俺様にCRUSH ON YOU

大竹あやめ

第1話

「ミキの、バカヤローッ!!」


 青い空、眼下に住宅街を望む丘の上、俺は見えない地平線に向かって思い切り叫んだ。

 ほら、あれだ。誰でも一度はやりたくなるストレス発散だ。


「マヌケ! アホ! 鈍感! 性格悪!」


 俺は思いつくままミキの悪口を叫ぶ。空は雲ひとつない晴天、気持ちが良いほど良い景色、人っ子一人通らなくて清々しいほどなのに、俺のモヤモヤは晴れなくて思い切り息を吸った。


「女たらし! これで付き合うの、何人目だよ!?」


 そう、ミキはムカつくほどモテる。高校に入ってからはそれが顕著になった。しかも……しかもだ、最短は三日しかもたなかったのに、女の子が途切れたことはない。

 思い出したらまたムカついてきた。


「何が『お子ちゃまのお前には彼女なんて夢のまた夢だろうよ?』だ!」


 ミキは彼女ができる度、俺をからかってくる。カッコイイ顔を、口の片側だけ上げて笑って……。


「くっそ……ッ。俺だって……俺だってなあ!!」


 恋くらいしている。その言葉を叫びたくて口を開いたけれど、俺は気持ちに栓をした。今それを吐き出してしまったら、しまっていた気持ちも全部出そうだったから。

 その代わりに涙が滲んだ。

 ミキはモテる。それは保育園の時から変わらない。なんせずっとミキを見てきたんだ、奴の良さは俺が一番良く知っている。幼い頃はどちらかというと歳上のお姉様方に「かわいい、かわいい」と言われていたミキが、同年代から好かれるようになってきたのは、中学に入って二次性徴が始まった頃だったか。それまで一日一緒にいたのに、ミキに彼女ができたら、いきなり登下校ができなくなったんだ。そして、ミキが当時の彼女と帰っている所を見て自覚した恋心は、高校三年の一月になっても俺の心に棲みついている。


「もう……登校も少ないのに。何でミキ、告白オーケーしちゃうんだよ……」


 俺は柵に腕をつき、浮かんだ涙を袖で拭いた。

 大学はそれぞれ別の道。それをきっかけに、俺の恋心も封印するつもりだった。


「それなのに、あいつは……!」


 わざわざ俺の所に来て「彼女ができた」「お前は寂しい三年間だったな」と言い放ち、反論すれば「あーはいはい嫉妬乙」、それで極めつけは先程の「お子ちゃまのお前には」発言だ。

 ぐす、と鼻をすする。

 そりゃあ、付き合うことを夢見なかった訳じゃないけどさ。けどミキが、自分に食指が向くなんて無いことは分かっている。

 だから幼なじみとして、……友達として一番近いポジションを取ってたのに。

 そう思ったらまたムカムカしてきた。


「ミキの、バカヤローッ!!」


 柵から身を乗り出して、俺は叫ぶ。


「バカ! アホ! ヤリチン!」


 叫べば、この遣る瀬無い想いは消えるのかな。そう思って喉が痛くなるくらい声を張り上げる。


「ミキなんて、……卒業したら絶交なんだからなーッ!!」


 そう言った瞬間。目からボロボロと涙が零れ落ちて、口から嗚咽が漏れた。慌てて口を押さえてその場にしゃがみ込み、顔を伏せる。

 ーー嘘だ。絶交なんかできっこない。叫んでもこの想いは消えるどころか胸に焼き付き、想いに蓋をすれば破裂する。どうしようもないこの想いを、俺はどうしたら良かったんだろう?


「……誰がヤリチンで、誰と絶交だって?」


 不意に声がして固まった。おかげで涙は止まったけど、今度は顔を上げられなくなる。この声は……ミキだからだ。


「……おい答えろよ」


 不機嫌そうな声に、今どんな顔をしているかまで分かる。コートのポケットに両手を突っ込み、口をへの字に曲げてるんだろ? そして、俺を見下すように見ているはずだ。


「……何でここにいるの」

「それ聞くのか? あんな大声で叫んでたら誰だって気付く」


 それより、誰と絶交だって? とミキは聞いてくる。……その前の悪口はスルーかよ?


「あれか? お子ちゃまって言ったのが気に障ったのか?」


 俺は黙った。だって、今何か話せば絶対ボロが出るから。こういう時はだんまりに限る。

 するとミキが隣に座る気配がした。どうして俺が怒ってる理由を聞いてくるんだよ。っていうか、彼女はいいのかよ。


「……彼女は?」

「あ? 別れた」

「はあ!?」


 俺は思わずミキを見た。そこには感情が読めない顔の奴がいて、ドキリとする。


「やっぱ泣いてんじゃん」

「いや、それよりどういう事だよ? 今までの最短記録だろ!?」


 確か告白されてたのは下校時間。それで俺が帰る時にからかわれて、寄り道してここにいる。ミキは彼女と一緒に帰ったと思ってたのに、もう別れたってどういうことだよ!?


「どういう事だって言われてもなぁ……なんか違うって思っただけだし」

「お前に人の心はあるのか!」


 俺は思わず叫ぶ。


「彼女の気持ち、考えたのかよ!? 最低だぞ!?」

「何とでも言え。お前こそ、俺の気持ち考えたことあったか?」

「……は?」


 何言ってんのこいつ? どう考えても、ミキは気まぐれで女の子をとっかえひっかえする、最低男じゃないか。

 するとミキは立ち上がり、柵に凭れ掛かる。


「何のために付き合った別れたを、お前に報告してたと思う?」

「そりゃあ……友達だからだろ? ってか、報告だったのかあれ?」


 彼女ができる度「お前に彼女は無理だろうな」とか、別れる度「どーでも良くなった」とか言ってた癖に。俺はそう言うと、ミキの口の端が上がった。ちょっと待て、その笑みは何だか嫌な予感がする。


「へえ……お前はただの友達にあそこまで嫉妬するんだ」

「え、いやだって、女の子が途切れないって、羨ましい以外にないだろ……」

「それで大学行ったら絶交だって? 俺のお下がりの彼女をもらう、チャンスもあっただろ。何度か話をしたはずだ」

「……ほんと最低だぞお前……」


 そう言いながら、俺は内心冷や汗をかいていた。確かに、「もういらねーからお前にやろうか? 童貞くん」とか言われたな。最低以外の何物でもないからもちろん断ったけど。

 でも、何でそんな話をしてくるんだ? まさかとは思うけど、俺の気持ちバレてたりしてないよな?


「だってお前、そこまで女に興味無ぇじゃん」

「……っ」


 マジか。俺が女の子に興味無いってバレてる。心臓が痛いほど跳ね上がり、俺はそっぽを向いた。一月なのに汗が止まらない。どうにかして誤魔化さないと。


「あ、あいにくっ、お前と付き合った子は俺の好みじゃないんだよっ。俺にだって、好みがだな……!」

「……ふーん? じゃ、どういうのが好み?」


 どうしてそんな事を聞いてくるんだ? ミキ、そこまで俺に興味ないだろ。平気で俺の目の前で告白されても、その場でオーケーするくせに。

 俺は考えた挙句、無難な返事をすることにした。


「き、綺麗な子……」

「分かった。じゃあ今後は綺麗な奴と付き合うわ」


 俺は思わずまたミキを見上げた。どうしてコイツは、そこまで最低な発言ができるんだ? まるで好きでもない子と、付き合うような……。


「という訳で、絶交は無しな? 大学別れても、連絡取れるようにしろよ?」

「……何だよそれ……」


 俺は立ち上がる。いつの間にか抜かされた身長。もうかわいかったミキはいないんだな。そう思って本気でミキを睨んだ。


「まさか、今まで付き合った子……まったく興味なかったのか?」


 そう言いながら、俺は確信を持ってしまう。ミキはいつもどうでも良くなったとか、もういらないとか言っていたけど、告白された時もそんなに興味はなさそうだった。だから別れるのも早かったし。でも顔は良いから告白はされる。


「まったくって事はねーよ? 気持ちいいコトしてくれるなら、男は大抵興味出るだろ」

「……聞けば聞くほど最低だなお前!」


 そこで女の子の気持ちは考えないのか。そう思ったけど、ミキはそういう奴じゃない。女の子に困らないから……途切れずそばに誰かしらいるから、考える間もないのかもしれない。


「大学行ったら、もうそういう付き合い止めろ! 付き合った女の子が可哀想だ!」

「……分かった。じゃあ絶交はするなよ?」

「何でだよ!? それとこれとは話が別だ!」


 俺は真剣に怒ってるのに、ミキはずっとニヤニヤしている。最初に見た感情が読めない顔は何だったんだと思うほど。


「別なのか? 同列だと思ったけど?」

「……っ、何でだよ!?」

「なぁ」


 俺が本気で噛み付くと、ミキは真顔になる。……何だよ、いきなり真面目な顔するなよ。俺をからかってたんじゃないのか?


「本当に考えなかったのか? 俺の恋愛関係、逐一話してたの」

「……話してねーじゃん、俺をからかってただけじゃないか」


 先程軽くスルーしてしまった質問をもう一回されて、俺は勢いを無くす。俺をからかう以外に意味なんて無いはずだ。だって俺が怒れば、ミキは楽しそうに笑って……。

 俺の様子を見たミキは、また笑った。


「さすがに鈍いぞ?」


 そう言われて、かっと頬が熱くなる。え、いや、だって……俺の反応を楽しんでたなんて、性格悪いにも程があるだろ。なのに何で俺、ニヤニヤ笑ってるミキにドキドキしてるんだよ。


「だから、大学行っても付き合いは続行。いいな?」

「か、勝手に決めんな……」


 もう、俺の言葉に勢いはなかった。気まぐれでも、遊びでも、ミキの目が俺に向いたと思っただけで嬉しいと感じてしまう、自分の愚かさが恨めしい。


「そうだなぁ、じゃあちゃんと聞くわ。お前は俺とどうなりたい? 友達で良いか?」


 だって、こんなことを笑いながら聞いてくる性悪だぞ? 絶交しなかったら後悔するに決まってる。

 こんな勝手で、俺をからかってきて、でも女の子には超絶モテるミキなんか、今後一緒にいても苦労するに決まってるじゃないか。

 俺はミキを睨んだ。けど、あっという間にその視界が滲んでいく。

 何だよその聞き方。何で俺がミキと離れたくないような聞き方するんだよ。友達で良いかって何だよ?

 ーー何で俺の気持ち知ってるような言い方するんだよ。


「……っ、う……っ」

「……泣き虫」

「……っ、うっせー! お前のせいだろ!?」


 まったく。昔はこんなに性格歪んでなかったのに。どうして……いつからミキはこんな風になっちゃったんだろ。

 でもやっぱり、ミキはそんな俺を見て笑う。絶対後悔するのに、俺は我慢できなくて叫んでいた。


「友達じゃ嫌だっ! 二番目でいいからミキのそばにいたい……っ!」


 もう、心の中にしまい込んでおくのは無理だった。みっともない告白だと分かってる。でも、やっぱり好きなのだ。自分でも趣味最悪だと思うけど。

 するとミキは声を上げて笑う。遅れてきた羞恥心が俺の体温を一瞬でMAXまで上げた。でも告白しちゃったんだし、この際どうにでもなれだ。


「……ったく。俺もそこまで女に興味ねぇの、お前だって気付いてたはずだろ?」

「……だったら付き合うなよ」

「だってお前の反応面白いんだもん」


 ……本当に最低だ。人をからかうために女の子の気持ちを利用するなんて。

 でも、ミキは笑っている。さっきから見るニヤニヤしたやつじゃなくて、綺麗な笑顔だ。


「で? どうしたい?」


 俺とどうなりたいの、と言われて、今も言ったのに、と思う。黙っていると「二番目で本当に良いのか」なんて聞いてきた。


「……嫌だ」

「よし」


 何が「よし」だよ。俺はミキの気持ち聞いてないぞ。


「……卒業までいっぱい遊ぶぞ。……卒業してからも」


 俺の時間、全部お前にやる、って言われて、何でそんなに偉そうなんだよとか全部はさすがに多すぎるとか、色々文句を言いたかった。けど、ミキがあまりにも優しく笑っていたから、俺は馬鹿だからそれだけで全部許してしまうんだ。それだけベタ惚れなんだと、今更ながら自覚した自分に驚いた。

 ミキの袖を摘むと、大きな手が俺の手を握ってくる。奴の手はポケットに入っていたのにも関わらず、指先だけ冷えていた。そしてそのまま、ミキのコートに俺の手ごと突っ込まれる。


「ミキ」


 丘の下の景色を眺めるミキを、俺は見上げた。するとミキは目を伏せる。


「……誰と付き合っても、お前といる方が楽しいって思った」


 だからあまり見るな、とミキは言う。「だから」の意味が分からなくてじっと見ていると、「しつこい」と言って繋いだ手を思い切り握られた。


「痛ったい!」


 慌てて手を引こうとすると、ダメだと言わんばかりに強く握られる。こうしていると、幼い頃に戻ったようで何だかくすぐったい。


「……行くぞ」

「行くぞって……手を離せよ。さすがに恥ずかしい」

「やだ」


 何だそれ。本当に勝手なんだから。

 ゆっくり歩き出した俺たちは、いつものように騒がしく言い合う。


 卒業まで、あと少し。

 けど卒業してからも、この関係は続く。

 俺たちの交際は、こうして始まった。



[完]

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