【始まりの御噺】

文屋治

始まりの御噺

 一


 私が初めて小説を執筆したのは、齢十七の時頃でありました。将来に就いて考え始めた時期でありました。余り、良くできた人間ではなかった私は自分にできることは何なのかを必死になって考え、無我夢中になって模索し、其の最中で文を書く面白さに就いて知り、今の目標である作家と云う職へと辿り着きました。

 私の現在通っているR高専では難儀な実験レポートと云う課題が毎週出されるのでありますが、寝る時間を削り、何とか時間を作って私はパソコンを用いて小説を書いてみました。まぁ、最初は酷いものでありました。同じような言葉や文章の連続、積みに積み重ねた複雑な設定の長編物語、プロットを上手く書くことが出来ない私にとって此れは最悪のスタート(若しくは、出だし)でありました。

 一時期、小説に寄せられた酷評に心を折られ、書くことを辞めたことがありました。しかし、一度書き始めてからと云うもの、「また次の本を書きたい」、「こんな御噺を書いてみたい」と云うよく(執筆慾とでも云いましょうか)が溢れて止まらず、私は再び作家への憧憬しょうけいの焔を心に灯しました。其の際から、私は大きく変わりました。お恥ずかしながら、今まで読むことを嫌っていた小説や詩等を読むようになり、今では大切な相談相手であり、心の支えでもあるN氏と云う大切な創作仲間もできました。

 全く、人生と云うのは読めないものです。


 二


 しばらくの時が流れ、私は大きく決心をし、文学フリマと云うイベントへと一人で出ることに致しました。此の際、私は小説以外にも随筆(所謂いわゆる、エッセイ)や詩を数多く書いていたため、短編小説集の【焔の遊歩者】、随筆集の【推理論】、詩集の【風雲の児】の計三冊を自費で作り上げました。勿論、過去に自費出版をした経験はなく、今では微笑できるほどに大変苦悩致しました。

 文学フリマは東京で開催されました。朝に弱い私はうなりながらも早起きをし、乗ったこともない電車に乗って、独り、文学フリマ(通称、文フリ)の会場へとおもむきました(本当は、くだんの創作仲間であるN氏と共に挑んでみたかったのではありますが、N氏は少々遠く離れた場所に住んでおり、其の願いは叶えられませんでした)。会場では既に長蛇の列ができておりました。「私と同じ創作の心を持つ者はこれ程迄に居るのか」と、私は刹那の間、驚きの余り固まってしまいました。

 出店者の入場が開始された後、私は自身の出店スペースへと足を運びました。其処には長机の半分、其れと一脚の椅子が用意されておりました。机の下には印刷所から届けられたダンボールが置いてあり、開いて見ると中には私の筆名が書かれた、始まりの小説が入っておりました。此の際の私は天にも登るような心地を覚えておりました。

 予定よりも多くのイベントの来訪者により、イベントは定刻よりも少し早くにスタート致しました。多く来訪者が行き交う中、幾人かの来訪者様が私の本を手に取って下さり、其の内の十人ほどが、私の本を購入して下さりました。其の購入して下さった方の中には「君には才能があるから、諦めずに頑張ってね!」と云って下さった方もいました。此の言葉ほど嬉しく、心の底から感動したことは今迄にありませんでした。そして、現在、私は数々の公募に向けて幾つもの小説や詩、随筆等を書いております。

 私の最初の創作は最悪のスタートではありましたが、今では其れも良き思い出です。

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