第2話

 次の日、大学に行くと、講義室で見たくもないアイミの顔が視界に入ってくる。たった、一人、最前列に座って優等生ぶりを発揮していた。

 あざといヤツめ。

 そうやって、うまく媚びて教授から高い評価を手に入れていくのだろう。


 いや、評価だけじゃない。男も、だ。


 私は最後列の隅の席に座り、講義中、後ろから睨みつけていた。

 何か弱みをつかめないか。


 退屈な講義が終わり次は体育だ。グラウンドまで移動しなければならない。

 体育はアイミと別々になるのでよかったが、更衣室へ行く途中の廊下ですれ違ってしまった。


 アイミは目をそらし、無言で足早に過ぎていく。その態度に腹が煮えくり返った。

「ずいぶんな対応だね。覚えとけよ!」

 去っていくアイミに、背後から銃弾のように言葉を撃ちつける。

 周りの学生が驚いて私を見るが、構うもんか。

 アイミは振り返ることなく、立ち去った。


 俊介は、私の男だった。

 俊介に告白されて有頂天なっていた私は、すでに恋人がいたアイミに、恋愛の先輩としていろいろ相談したのだが、それが間違いだった。


 ──今度、初めて俊介とデートするんだけど、どんなところに行くと喜ぶかな? 食べ物に好き嫌いとか、あるのかな?

 ──分かった。俊くんに探っといてあげるよ。

 ──ホント! 助かる〜。アイミ、ありがとう。


 ──どうしよう、アイミ。俊介とケンカしちゃった。既読スルーされてる。

 ──大丈夫だよ。私が俊くんに言い聞かせとくよ。

 ──ありがとう。いつもごめんね。


 そもそもアイミと俊介は共通の友人を通じて仲がよかった。だから、アイミは私に俊介を紹介してくれたのだ。

 俊介のことで困ったことがあると、つい、アイミに相談して助けてもらっていた。


 私もバカだね。

 俊介についての悩みを打ち明けるたびに、アイミは俊介と二人きりで会って話をしていたが、私は特に気にしていなかった。だって、アイミには当時、列記としたカレシがいたから、


 まさか、カレシがいて、なおかつ俊介を紹介してくれた仲のいい友人に裏切られるとは。


 ──ごめん、眞央。別れたい。

 ──何でよ。そんなの訳分かんないよ。私が嫌になったの?

 ──違うよ。

 ──そうなんでしょ? だったら俊介の思うように全部改めるから、気に入らないところを言ってよ。私は、俊介がいないと生きていけないもん。

 ──だから、嫌いになったんじゃないって。

 ──じゃ、どういうこと?

 ──眞央以上に好きな人ができた……。ごめん。

 ──そんなのヤダ! それ、どんな女なの? この大学の女? アルバイト先の人?

 ──言いづらいけど、好きになったのは……アイミだよ。オレ、アイミと付き合うから。

 ──アイミ? カレシがいるのに?

 ──向こうも別れたって

 ──嘘。絶対嘘よ。


 俊介にフラレたあの時、最後にどんなことを泣きわめいたか、記憶にない。

 あの日から3日間大学を休み、一人暮らしのアパートに引きこもって泣き続けた。そして4日目になると、悲哀の感情は消え失せ、憎悪に支配される。怒りのまかせて、ようやく外に出た。


 憎いからこそ、引きこもっていられない。負けを認めてたまるもんか。

 アイミを奈落の底に突き落としてやりたい。

 私が受けた同じ痛みを味わい、苦しめる方法はないか。そんなことばかりを考えて、大学に通い続けて、もう1ヶ月になる。


 この喫茶店でバイトを始めたのは、環境を変えて、このやさぐれた自分を少しでもマシな精神状態にしたいからだ。

 ここで、ユキヒトさんという癒やしの存在に出会えて、心から感謝している。

 しかし、私はユキヒトさんのように大人じゃない。


 共存って、何だ?

 私とアイミが共存、……なんて絶対嫌。

 俊介への未練を捨てられないよ。

 この苦しみから逃れるにはどうすればいい……?

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