『初』もう一つの世界編
「アサナ! 気をつけて!」
「ええ! ありがとう!」
「アサナ」と呼ばれた女性は腰まである銀の髪を揺らし、そう答えた。お嬢様と言われても過言ではない容姿のアサナは、エレガントな編み込みハーフアップの後ろに、白い花と青いリボンのついた髪飾りをしている。両手には魔力のこもったシルバーチェーンに青い宝石のついたブレスレットをつけており、魔法使いの彼女にとって、とても大切な武器だ。
現在、アサナたちのパーティーは黒い犬のような敵に囲まれ、数人ずつに分かれて敵を倒している。アサナは空気中に出現させた水の弾を猛スピードで敵にあてていく。次々と倒されていく敵を見ながら、彼女は昔のことを思い出していた。
☆ ☆ ☆
アサナには昔、妹がいた。
小さい頃から二人はよく一緒に遊んでいた。妹は金と赤の花がついた髪飾りが大好きで、綺麗な銀髪の両側につけていた。アサナも妹と同じように大好きだった白い花の髪飾りをつけ、二人でよく笑い合っていた。
ある日、いつものように幼い二人が遊んでいると、異世界から突然敵が現れ、襲われてしまう。妹を助けるためにアサナは囮になるが、不運にも敵に捕まり、異世界へと連れ去られた。しかし、彼女は強力な水魔法を放ち、敵の腕から逃れ、繫がっていた異世界の地面に放り出された。その衝撃で彼女は記憶喪失になり、今の育ての親に拾われ助けられた。その両親の話によると、彼女は発見されたときにも、お気に入りの髪飾りをつけていたらしい。
それからも、記憶をなくしたアサナは今の両親に育てられ、とても良くしてもらっていた。親に決められた婚約者もできて幸せな日々を送るはずだった。しかし、2年前にアサナは再び敵に襲われ、記憶を取り戻してしまった。
アサナは前にいた世界のことがどうしても気になり、情報を集めるため、勇者「しずり」がいるパーティーに入った。パーティーメンバーとはすぐに仲良くなり、順風満帆かと思いきや、戦闘に参加している彼女のことを両親と婚約者は全く快く思っていなかった。
アサナは「私のわがままだけれど、行かせてほしいの」と、毎日必死に頭を下げ、両親と婚約者にお願いした。快い返事はもらえなかったが、何とか両親と婚約者の許可を得て、今日も敵と戦う日々を送っている。家に居場所がなくなり、婚約者との関係も冷え切っていることを感じつつも、真実を知るために戦うことをやめられなかった。
──行かなくてはいけない。
そう感じていた。
☆ ☆ ☆
アサナは頭の後ろにつけた髪飾りにそっと触れる。敵と戦うと決めたとき、彼女は再び白い花の髪飾りを髪につけた。
──ユーナ。
金と赤の花。そして、無邪気に笑う妹のユーナ。
妹のことを思い出し、彼女を想うアサナの近くで、勇者の少年「しずり」と先ほど声をかけてくれた仲間の少女「サクハ」が戦っている。サクハは刀を振りつつ、魔法で草を急成長させ、敵の足を縛りつける。しずりが氷魔法を放ち、草を凍らせ、サクハに敵を任せる。
「サクハ! あとは任せる!」
「ありがとう! しずり!」
刀を構え直すサクハを見届け、しずりは別の敵に向かっていく。しずりが剣から吹雪を起こし、敵全体に攻撃する。なぜかぼんやりとして動けなくなった敵が、光魔法をまとった剣でしずりに素早く切りつけられ、一瞬で消滅していく。──しずりの「雪の果て」だ。
忘却魔法と氷魔法で攻撃し、最後に光魔法をまとわせた剣で敵を切る。敵の中では忘却の雪が静かに降り積もり、冷たく寒々とした雪景色が日の光により溶けていく光景が見えるという。「『雪の果て』を受けた者は必ず亡くなる」と、言われるほど強力な技だ。
いつの間にか、しずりにより敵のほとんどが消滅し、残りの敵はサクハの刀ですべて切られていた。
「終わったね」
「ああ、ようやくな」
「私は、たかねちゃんたちの方を見てくるね!」
「ああ。俺は、
しずりとサクハは頷き合い、走っていく。その光景を見たアサナは戦闘が終わったことを実感し、ホッとため息をつく。
しかし、突然、嫌な空気を感じたアサナは後ろを振り返る。そこには──敵がいた。慌てて下がるが、もう、彼女の魔法は間に合わない。
──襲われる!
しかし、その瞬間、敵の後ろから
「大丈夫か?」
「……え?」
ぼんやりしていたアサナが目の前をよく見ると、綺麗な容姿のせいで冷たい顔にも見える白髪の美青年が心配そうに瞳を揺らして立っていた。その瞳を直視した彼女はなぜか恥ずかしくなり、視線をわずかにそらすと、彼の耳にある赤い宝石の先に緑の葉の飾りが見える。さらに、その先には小さなお団子と、白猫の尻尾のような長い髪があり、彼女には彼が少し可愛らしく映る。
「あの……助けていただいて、ありがとうございました!」
「いや、大したことはしていない」
本当に大したことない風に話す青年に、アサナは目を見開き、声を荒らげ反論する。
「いえ! 貴方はさっき私の命を助けてくださいました! それはとてもすごいことです! 大したことないなんて、言わないでください!」
「……ああ」
唖然して口を閉ざした青年に、アサナは「酷いことを言ったかもしれない」と、心配になり、今度は彼女のほうが彼の顔を覗き込む。彼は何かを考えているようだったが、彼女と視線が合い、少しだけ視線をそらす。
──やっぱり、嫌われた……?
アサナは青年の行動が何かわからず、心配になるが、彼が視線をそらしたのはほんの一瞬のことで、すぐに少しだけ心配そうな瞳をして手が差しのべられる。その手を少しだけ躊躇した後、しっかりとつかむ。
「ありがとうございます」
青年の力でアサナは立ち上がる。
「とにかく……ケガがなくて良かった」
「はい! ありがとうございました!」
アサナの笑顔で青年の口元が緩む。いい雰囲気の二人だったが、急に彼の後ろから声がかけられる。
「添葉! 大丈夫っ?」
「ああ、俺は大丈夫だ」
「
妹が金と赤の花をつけ、明るく笑う姿──。
「おい! おいっ!」
「……はい」
「大丈夫か?」
「え……? ……えっ!?」
添葉の端正な顔を息がかかりそうなくらい近くで見せられた途端、アサナは現実に引き戻された。
「大丈夫、です……」
「……良かった」
アサナが小声になりながらも返事をすると、添葉はホッとした表情を見せた。
「大丈夫ですか?」
「貴女は……」
キラキラと輝く銀の髪を後ろで結び、サイドを編み込み、カチューシャのようにしてはいるが、金と赤の花をつけている姿は、やはりどう見ても生き別れの妹──「ユーナ」だった。
「ユーナ?」
「えっ?」
驚く少女に、アサナは続ける。
「ユーナ! 私よ! アサナ!」
「……え?」
「貴女の姉のアサナよ!」
少女は驚きにさらに目を見開く。
「アサナ……お姉ちゃん?」
「うん! 姉のアサナよ!」
「うそ……」
「本当よ!」
「おねえ、ちゃん?」
「うん!」
「お姉ちゃん!」
「うん! ユーナ!」
抱きつくユーナをアサナはしっかりと抱きとめる。ぎゅーっと抱きしめられ、少し苦しくても頭をなで続ける。優しく妹をなでている彼女を見て、添葉も昔に会った姉妹のことを思い出す。
しばらくすると、落ち着いたユーナは涙を袖で拭い、改めてアサナをじっと見つめ、真剣な顔で口を開く。
「アサナお姉ちゃんに聞きたいことがあるの」
「うん、何かしら?」
「敵の居場所を知らない? 私たち、あいつらを倒しに来たの」
ユーナから聞いた言葉は、これからの熾烈な戦いを想像させるのに、充分すぎるものだった──。
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