『勇者ファーガスと魔法使いニコラス』『月見』3人称

 中秋の名月。

 その日の夕方、ニコラスはシュトーリヒの城にやってきていた。いつもは国の危機に駆けつける彼だが、今日は違う用事があり、城内にある厨房に姿を現した。

 サラサラのブロンドヘアに、澄んだ青の瞳。真紅の燕尾服を着ているニコラスを城内で知らない者はなく、慌てて姿勢を正す。

「こんばんは」

「ニ、ニコラス様! こ、こんばんは!」

「……!? も、申し訳ございません! コイツが失礼な態度を」

 コックの挨拶があまりにもフレンドリー過ぎ、シェフが慌てて前に出て謝った。ニコラスは一瞬驚いた後、2人に優しく話しかける。

「ああ、気にしなくていいよ。それより……」

 ニコラスは、まっすぐな瞳でシェフを見つめる。


「厨房を借りてもいいかな?」



 ☆ ☆ ☆



 それから1時間後、リディアは騎士団の会議に参加していた。

 長かった会議がようやく終わり、みんなは会議室から出ていく。リディアは資料の整理を終え、忘れ物がないかを確認し、部屋から出ていく。

「リディア」

「ニコラス様! お久しぶりです!」

 頭を下げるリディアに、寂しそうな顔でニコラスは口を開く。

「久し振りだね、リディア。1週間ぶりかな?」

「はい!」

「あと、付き合っているんだから──『ニコラス』って、呼んでほしいな」

「あの──『ニコラス様』では、ダメですか? 少し、恥ずかしくて」

 リディアは頬を赤くしながら、そう言った。ニコラスは驚いた後、くすっと笑う。

「リディアが呼びたいと思う時でいいよ。──待ってるから」

「──はい!」

 リディアは、あたたかいものに包まれたような気持ちになり、ふわりと微笑んだ。ニコラスは彼女の笑顔を愛しいと思う。そんな雰囲気の中、彼女は彼から甘くていい匂いがすることに気づく。

「ニコラス様から、優しくて──甘い匂いがしますね?」

「ああ! さっき厨房を借りていたんだ」

「これは、何の匂いでしょうか?」

 ニコラスを見て、不思議そうに考えているリディアに、彼はふっと微笑む。

「後で分かるから──、それまでは秘密かな?」

「秘密、ですか?」

「すぐに分かるよ」

 甘い匂いが気になり、思いを巡らせていたリディアは、自分に優しく笑いかけるニコラスを見て、顔を綻ばせる。

「──はい!」

「月が綺麗だから、『リディアと月を見よう』と思って、待っていたんだ。──一緒に行こう?」

「──はいっ!」

 ニコラスは手を差し出し、リディアがそっと手を取る。彼に優しく手を引かれ、彼女は笑顔のまま彼についていく。

 城の外に出ると、ニコラスは何もない空間から魔法の杖を取り出す。

「乗って、リディア」

「はい!」

 2人は横に並んで杖に乗り、空を飛んでいく。

 月も星も暗闇に負けないくらい光り輝き、街の明かりもキャンドルのように、あたたかな光が灯る。自然を残しているシュトーリヒ。そして遠くにはレーツェレストの広大な森も見える。

 先ほどまで居たはずの城が、はるか遠くに見える。

 城下が見渡せる丘の上についた2人は、近くにあったベンチを見つける。ニコラスがサッとハンカチを取り出し、リディアの席にそっと敷く。

「リディア」

「ありがとうございます」

 リディアが座ったのを確認し、ニコラスは自分の場所にもハンカチを敷いて座る。

 ニコラスは、おしぼりとラップとハンカチで包んできた料理をリディアに渡す。

「はい、リディア」

「ありがとうございます」

 リディアは笑顔で受け取り、ニコラスにお礼を言った。早速、包みを開けていく。

「このお菓子は、さつまいもを裏ごししたものに砂糖を混ぜて、丸めて揚げたものなんだ。簡単だけど、さつまいもと砂糖のほんのりとした甘みがあって、外は香ばしくて、中はもちもちして、おいしいお菓子なんだよ。丸いから月見にピッタリだろうと思って、厨房を借りて作らせてもらったんだ。どうかな?」

 ニコラスに言われて、リディアは一口食べる。

「すごくおいしいです!」

「良かった。そう手間がかからないお菓子だけれど」

「いいえ! さつまいもを裏ごしするのは、力がいる、とても大変な作業ですから。本当にありがとうございます」

「こちらこそ、ありがとう、リディア」

 ニコラスは、少しホッとしたように笑う。

「みんなにも同じものを作ってきたんだ。──喜んでくれているかな?」

「きっと、喜んでいると思います」

 包み込むような優しい笑顔をニコラスに向ける。

「きっと──幸せな気持ちになっていると思います」

「──ありがとう、リディア」

 2人は見つめ合い、幸せな気持ちになる。

「また来ようか?」

「はい、また一緒に来ましょう」

 くすくすと声を出して、微笑み合う。

 そして、しばらくの間、2人は綺麗な月が輝く夜空を見上げていた。






 ※作中に出てくるお菓子は、台湾の「デーグゥアーチョウ」です。月見団子の代わりにさせていただきました。


 参考サイト様 (敬称略)

 多くの日本人を虜にする夜市スイーツ「地瓜球(ディーグゥアーチョウ)」とは? | 台湾甜商店 -taiwan ten cafe-

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