背中

食連星

第1話

逆らえなかったんだ.

その結果として

行き着く先に生きついた.

その判断は,

その考えは,

いったい誰のものだったのだろう.


「飯」

「御飯?」

さっき食べなかった?

ボケてんの?

とか突っ込めなかった.

変わりに

「もしさ,

お金いっぱい貰ったら,何食べたい?」

訊いた.

目が見られなくて,顎の辺りのほくろを見つめてた.

少し動いて,揺れていく.

「今いる?

それやって空しくなんない…

かぁ.

あぁそうだなぁ.

山盛りの肉を焼いて,

食べらんねぇって炭になるのを見ない.」

「あはは.

それ食べてないんじゃん.

しかも最後見られて無いんだし.」

「それくらいっ

腹いっぱいで気にならないまでに

どうでもいいっていう」

「状況には憧れるねぇ.

でも焼きたいんよねー.

鉄板いっぱいに肉並んでる様子って,

やっぱいいよなー.圧巻.

俺はさぁ」

別に何食べられてるかは.

「何ー?」

肩でゆっくり揺すられて,

重みが嫌じゃなくて,

されるがままに揺れる.

同じ動きで,同じ揺れで.

一緒に.

ぐっと見上げると,

優しい顔が笑った.

「早く言えって.

女とか言うの?」

やばっ.一緒に笑って.

「えー?寿司食いたい.」

「シャリは残して?」

「何で,そんな似非金持ち食いなの?」

「言うだけタダ」

「確かに.

腹が鳴るだけだから,もうやめやめ」

「そっちが言い出したんだろ」

「わっりぃごっめーん」

お腹ツンツンしてこねーで!

「寝れないけど寝る」

「うん.

ほんと悪かった時間無いね.」

「起こさないように出るから.

戸締り火元しっかりな.」

「持ってくもの無い.

ついでにガス止まって無かったっけ」

「一応,ここ亡くなったら弁償と

路上逝きになりますが?」

「はい理解ー.」

小さい部屋に大きい人と,まぁまぁ大きい人は,

小さく壁寄りに座って,どうでもいい話をした後,

定員オーバーな布団に入って夜を乗り越える.

俺実は出てった後は眠られない.

何かある訳でなくて精神的に.

カンカン小さく鳴る足音が最後の最後まで聴いて,

壁を見てたけどドアの方に向き直って,

閉じたり開けたりしながら,

時間とともに変わってくすりガラスの色で今日の天気を把握する.

別に天気がどうだって構わないんだけど,

あの人が濡れないといいなとか焼け過ぎないといいなとか.

それ位は気に掛ける.


「あ電話置いていってる」

誰に聞かせる訳でないのに声に出して自分の声を聞いた.

俺の起床時間じゃん.

かかってくる訳でも無くて,時間を気が付かせるためだけのタイマー.

持って行けよって声が聞こえた気がする.

「いや持って行かないし.」

呟いて,

「いってきます.」

電話に声かけたのか,あの人に届けてと願ったのか.


あぁそうだった.

台所の右上.扉を開けて.

触る.

まだある.

これは,持って行かれそうなものだった.

手を付けなくていいって言われてる.

お肉いっぱい買おうか.

これが無くなったら,ここをもう去ると思う.

出てないだろう元栓,

横横.

鍵鍵,

土間に落ち込んでるのを拾う.

受けは壊れてスライダーになってた.

古いのは古いなりにいいこともあるって言ってたな.

家賃安くて,壊しても汚しても隠れるって.

開けて見付けて閉めてをしなくていいから,

これはこれで良さなのかもしれない.

いつも通り.

鍵持って,鍵かけて出てく.

ルーティン.


「店長さん,おはようございます.」

ぴーふぉんって通ったら鳴る音には

ひとしきり笑い倒して,もう慣れた.

音で,もう既に気が付かれてて,

「早いね,いつも通り」

と諦めた感じで笑った.

「2つだけ」

と続けた.

「ラッキー!

2つとも?」

指を自分に指して,

いいよーって追いかけられながら裏へ.

通路で,店長の奥さんが新たに並べるお弁当を作ってた.

「おはようございます.」

あんまり口を開けずに遠くから挨拶.

挨拶は大事とマが言っていたし,

隣で見てた.人だからって.

分かるような分るような.

気が付いた奥さんが,進行方向を指さして,掬い手をマスクの元へ運ぶ.

一緒に掬い手を口元に運んで,お弁当の方向を指さすと目が笑った.

ペコッと一礼して,すれ違う.

衛生的に衛生的に.

多分誰もいない.

だけど,ノックして入る.

電気を付けたら,お宝が机の上に並んでた.

行儀よく,いい子にして待ってた.俺を.

手をすりすりして,椅子に掛ける.

持った感触が馴染み深くて懐かしくて

これ並べてたなとか思いながら.

ふとマの顔が浮かんで,

少し首を傾けて,急いでお弁当を見る.

唐揚げとハンバーグ.

より肉っぽいのは,どっちか.

ハンバーグを割ると見た目が悪いので,

唐揚げを選ぶ.

1つはビッと開けて,唐揚げを2つ端だけ開けたハンバーグ弁当へ押し込む.

「ハンバから弁当じゃん.」

満足げにニヤついて,冷凍庫へ.

あっそう.蓋に大きく名前を書いた.

これ,俺がお持ち帰り.

「いただきます.」

手を合わせて頬張る.

うんめー.

酢の物あんま食べた事ないんだけど,

美味しいんだなって,ここで気が付いた.

大手に負けない何かがあればやっていけるもんだって,

口癖のように団長が言ってた.

何かは多分それぞれで違う.

その何かが受け入れられたら存続する.

世の中ってそんなもんなんだろう.

こういう小さな個人店は,この美味しさで何とか繋がってる.

あとなんかあったかい.

お客さんだったり将来だったり俺だったり.

あっという間に空.

センダッテイリヨウナものをってもので,

要はいるもん買ったらいいじゃんってお金で揃えた服に,

ここのエプロンと帽子着用.

しまった.

歯みがきしてからエプロン着けたら良かった.

歯みがき粉飛ばさないように,そろそろ.

ゴミ分別して,(俺が後で集めるんだけど),電気消して来たように戻る.

朝から調子がいい.

遠くから,

「ごちそうさました.うんまかったです.

手伝えることありますか?」

って声掛けて,ひらひらっと動く手を見た後,

レジへ.

もう早かったなって声はかけられなくなった.

食べることは戦いだ.うん.

「もう代われるのか」

「はい.」

「じゃあ後よろしく」

って言葉を受け止めて店長後退の交代.


店長は,奥さんと一緒に弁当を作成して備える.

出勤前のお客さんたちのお昼.か朝かは知らないけど.

聞かないし尋ねないし.

多分,今日はお天気だから少し多め.

何個か売れ残ったら万々歳.

俺らに下りてくる.

あんまり残ると駄目だから.

ここ潰れたら働き口も無くなる.

良い人たちだから.

良い人たちの後に,あんまり良いとは言えない出会いだった.

ファーストコンタクトは.


日付かわる前.

あの日も,こうしてレジ前立ってた.

すると,

作業着で,ふらっと現れたんだ.

ぴーふぉんの音に笑えなかった.

緊張で.

本日より,店長おらず,一人で接客対応開始だったから.

「いつもの人いないの」

そう言った.

いつもなら,店長が店に立ってるはずだった.

ただ,店長も,のっぴきならない事情がある.

まだ慣れてない自分を,ネームプレートの初心者マークが

紹介してるから…

大丈夫…

なんも大丈夫なことあるか.

へらっと愛想笑いをしたら,

「今笑うとこ?」

そう戻って来た.

見たら分かるじゃないか.個人情報を披露できるかよ.

「いらっしゃいませ.」

そう応えると,

「今日はエイト.

時間無いんだよね」

・・・

固まって視線だけ上にあげる.

「銘柄の方がいい?」

銘柄…数字…煙草か.

「8の」

「1箱でよろしいですか.」

「1つ」

ケースから出そうとすると,バラが出払ってて,

大きな風に封されてた.

どこから開けるんだ.ばらけるんだ.

「そんな大量な1つはいらない」

分かってるよっ待て待て待て.

「急げる?出ちゃうから.」

何が?何出すの?

ん?違う店行くってことか.

それは困る.

俺が客1人減らすってことじゃん.

「おっぉぉお待ちくださいぃ」

変な声出てて,カートンと焦りながら交互に見てて.

笑われてた.

「でもあんまり待てないよ」

確かにそうだ.

「行く前に吸って行けると,その日の動きが違う気がするんだ.」

「おっおまちどうさまでしたっ」

慌てて打ち込むと,ばらばらっと小銭をトレーに出して,

「ありがと」

と言いながら掴んで流れるように動いてた.

金きっかり,慌てても慌てない.

でも慌てるっ.

「おきゃくさん!レシート!」

「だいじょぶ」

振り返って出てった.


ドア見ながら天気良さそうだし,まぁ客来そうだし,

今日も締めが合いますようにと願うよなー.

うわっ!肩叩かれて驚く.

奥さんだった.

上がるのか.

「気を付けて.」

声掛けると,後から

「じゃあ頼むよー」

と聞こえた.

「任せてください.」

言いながら,ぴーふぉんの音聞いて店長と奥さんが出てった.

奥さんは念願の赤ちゃんを腹ん中で亡くして声を失った.らしい.

俺は奥さんの声を聞いた事が無いし,悲惨な惨状は店長からの伝聞だ.

店長も沈痛な面持ちで話して来られるし,何俺今死んだんだっけって

いうような空気が辛かった.

さぁ,でもこうしちゃいられない.

御弁当コーナー確認.

美味しそうだなって見るだけじゃない.

配置とか値段とか確認する.

でも美味しそうだなって見たりもする.

見るだけ.売るだけ.

ぴーふぉん鳴ってレジに舞い戻る.


あれから忙しかったし,お昼も忙しかったし.

お待ちください,お待たせしてすみませんを

何回言ったんだっけ.

言いたくないけど,言わないとな状況が何度かあった.

イートインスペースのテーブル除菌して,

ゴミを集めて.

ぴーふぉんが鳴ってた.

「いらっしゃいませ!すぐ参ります!」

声上げて.

小走ったら眼が合った.

「鍵」

「俺,鍵じゃねぇ」

ふふん.

無言で手を出してくる.

「奥から取ってくる.店見てて」

「店番じゃねぇ」

「ひどっ.そしたらっ」

指を地面に力強く指しながら

「ここでっ

俺がっ

終わるまでっ

待つん」

だなって言い終わる前に,

「分かったから,早く行ってこい」

と笑った.

「帽子とエプロン貸そうか」

「早く行け」

片足が上がって,ひょいひょいっと.

足癖わりぃの.

裏行って,鍵取り出して,さっぶいお弁当引っ張り出して.

ふふ.あははっ.

誰も来てないこと知った上で,

「誰か来た?」

とか言っちゃうと,

「いや誰も来てない.」

と真面目な顔してた.

あははっ.

「これ鍵.」

「うん.」

「これお弁当」

「おぉっいいな.」

「うん.耐熱だけど,一回冷たくしてるから,一応お皿移してな.

何度も言うけど.」

「ん?おおぉ.」

多分,これはしねーな.また.

眼が合う.合い続ける.

早く,いつもの儀式してよ.

「まっすぐ帰って来いよ?」

「うん.

食べて寝る時は鍵かけてな.

チャイムの調子良ければ鳴るから.

危ないから鍵かけててよ.

鳴らなかったら,扉蹴倒すから.」

目を見開いたのが見えたんで,

「冗談だって.

俺の大事なもの危なくしたくない.」

そう言う.

「分かったよ.」

そう言って家路に戻る姿を,ぴーふぉんと共に見送る.

だいじょぶと言ったあの位置で,何も言わずに振り返るのも

全部いつも通り.

大事なもの.

あの人は何と思ってるんだろう.


まばらに行き交う人を眺めては,

あ,俺ゴミの処理終わらせないと.

イートイン.

別に行く当てなんてなくて,

たまたま入ったお店.

なんかロゴが珍しかった.Mって大きく出てて.

後で聞いてみたら,それっぽくしたかったんだって店長が.

お弁当屋始めたら,あれないの?って人の為に品数増やしてったら

コンビニっぽくなったって.

入ったら,ぴーふぉんだし.

なんだここって.

面白いなって.

今時アナログな決済方法しか無いし.

並んだ弁当美味しそうだし.

焼き鳥弁当が美味しそうに見えて.

見えて.

システム分からなくて,周りの人と同じ様に動いた.

先だって入用なもの揃えるように貰ったお金出して.

イートインで食ってたら,張り紙が目に入ったんだ.

外にも貼ってあったと思う.

話すのは大丈夫だけど読み書きは難しい.

連絡先も出してたから,落とし物か求人.だいたい.

多分どこの国もそんな感じだろうと.

昼時,滅茶苦茶忙しそうで.

のんびりもぐもぐしながら機を待った.

今だの時は,空になった弁当と疎らにも見えなくなった頃.

レジに立ってた人に話しかけた.

「すみません,あの張り紙」

入り口近くにも貼ってあって,見ながら食べた紙と同じことは

分かるけど肝心なことが分からない.

指差したら,

「働ける?」

と言われた.

ジャスト!

「勿論です!」

「履歴書出せる?」

リレキショ?

りれきしょ…

「今までサーカス団にいて.

それなりに動けます.」

「あぁ…」

顔が曇ったような気がした.

その間に旅館で,

と思ったけど,ころころ仕事を変えるのは日本人にとって

心証がまだ良くないのかとも思って言わなかった.

「働けるのなら何だってします.」

もう俺が言えるのは,ここまでだった.

見ていた,その人は

「君,目の色が違うね.」

と言ってきた.父譲りだ.

「母が日本人です.父は…外国人です.」

今時珍しくない.

と思っている.ただ…

色は珍しいと聞いた.

「苦労しなかった?」

それどういうこと?分からないって態度が向こうの言葉を引き出した.

「違いに困らなかった?」

あーどうだろう.

皆個性を持ってる中で生きてくのは,そこでの張り合いみたいなことが

あるけど,違いを認識する対象が周りにいなかった.

どうする.

同情を買えば大きな力となる.

俺の追い風となる.

「あぁ…えぇ…まぁ…」

曖昧で.

「僕もさ.」

ゆっくり出す左手に違和感があった.

あり得る指の数が足りなかった.

「苦労したんだよね.」

何も言えず,ただ息苦しくなった.

俺は働き口を探したい.

なぜこんな重たい話を聞いているんだ.

「23時頃,また来れるかい?」

そう言われた.

「来られない際は連絡してよ.連絡先聞いておいても?」

「あ…自分,連絡取れるもの持って無くて.」

「家の電話でもいい.」

「それも無くて.」

「え?そうなの?

まぁいいか.

すぐ働ける?今やってる仕事無いんだよね?

サーカス?だっけ?辞めてる?」

ちょっと半信半疑のように話してくる感じに,

まぁそーだよなーとか思いながら.

外で暇つぶして,公園の時計に合わせて,再来店.

ぴーふぉん鳴らす.

エプロンと帽子借りて,朝までの動きを一緒にした.

明け方,奥さんが来て,弁当作りに来る.

会釈だけするけど,何も話さないただ無口な人だと思ってた.

それか,俺にあまり良いイメージが無いのかなとかね.

2回やって俺は1人野に放たれたんだ.

誰もいなくて,やることもない時は,あんまないんだけど.

店長のお父さんが陽が落ちると行動がおかしくなるという話をしてきた.

お母さんの手に負えなくなると.

診断は急に出来ないから(御昼間は普通らしい,

夜間を見るにも順序が必要とのことで)診断待ちしてるって.

奥さんは,どうにもこうにもあんな感じで

(その際に,また深刻な話を聞く羽目になった.)

負担をかける訳にはいかないからって.

「すみません,俺そういう話聞いても出来ることが…

店長のお父さんの世話に行きますってのも変だし.」

うろたえて話すと,

「いや,何で急募なんだよとか思わなかった?」

と言われた.

「キュウボ…はぁ」

とか変な切り返しすると,

「という訳なんだよ.」

と丸め込まれた.多分,もっと慣れたら,それはどういう意味ですかって

訊けるんだと思ったんだ.


店長が来たら,勤務交代.

こんなシフトで欠出たらどうすんですかって訊いたこともあ るけど,

人的なものが無けりゃ閉めればいいさと気楽なもんだった.

客離れが深刻化したら怖いけど,そういうケセラセラ的な気持ちも

ある意味必要かもしれない.

公園までダッシュしてブランコに乗る.

時間も気にせず,ずっと乗り続けるには,

あんまり適さない乗り物だと,この場所で分かった.

何だか眠気が襲ってきて,こくんこくんしながら,

ゆらゆらする.

ちょっと一眠りして帰ろうかな.

と思って,やってたとこだった.

「なぁ.」

って聞こえた気がした.

気がしたけど,

続行してたら,

「おいっ」

に変わった.

ぽやんと目を開けると,

そこに,

いた.

「寝れたー?」

笑いながら言うと,

「寝れねーよ」

と戻ってくる.

「何でー?

俺寝かしておきたかったから,ここで1人ブランコ乗ってんのに」

「帰るぞ」

と言われた.

「うん,ゆっくり寝て来なよ」

「一緒に!」

きょとッとして見せた.

ふふ.あはは.

「立ちこぎする」

「帰るっつってんのに」

上見ながらイラっとする様子も楽しかった.

「そしてっ飛ぶっ」

「危ねっ

こっち向かって飛ぶな」

「御迎え来たから大ジャンプで帰る.」

「意味わかんねー.

あーカエルー?」

「そんな深くねー.」

「あー.」

馬鹿みたいな話しながら帰る.

3日に1回くらいの頻度で,日付が変わる前にお店に来て,

煙草を小銭で買って行く人だった.

銘柄を覚えた頃には,また別の銘柄を買って行った.

ある時,何気に訊いたら,

「もう分かったから.」

とだけ答えた.もう分かったからかぁ.

気に入ったものに出会うとかじゃないんだなと思った.


早朝,売れ残りの御弁当選んで,

ブランコで食べてた.

食べ終わったら,繁華街をふらついて見たり,

モールをうろついて見たり.

銭湯行って.

電器屋行って.

ブランコが家だった.部屋だった.

雨の日はベンチに座って,ただ座って.

公園でワゴンが人をお昼前に放出してるなぁとは思ってた.

作業着の人は,そのうちの一人だった.

3日に1回話す人は,こっちに気が付いて,

「ここに住んでんの?」

と言ってきた.

「住みたくは無いけどね.」

笑うしかなかった.

「行くとこ無いなら来るか?」

と言った.

「付いて行って怖い目に遭うと嫌なんだ.」

返すと

「あの店で働いてるでしょ.」

と指差した.

「だから何」

「何度か話したことあるよ」

「うん.」

「だから知らない仲じゃない.」

と笑った.

もう死んでもいいかと一瞬思ったんだ.

「家ぼろいよ.それでも我慢できるんなら.」

と笑ってた.


「何で名前書いてたの?」

「何がー?」

「おべんと」

「あれ,も一回店並んだら困るから.万が一でも」

「いや違う違う.

何で俺の名前?」

「あーこっちの名前書いてたら,食べていいんかなって悩まない?」

「おーそゆことね.」

ブロックの上に乗ったら,少しぐらついた.

「おぉ」

「あぁ.

その弁当持とうか.

危ない.」

「弁当の心配だけする奴には渡さない.」

「お前が弁当持ってるからバランス悪いんだろう.」

「違う出来る.」

「何ムキになって.」

無言で差し出したら持ってくれた.

俺ら奥さんの御飯で体出来上がってるなー

って言い合って笑った.

「今回はねー同じ.

少し御飯あげるよ.」

「いい,お前もしっかり食べないと,ごつくなんないよ.」

「ごつくなりたい訳じゃない…」

「チキン南蛮はタルタルが命」

上から覗きながら言ってる.

「んまいよねータルタル」

と言いながら到着.

ただいまーって言いながら雪崩れ込む.

コップ2つお水入れて,1つ渡す.

床座り込んで,お弁当渡される.

いただきますって言いながら,

「御飯迎えに来たんだろ.」

笑ったら,

「御飯は付属品」

って笑った.

「飯」

「食べてる」

「うん.

この間さぁ.」

「んー?」

「いつもありがとなって言いたかったのっ」

「おー」

「お前が遮るから」

「えーこっちのせいー?

御礼ならがんがん突っ込んできてよー」

「あーもうっ」

ふひひ.

「ねー机買わない?

買っていい?」

「あーまーそのうち.

ちょっと待って.」

「うんー」

そのうちって何度目だよって思うんだけど.

何にも無い,この部屋には,何か理由があるのかもしれない.


「俺も小銭貯めてるから使っていいよ.冷蔵庫の瓶中.」

「お前よく変なとこに金置いてるよね.」

「マは,あー母さんは下着の中だったよ.」

「ふぅん英才教育のたまものねー.」

「褒められた気しねぇ.

金触ってるの好きなタイプなんでしょ?

俺の中でそういう結論」

突然笑った.

「な訳ねぇよ.

俺らは切り上げて欲しい,向こうは抑えたい.

その攻防戦の中,小銭雑じりで支払われてる訳よ.

明細残ると,後々問題になるからな.

現金でスパッと区切りをつけた方が良い訳なんだ.

法をかいくぐって俺らは金貰ってる訳.

そんなもん.闇よ闇よ.

お前が働いてるとこも,その受け皿.

金がどう動いていくなんて何も残らない.」

「あー理解.だから作業着の人たちが現金落としてく訳ね.」

「安い賃金で長時間働いてる肉体労働者.」

胸を張った後,こっち向いた.

「ねー将来,肉体労働者になりたかったのー?」

「まさかー

何処にいるんだ」

指差すと,その指を折ってきた.

「痛い痛い」

「んな大袈裟な」

「何になりたかったの?」

暗い部屋に声だけ響く.

言わないか,これは.

と思った時だった.

「シンガーソングライター.

笑うだろ」

「笑わない」

笑いそうな顔に素早く届ける.

「この流れはさぁ歌ってみてって言うべきよね今俺.

さんはいっ」

「それスタートじゃ」

「あーはいっ」

「雑過ぎる」

んふふふ.あははは.

「聴かせてくれたら俺も特技見せる.」

「まじで?じゃぁ」

片手で顔を拭った.

「気合入れるぞなもし」

「語尾変じゃない?」

「緊張」

「俺一人にそんな緊張してたら何も出来なくない?」

「黙って」

「はい」

次第にリズムをとる指を見てた.

月だけを頼りに歌う姿は煌めいてく.

静かに手繰って電話を構えた.

壁が薄いから抑えた声で歌う姿が儚げだった.


どうだった?って言わないので,

絶賛も拍手も出来ないまま,黙って手を握る.

「はい約束」

「何だっけ」

「すっとぼけんな」

「いや,あの後に何も出てこないよ圧倒的だった.」

素の俺に笑ってた.

「特技披露.」

「あぁ.」

電話を使って検索すると

「おいパケ代」

「うん今月持つ」

あった.

「これ俺の小さい時.」

「何これ.ブロック操ってる」

「凄いだろ.」

でもこんなんじゃザラにいる.昔は凄いと言われた.

「可愛いな.」

「そこじゃない.」

ついついと手繰って,

「何このアカウント.

雑技団?」

と言った.

「まーそう.サーカス団.

小さい.」

「小さいって言っても大きいだろ.」

う…?うん…?

「この人お母さん?似てる」

「そうそう.」

「お父さんは?」

「多分この中の…」

しゅっしゅっておくって,

「3人いるうちの誰か.

お腹にいる時に別れたって.

だから教えて貰えなかった.

3人ともうまく接してたし,

知ることで旨くやれなくなるのは困るから突き止めてない.

3人ともバイクを操ってショーをする.」

「へぇ.

目の色が同じなんじゃないの?

綺麗な色してるから.

ブロックのに戻して.

また見たい.」

「もういいよ.」

「俺歌ったよな」

「うん」

うん…

「PV凄いね」

「小さいのに,こんな特技持ってるってだけ.

今は何も無い.」

「でも凄いよ.」

黙って見てくるから,

「有難う.」

だけ言った.

「アカウント作って無い?」

「そういうんじゃないんだよな」

と言った.

「もう寝ないといけないんじゃない?」

「おーおぉ.」

「俺ちょっとだけ見てていい?」

「懐かしい?」

「うん浸る」

「お先に」

「うん.おやすみ.」

メアド…

アカウント作成.

さっきの動画,あげて,

月夜の君(仮)打ち込んだ.

これ俺のPVより回ったら自信になると思うんだよね.

ちょっと楽しかった.

この時は.


「あーそうだ」

の声にビクッとする.

「なっ何?」

「もうこの辺工事し尽くしてきてる.

拠点変えようと思う.

付いて来ないか.」

と言った.

「近いとこ?」

「近いとこなら動かないよ」

と笑ったので,

「考えとく」

と返事をした.

「結論早めに出して」

「うん」

急に現実感湧いて,瞬きだけ繰り返した.

この人,嗜好品を分かったからって次いっちゃう人なんだよなって

浮かんで,

俺はその嗜好品とあんまり大差ないように思えて.

思えて.









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背中 食連星 @kakumi

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