に触り、好き放題し始めていた。トレンチコートを着た少女はそれを見て我に返り、慌てて青年に駆け寄る。

「こらっ! 晴香っ! やめなさいっ!」

「えぇ〜っ?」

 トレンチコートの少女は不満を言う「晴香」という少女を抱え、青年から引き離し、慌てて頭を下げる。

「妹が、すみません!」

「……別に、気にしていない」

「でも……」

「珍しくて触りたいと思うのも無理はない。子どもとは、そういうものだ」

 青年の不思議な雰囲気に飲まれつつ、トレンチコートの少女は再び彼を見つめる。


 ──綺麗。雪から生まれたみたい……。


「私は、此上このかみ 日和ひよりです。この子は、私の妹の晴香はるかです」

「俺には、名前がない。生まれつき」

「名前がない?」

「今まで必要なかったからな」

「何それっ!」

「さっき言ったままの意味だ」

「えぇ〜っ?」

 青年と話をして楽しそうにはしゃぐ晴香が視界の端に映るが、日和は冷静に言葉を返す彼を見つめたまま、服の上からドキドキする胸を押さえる。

 それが、いつも大人しいはずの日和ひよりの──衝撃的な初恋だった。



 ☆ ☆ ☆



 あれから二人は両親に青年のことを説明し、今では一緒に暮らしていた。

 二人の父、小説家の「此上このかみ 秋晴あきはる」は珍しく締め切りに追われず、子どもたちの雪うさぎ作りに参加していた。

「楕円に丸めた雪に葉を添えて……。ほら、できた!」

「雪うさぎ好きーっ!」

 雪うさぎにはしゃぐ晴香の横で、秋春の手元をじっと見ている青年に、日和が声をかける。

「貴方は雪うさぎみたいだね?」

「そうか……?」

「うん……!」

 手を口にあててくすくす笑っていると、日和はあることに気づく。

「そういえば貴方も、もうそろそろ名前がないと不便だよね?」

「名前?」

「雪うさぎ!」

 元気いっぱいに片手を上げて晴香が答え、横にいた秋晴が苦笑する。

「晴香。そのまま過ぎるから……」

「えぇ〜っ? 雪うさぎ〜〜〜っ!」

 妹が不満を口にしてむくれるが、さすがに「雪うさぎ」という名前にするわけにはいかない。そんな中で、日和は青年と出会ったときのことを思い出す。

「──私、貴方に初めて会った時に『雪から生まれたみたい』って思ったの」

「……ああ」

 いい雰囲気をかもしている二人の横で、秋晴は口に出しつつ青年の名前を真剣に考えていた。

「雪から生まれた……雪……生まれる……ゆき? ……雪生ゆきお?」

 父親の言葉を受けて、日和は呟く。

「ゆきお?」

 一方、晴香はつまらなくなったのか、真剣に考えている父と姉から離れ、また雪を丸めて雪うさぎを作っていた。

「雪うさぎ……楕円に丸めた雪に葉を添える……」

 秋晴は静かな青年の耳についている葉っぱのイヤリングを見つめる。

「葉……添える……そえ……そえ……

 秋晴は、じっと青年の顔を見る。

添葉そえは?」

「ん?」

添葉そえは……雪生ゆきお

「そえは?」

添葉そえは 雪生ゆきお!」

 秋晴は驚く青年たちを気にすることなく、まるで難問を解いたかのような晴れ晴れとした笑顔で、そう言った。



 ☆ ☆ ☆



 あれから千年が経った。

 再び別の異世界にやってきた青年は、驚く銀髪の女勇者と緑髪の斧使いの前に降り立つ。イヤリングの赤い宝石の先につけられた南天の葉の飾りが微かに揺れた。突然のことで驚きに見開かれていた女勇者の目が途端に好奇心を帯びた色に変わる。

「私は、ユーナ! ──貴方は?」

「俺は──」

 青年は答えようと口を開くと、一瞬、好奇心旺盛だった少女のことを思い出す。──懐かしい記憶だ。


添葉そえは 雪生ゆきおだ」


 それからしばらくし、あの頃の日和ひよりと同じような存在に出会うことを──添葉はまだ知らない。

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