『竜族の魔法使い』『眼鏡と料理』3人称

 ある休日、婚約者の2人は同じ部屋で過ごしていた。

「ねえ、イレアル? その眼鏡どうしたの? 珍しいね?」

「ああ、これですか?」

 イレアルはカウンターから見ている婚約者へ振り向き、耳にかかる水色の髪をかき上げ、眼鏡を右手で触る。それと同時に、彼の太ももまであるローポニーテールが揺れる。

「実は、この前、学校で使う本を探していたら、ギルバート家に伝わるレシピ本が出てきたんですよ。だから、『普段は作らない物を作ってみよう』と思ったのですが、私には字が小さかったので、眼鏡をかけることにしたんです」

「そっか、大変だよね……」

「ネシエ、そんなに気にしていませんから、気にしないでください」

「……うん」

 ネシエは、まだ何か言いたそうに口を開くけれど、結局、何も言えずに口を閉じる。彼女の綺麗な銀髪がさらりと流れ、花の髪飾りにつくオレンジドロップが微かに揺れた。

 その間にも、野菜を炒めているフライパンの端に入れた挽肉がジュージューと音を立てる。

「イレアル」

「はい」

「イレアルが料理を作るときに、眼鏡をかけるのは、すごく珍しいかも?」

「そうですか?」

「うん」

 珍しく眼鏡姿のイレアルは赤ワインを投入し、火がつくのも気にせずにアルコールを飛ばし、用意しておいた調味料を加え、食材をさらに炒めていく。

 ネシエは、いつもなら見られない婚約者の姿に、いつの間にか、ふわりと微笑んでいた。そして、彼女の口が自然と動き、透きとおるように綺麗な音をつむぎはじめる。それが次第に心に響くメロディとなり、あたたかい歌となる。

 イレアルはネシエの歌を聴き、頬を緩ませながら、目を閉じる。彼女は歌いながら、彼の笑う姿を見つめる。

 イレアルは、ふっと目を開いて、先に塩、次に胡椒のグラスボトルを手に取り、サッと味付けしていく。

 心地いい歌に合わせて料理を作るイレアルと、嬉しそうに歌うネシエは、とても幸せそうで、2人は「この日常が続いてほしい」と、そう思った。

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