天体衝突 ~ 望の暁 ~
『星だとか月だとか惑星だとか、宇宙に満ちているものには、ひとを惹き付けるなにかがあるんだ』
天体観測を趣味にしているお父さんの言葉だ。
私は最近になって、ようやくその言葉の意味が
だけど、この言葉にはまだ秘密が隠されている。これはただの勘で理屈なんてないけれど。
私は続ける。
『
『なにかはなにかだよ。正解なんてないさ』
いつもの調子で応えるお父さん。昔の私なら、ばかばかしいと一蹴していた言葉。
しかし、未知との遭遇を通じて、私の内ではひとつの革命が起こっていた。今はそのなにかを知りたくて堪らない。未知を求めたくて堪らないんだ。
『……そのなにかの魅力って、どんなもの?』
『うーん……神秘? とにかく、神秘的で未知なところに惹かれるかな』
神秘、未知……私の嫌いだった言葉。
底が知れないというのは怖いけれど、それこそが未知の魅力。
未知を
知らぬ間に胸の内があたたかくなる。
そんな私の変化を感じ取ったのか、お父さんは薬指のリングをなでながら、優しく微笑んで続ける。
『今の
『え?』
『だって、今の千果木にはあの娘がいるだろう? 素直になれればきっとわかるさ』
そこまで言うと、お父さんは私の背中を優しく押す。
あたたかい手。安心するけれど、決して微熱じゃなくてやけどはできない強火の熱。
この微妙で不思議な過熱の正体は……そうか。そこで気が付いた。
ああ、もしかしてこれは夢なのかもしれない、って。
「──! ──‼︎」
「……んー……」
朧げな視界がひらかれた。周りの空気はこれでもかと冷え込んでいる。寒い。
なにか夢を見ていた気がするけれど、起きたばかりの脳では微かにしか思い出せない。ロマンがどうとかと言っていた気がする。
そんな頭を覚ましてくれたのは、あの娘の澄んだ声だった。
「チラギー‼︎ ぐもーにんシテくださいー‼︎」
「あ、アミティア……。ごめん、寝てたみたいね」
「やっとサマしましたネ! せっかくクモが晴れてきたノニ、寝ちゃウなんてモッタイナイです‼︎」
頰をふくらませて、私の方を見つめるアミティア。周りが寒いからか、アミティアの頬は程よい赤に茹っていた。
先週──アミティアと初めて出逢った日の約束を果たすため、私はいっしょに天体観測に来ていた。ベンチに二人で座り、夜の空を見上げる。そんなふうなちょっとした天体観測。
冬の寒さはやはり身に堪えるけれど、側にいるアミティアのほのかな熱が伝わってきて、そこまで気にしないでいた。ただ、その熱のせいで先まで気持ちよく寝入ってしまったらしい。
「わざわざ起こさなくてもよかったのに」
「だめデス! トモダチなんですカラ、グッドなはぷにんぐは共有したいジャナイですか!」
当然のように私を友だちだと言うアミティア。あまりにも唐突に、素直に、私の眼を見つめながら言うものだから、こちらとしては恥ずかしい。
少しして、私の方から眼をそらした。
「アレ? チラギ、ほっぺたアカいですネ?」
「だれのせいよ……」
「エー、コールドなンですか?」
「そうじゃないわよ。ほら、星は見なくて大丈夫なの? 自由研究なんでしょ?」
「ア、そうでシタね!」
その言葉で本来の目的を思い出したようで、星の方を見つめ直してしまった。アミティアがつけているカチューシャの触手、その先端にある透明玉は青く灯っている。
手持ち無沙汰にアミティアが見つめている星の方を向く。未知を孕んだその黒に大きく浮かぶ半月。新月の日よりも見えている星は少ない……ように感じた。
思わず空気を吸う。意味もなく吸った空気は冷たく辛い。……冷える胸。あまりの冷たい空気に身が堪えたんだろう。
そんなとき、白い息を伴う言葉をアミティアが溢す。
「……地球カラみえる星もいいですネ……」
「地球から、か。……そういえば、星の見え方って、惑星によって変わったりするの?」
気になって問いかける。アミティアは星から眼を離すことなく続ける。
「ソウですね……地球からみえる星は、ワガ星と同じくらいクリアに星がみえマス。だケド、ワタシがムカシ行った星デハ、空気がヨゴレ過ぎてて、こんなにはミエませんデシた」
「じゃあ、地球ってまだまだきれいなのね」
少しホッとした。
地球はまだまだ大丈夫らしい。だからと言って、油断はできないけれど。
「そのとーりデス。地球ではさんぎょーかいかくが起きてから、ソウトウ時間が経ったそうデスが、こんなに空気がクリアなのデ、マシなほうです」
「地球では? 他の惑星はどうなってるの?」
「……ワタシが知っている中デハ、さんぎょーかいかくから、およそ三年で星がミエナクなったところもアリました」
「そんな惑星もあるんだ」
「……その惑星はヤバンな方が多くてコワかったです。ア、太陽系から遠くハナれているノデ、チラギは気にしなくておっけーですヨ!」
「そっか。それならよかった」
「……だけど、その惑星で地球のことをハジメテきいて、地球語のことをラーニングするキッカケになりマシタ。ソレのおかげでチラギにもあえたんデスよ? 今はせんきゅーってキモチです!」
そう言い終わると、ちょうど星の観測が終わったようで、透明玉の青い光が収まる。と、同時に私の方を向き直して、満面の笑みを浮かべるアミティア。
その澄んだ黄緑色の眼が、今は私だけに向けられていると思うと、私の心は色めき立つ。ことあるごとに真正面から見つめてくる黄緑色の眼に、私の心はすでに魅せられていた。罪な瞳だ。
この気持ちを悟られないよう、私は続ける。
「アミティアって、ほんとポジティブよね」
「エー、そーですかネー?」
「ええ。おもしろいくらいにね。……そういうところ、私は好きよ」
満面な笑みを眺めながら、そう応える。こうするといつも、もっといい笑顔を見せてくれていたから。
……だけど、今回だけは違った。
苦い想い出を回想するようにいきなり表情を暗くするアミティア。……まさか、あまりに眺め過ぎてて、気分を害してしまったのだろうか。
あれこれと悪い考えを巡らせていると、アミティアはその表情を崩すことなく口をひらいた。
「……スキ、ですか」
「ど、どうかした……?」
「……アノ、チラギ。……ワタシたち、トモダチ、ですよ、ネ?」
「え? う、うん……?」
そこまで言うと、アミティアは突然、眼尻に涙を浮かべる。
「えっ? ちょっ、ちょっと……!」
「……ゴメン、なさい。そろそろ、おワカレかと思うと……キブンがだうんしちゃっテ……」
その言葉に、私は耳を疑った。
「……い、今、お別れって……」
「…………来週、デス。その日……満月の日、ワタシはカエラなければなりまセン。満月の日までにカエる……ソレがおかーさまとの約束デス……」
一筋の涙がアミティアの頬をなぞり落ちる。今まで見たことのない、とても辛そうな表情。
「そ、そんな、いきなり……」
「……チラギとの日々、とてもはっぴーだったカラ……今日まで、言えまセンでした。デモ、いつか、言わないとっテ、思ってテ……」
言葉の端々に絡み付いている哀の感情。喜と楽の権化と思えるほどポジティブなアミティアが、普段は見せない哀を滲み出している。あの、アミティアが。
哀に感化されたのか……私にも別れの辛さが滲んでくる。青い感情に染まっていく。
「……そっか、そっか……そっ、か……」
そうとしか言えなかった。
出逢ってから今日までの一週間、いっしょのものを食べて、いっしょの場所で過ごして、いっしょの布団で寝て。
その度にアミティアは屈託なく笑って、その笑顔を何度も何度も繰り返し見せられた。もう、なくてはならない存在。言い過ぎかもしれないけれど、彼女のその笑顔が私にとっては、生物でいう呼吸に位置するものになっていた。
「……はやく、言えば、よかったデスよね……」
その言葉が胸に突き刺さる。
もし、初めて出逢った日にそれを伝えられていたら、私たちの関係はどうなっていただろうか。ここまで親密な友だち……いや、親友の関係になれていたのか。
……遅かれ早かれ、きっと友だちにはなっていただろうな。だって、相手はあのアミティアだから。
辛そうなアミティアの背中をなでながら、私は言った。
「…………来週」
「エ……?」
「来週、ね……またこうして、星を見に行かない?」
「……だ、だっテ、その日は──」
「友だちなんでしょ? だったら、最後は想い出を作って……お別れしましょう? ね?」
「…………おワカレ……」
来週はいずれ訪れると考えているのだろう。そんなふうに怯えているアミティアに、できる限りの優しい言葉を投げかけた。
どう返してくれるだろう。……どうせなら、こう返してほしい。帰りたくないって。
「…………わかり、マシた。来週、ソノ夜、またココに来ましょう。……じゃ、ホームにカエリましょ!」
「……うん」
納得してくれたらしい。眼尻に浮かぶ涙を拭って、またいつもの笑顔を浮かべて手を差し伸べるアミティア。その手を受け取って、ベンチから立ち上がる。
そんなアミティアを見つめる。美しい黄緑色の宝石と眼が合う。いつもなら見つめてしまうのに、今日に限っては眼を逸らしてしまった。
「……もう、帰りましょう。 寒いし、ね」
「ハイっ!」
……なんだ。案外、辛くなさそうで……よかった。辛いのは私だけらしい。
私は秘めた哀を悟られないように柔らかい返事で会話を濁す。あんなことを伝えられたあとだったからか、アミティアの手のひらから伝わる熱はやけどでもしてしまうんじゃないかと、強く強く感じた。
「……退屈だ」
午後十時。アミティアはこの時間、決まって天体観測に出掛ける。そこから三十分、アミティアは帰ってこない。
昨日や出逢った日以外で、アミティアといっしょに天体観測へ出掛けることはなかった。いつまでもいっしょに居ても、しょうがないと思っていたから。
だけれど、それは昨日の夜までの話。
あまりにも唐突に伝えられたお別れ。それから、私の調子はおかしくなっていた。
学校でも通学路でも家でも、ひとりのときもみんなといるときも……アミティアが側にいるときでさえ、アミティアのことを考えるようになった。
「…………はぁぁ」
お風呂も歯磨きもお風呂上がりのケアも済ませて、もう寝るだけ。それなのに寝る気が起きないのは、きっと帰りを待っているから。
あいつの、帰りを。
「………………」
横に倒れると、布団がぼふっと音を立ててホコリを舞わせる。
ドライヤーを済ませたばかりのミディアムボブがしっとりと頬を撫でる。……哀の感情を肥えさせるための感触に思えた。
……そういえば、そうだ。ふと想い出す。
アミティアが来てからというもの、サボりがちなお風呂上がりのケアを欠かさず、しっかりこなすようになっていた。スキンケアとヘアケアは入念にするようになったし、一番サボりがちなドライヤーも忘れずに。
それは同居人に対しての最低限の礼儀だからなのか。……私には、アミティアにかっこ悪いところを見られたくないという一種の願望のように思えてならない。ただの礼儀と結論付けるに、あまりにも不自然だ。
「……早く帰ってきなさいよ……」
彼女の温もりがないと、もう眠れないような気さえする。それほどまで、私はアミティアに毒されてしまったのか。
他惑星の異文化ゆえとはいえ、高頻度で行われる過度なスキンシップ。飛び付きハグに関しては日常茶飯事だ。
温もりを肌で感じる場面が多かっただけに、その温もりをおぼえるのは容易だった。しかも、アミティアと友だちになるまで、この街で友だちと呼べる存在を作れなかったことも災いし、半ばアミティアに依存しているような状況に陥ってしまっている。
このままアミティアが帰ってしまっても、本当に大丈夫なのだろうか。
「……私って、こんなに重かったんだな……」
この歳になって、初めて気付いた気持ち。これは愛だ。
友愛か、親愛か、恋愛か……そんなことはどうでもいい。とにかく、これは愛。
危なっかしくてひと懐っこいアミティア。そんなアミティアのことが好きで好きでたまらないんだ。
そんな重たい愛を抱えて、ひとりぼっちにはなりたくない。アミティアともっと過ごしていたい。
……そんな感情をアミティアの前ではひた隠しにしてしまう私。
お別れ前の想い出作りなんてかっこつけたことを約束して、アミティアの前では平気なふりをして。
これが本当にアミティアのためを想っての提案だったらかっこよかったのに。実際はただの自己満足に過ぎない哀れな計画なのだ。これでは、優しさもなにもない。
……だけどもし、アミティアのように素直になれたら、アミティアのようにわがままになれたら、私は彼女のことを手放せなくなってしまうのだろうか。
…………それはそれで、アミティアを縛り付けているようで、いやだ。
時間の流れはなんと残酷なものだろう。早いもので明日はもうお別れの日だ。いや、そろそろ今日になってしまう。
そんな大事な日の前日。隣で眠るアミティアはなんとも幸せそうな顔をしていた。寝れずにいる私とは違う。
「……寒いな……」
寝ている彼女を抱き寄せる。
同じ布団で寝ているはずなのに、どこか距離を感じてしまう。それは心だけでなくて、熱もまた同じだ。どうしようもなく、寒い。
「…………」
カチカチといやに響く時計。止めてしまいたい。
このまま二人でいつまでもなんて言わない。ただ、この先もアミティアと過ごせるっていう保証が欲しい。それだけなのに。
「…………寝よう」
長針と短針がひとつに重なる瞬間を見ていたくなくて、無理やり眼を閉じた。
寒い寒い、部屋の中。冷たい空気に響く彼女の寝息だけが唯一の心の支えだった。
「チラギ? カオいろ悪いデスね?」
「……え? そう……?」
凍てつく寒さの夜の街。アミティアは右後ろを歩く私を時折見つめてはそう言う。
街灯の群れが私たちを冷たく照らす。その照りの先には、見事に大きな満月が浮かんでいる。
感動的な別れにはぴったりだ、なんて言われているような感覚。今夜ほど満月を憎んだ日はないだろう。
「サイゴはおもいでをって言ったのはチラギですヨ! 明るくいきまショウよ!」
「……うん。そうだね、うん」
冷たい風が私の頰を撫でる。冷たくて痛くて、首にかけたマフラーで頰を隠した。
……こうすれば、鈍感なアミティアは私の変化にきっと気付かない。安心して帰ってもらえそうだ。
ふと横を見る。
「チラギー? 早くいきマショー?」
「……ごめんごめん」
思ってしまった。事故の残骸が元通りになってしまえば、私がアミティアと巡り逢えた軌跡がなくなってしまうんじゃないか、って。
満月と満天の星。美しい星月夜。あまりにも眩しくて逸らしたくなる。
「……キロクも無事、おわりマシたよ」
「……そう」
眼は合わせない。そうしたところでどうかなるわけでもない。
「地球、いいトコロでした。イツカまた来ます」
「いつか、ね」
「……チラギー。いいカゲン、かおを上げてクダサイよ。もうオワカレなんですカラ」
「…………」
言われた通りに顔を上げる。眼が合ってしまった。眼の中が黄緑色に染まる。
だめだ。少しずつ、景色が歪んでいく。
「な、ナイてるんですか……?」
「…………なによ。悪い……?」
拭えど拭えど、溢れ出す涙。ひと前で泣くなんて何年ぶりだろう。
泣きたくない。泣きたくない。アミティアの前で泣きたくないのに。
「……」
「…………ごめん。こんな、つもりじゃ。ほんと、ほんとね、アミティアには、笑顔で、帰ってもらいたくって。だから、ずっと、泣くのがまん、してた……」
溢れ出る涙で繕った本音。お別れ間際になってからこんなことを言い始めるなんて、どこまで自分勝手なんだ。
「……お願い。まだ、帰んないで……」
涙が波のように押し寄せる。呆然とするアミティアを抱き締めた。あたたかい。
側から見れば二週間程度の浅い付き合い。だけど、私にとってのそれは私を変える出逢いだった。きっと、なくてはならない存在だ。
「…………チラギ」
彼女が口をひらく。なにを言う気なのか。アミティアと出逢ってから初めて、未知を怖いと感じた。
もごもごとなにかを言おうとしては、口を閉じているようで、なかなか言い出してくれない。
どうかそのまま、なにも言わないでほしい。せめて、私がお別れを覚悟できるまで、なにも言わないで。
「…………アノ、その」
数十秒が経ち、ついにアミティアが切り出す。
きっともう、帰らないといけないのだろう。だから、ごめんなさいって言われるに違いない。
「……ウレシイ、です」
「…………え?」
一瞬、私たちの周りが固まる。音も光もなにもかも。時が止まったのかと錯覚するほどの衝撃だった。
その停止した時間を解いたのは、アミティアの一筋の涙だった。
「……ワタシ、チラギにカナシイかお、させたくなくっテ……ダカラ、ずっと、はっぴーを演じてっ、きたんデス。そうすレバ、コウカイしないって、おもったカラ…………だけど──」
そこまで言うと、アミティアも私を抱き締め返した。私よりも強い力で、がっしりと掴んで離さない。
そして、アミティアは途切れ途切れに息を吸って、こう言った。
「ヤッパリ、オワカレは……いや、です…………」
思わず、言った。
「…………私、だって……」
夜の街で泣く影が二つ。片方は地球人。片方は異星人。
異星間で紡がれた友情が感動的なお別れするなんて、創作だけの話だと思っていた。お別れをする当人たちはこんなに辛い想いをして、泣く泣くお別れしたのだと初めて知った。
このまま私が、アミティアの星へ同行したら、離れずにいられるだろうか。一度はそういうことも本気で考えていた。
だけど、この星には母も父もいて、行きたくないけど行かなきゃならない学校だって、ある。たったひとりの異星の親友のためにすべてを投げ出したいって気持ちはないわけではない。けれど、私の心がそれを許してくれない。
お別れは、変えられない。
「…………」
「…………アミティア。……ごめんね、急に、こんなこと……」
「そ、ソンナの、ワタシだって……」
「…………」
言葉がひとつひとつ、変に紡がれていく。無駄に時間を掛ける歯切れの悪い会話。
お別れは近付いていくというのに、お別れの言葉すら言えてない。
言いたくない。でも、言わなくちゃ。
「……アミティア。ね、アミティア……っ……」
顔を上げる。なにか言わなければ。
だけど、その美しい黄緑色の眼を見てしまって、なにも言えなくなってしまう。黄緑色の眼は涙ぐんでいた。
でも、なにか言わないと……。
「…………アミティア、あみ、てぃあ……」
あぁ、なにも言えない。
心に想い浮かぶのは、アミティアを困らせる言葉ばかり。もう一度顔を下ろした。
「……チラギ、かお、あげて」
「……もう、むり」
「オネガイです。上げて、ください」
「…………」
のっそりと顔を上げた。
アミティアが浮かべていたのは眼尻に涙は残っているけれど、豊かな満面の笑み。私の大好きなアミティアの笑顔。
「チラギ、これ、あげます」
そう言うと、きゅっきゅとカチューシャ先端の球の片方を回し外して、私に渡してきた。
「え……それ、外れるの……」
「ハイっ。こっちがキロク用のタマなので、このタマは渡してもモンダイありまセン」
「…………く、ははっ」
思わず笑みが溢れる。
まさか、その球が外れるなんて……衝撃的過ぎて笑ってしまった。
「あっ、ヤットわらってくれまシタね。フホンイですケド……まあ、イイですっ」
おかしそうに笑う私を見つめて、アミティアも涙を吹っ切って、楽しそうに笑った。
「はぁ、あはは。おなかいたい……!」
「モー、なんでコレで笑うんですカっ。きちんとオワカレしたかったノニ……!」
「ごめんごめん。…………ふぅ、お別れの雰囲気じゃなくなっちゃったわね」
「だれのセイですか!」
声を上げるアミティア。怒ってはないようだ。
変な緊張はすでに収まっていた。お別れはしたくないけれど、もう大丈夫。
おもしろい想い出もできたことだし、後悔はほぼない。
「…………それじゃあ、そろそろお別れ、する?」
「……ハイ。そろそろカエラないと、怒られちゃいマス」
アミティアがポケットから小さくなったUFOを取り出して、宙に放り投げる。みるみるうちにUFOは大きくなっていって、ついにアミティアが乗り込めるサイズにまで大きくなった。
私に背を向けるアミティア。もうお別れだと思うと、やはり寂しい。
あの布団もまた冷たくなってしまうのだろうな。
そのUFOに乗り込む直後、アミティアは私の方に振り返って、笑った。にっこりと、でもどこか意地悪そうな笑顔。
「……チラギ、そのタマにはツーシンキノウがついてます。どのホシにいても、チラギの居場所をすぐに知れるスグレモノです。……イツカ会いに来ます! 絶対に! ダカラ、待っててクダサイっ‼︎」
……なんだ。安心した。
アミティアも私と同じくらい、重いじゃないか。
「……うん。待ってるよ、アミィ」
「……! ハイっ、絶対、ゼッタイ、会いに行きますから‼︎」
そこまで言うと、UFOの出入り口は閉ざされ、そのまま空中に浮いていった。
眼の追えないほどのスピードで
想い焦がれるものをロマンというのなら、私がアミティアとの再会を待つこともロマンって呼ぶのかな。それじゃあ、ロマンはつまり、愛なのかもしれない。
なんて、取り留めもないことを考えながら。
その夜は不思議と熱が残っている布団で、ぐっすりと眠りについた。
「ふぅ、疲れたぁ……」
バイト帰りの冬の道。
今夜は雪が降るらしい。早く帰らないといけない。
「……もう、一年かー」
あの出逢いから、もう一年。
あのときにくれた球は、ストラップとしてバッグに括っている。
髪の毛はアミティアのストレートロングに憧れて、伸ばしたままにしている。これでお揃い、なんて。
……早く、逢えないかな。
「んー……ん?」
なにか聴こえる。……これは脚音?
「千果木ー‼︎」
「うわっ」
後ろからどすっと重い感触。まるで飛び付きバックハグをされたような感覚。
飛び付きハグをするなんて、私の知り合いにはあいつしかいない……。
「久しぶりです! 千果木!」
「あ、アミティア⁉︎」
ハグの感触がなくなったタイミングで振り返る。そこにはやはり、アミティアがいた。
あの頃の黄緑色の眼は相変わらず美しい。むしろ、磨きが掛かったような気がする。
なんて都合のいい展開。逢いたいと思ったときに再会するとは。
「えへへー、びっくりさせたくて、だれもいないところでUFOを降りたんです。びっくりしました?」
「そ、そりゃもう……。ってか、日本語もより上手になって……」
「はい! この一年で日本語と、ついでに英語も勉強しました! 発音もたっくさん練習しました! もうペラペラです!」
「……な、なんだか……アミティアって感じがしない」
「なー、失礼じゃないですか!」
「ふふ、ごめんごめん」
……懐かしい。ああ、こんなにも胸がうれしさでいっぱいになるなんて、かなり久しぶりだ。
「そういえば、髪も切ったんですよ。これで千果木とお揃いに……って、髪が伸びてるっ⁉︎」
「……考えてることは同じみたいね」
「これじゃお揃いじゃないですよ! 髪、切ってください!」
「なっ……! い、いやよ。気に入ってるもの」
「お願いです! 一生の‼︎」
むっ、いらない知識まで付けおって……。
「そっちが伸ばしたら?」
「それはやです! そっちが切ってください!」
「まったく…………く、ふふっ」
「……あははっ」
もう、久しぶりの再会っていうのに、なにしてるんだろう。
……でも、感じる。アミティアがここにいるって、ひしひしと感じる。悪くない。
心が暖かくなった。
「改めて……久しぶり、アミィ」
「はい! さっそくですけど、千果木のおうちに行きましょ! 我が星のお土産も用意してるので!」
「へえ。他の星のものなんて、見るの初めてだわ」
「ふふ、きっとびっくりしますよ。その代わり、おいしいものを作ってください!」
「……じゃあ、食べたいもの教えてよ。なんでも作るから」
「……じゃあ、あれがいいです! 気になってたやつがありまして……!」
「どんな名前?」
「えーと、アクア……パッツァ?」
「……ごめん。それの作り方は知らない」
「えー」
⦅終⦆
天体衝突 doracre @DoRayAki_CRE-9
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