大量に生まれたひよこと少年

石田徹弥

大量に生まれたひよこと少年

 最終日、子供たちは雛の選別を手伝うことになった。

 コンベアに乗せられた数多くの鶏卵からはすでに鶏の雛、つまりはひよこが生まれ、合唱するように鳴きあっている。ぴよぴよという鳴き声は一匹であれば可愛らしいものであるが、数百羽を超えれば耳を劈くような音量となっていた。


「おしりの穴を見て判定するんだよ」

 養鶏場の若い職員がひよこの選別方法を教えてくれた。

子供たちは「おしりだって!」「ケツだよ、ケツ!」「きたねー!」などと話そっちのけで騒いでいて、なぜ雄雌でわけるか、一日にどれだけ生まれるかなど、職員が続けて説明しても聞いてはいなかった。


 毎年十月に柴山第二小学校五年の生徒は、グループに分かれて職業体験をすることになっている。グループEの四名は柴山養鶏場を選んだ。三日間の飼育体験は、暴れる成鶏を背中から羽交い締めにして大人しくさせる方法から、解剖図を使った雛から成鶏への成長過程までの座学など、多岐に渡った。

 最終日の今日、ようやく三日間の職業体験が終わる。その開放感と、雛たちの合唱もあって子供達の集中力は完全に無くなっていた。


 そんな中ただ一人、莉音りおんだけはノートを開き、分厚い眼鏡から真剣なまなざしを通して、丁寧な字で説明を書き込んでいた。

「おい、マジメガネ」

 普段はクラスカーストでも中の下でしかない晴翔はるとが、四人になったカーストで二人の友達子分を連れて頂点に立ち、憎たらしい笑みを浮かべて莉音のノートを取り上げた。多様性と言われる世の中ではあるが、子供たちが理解するにはまだ時間がかかるようで、名前も見た目も中性的な莉音はいつもクラスメイトから、虐めとまでは言わないが面倒なちょっかいの標的にされていた。


莉音は晴翔を睨みはしたが、

「文句ある?」

と言われるとそれ以上は抵抗しなかった。

祭り会場のような混雑でコンベアに運ばれてきたひよこを、職員が一匹また一匹と取り上げて器用にお尻を確認し、雄と雌に分かれた籠にそれぞれ投げ入れていく。本当に確認しているのかと疑うほどにスピードは早く、その光景に莉音は釘付けになった。

「そんなにすぐにわかるんですか?」

「最初は難しいけどね。やってみる?」

 莉音は最初は迷ったが、好奇心が勝つと小さく頷いた。職員から選別方法を教わると、恐る恐る一匹持ち上げてみる。生まれたばかりの小さな命は、莉音の両掌の中に収まった。そのふわふわとした毛玉についた小さな瞳に、莉音の顔が映った。

 確かな命を莉音は感じた。


 傷つけないように優しくひよこの向きを変え、お尻を探して確認する。

「……おす?」

「残念、雌だね」

 そう言われて雌の籠にそのひよこを入れると、次のひよこをまた優しく持ち上げてお尻を覗いた。

「おす」

「そう。今度は正解。才能あるよ」

 職員が優しく微笑み、莉音は今度は雄の籠にひよこを入れた。

とっくに飽きては、コンベアを流れるひよこにちょっかいを出していた晴翔たちが莉音の様子に気付き、ぶつかるように莉音を押しのけた。地面に倒れこむ。

「俺にも教えて!」

 莉音は起き上がると、スッと後ろに下がった。

「早く!」

職員は困った表情を浮かべ、晴翔にも選別方法を教えてやるが、当の本人は全く興味がないようで、話半分で勝手にひよこを掴んでは適当に籠に入れていった。

「もっと優しく」

「はいはい」

 変わらず、むんずとひよこを掴んでは適当に籠に放り込んでいった晴翔はまた飽きたのか、他の友人に変わるが、その友人たちもすぐに飽きて結局晴翔たちはまたコンベアのひよこにちょっかいを出しに行ってしまった。

「もう一度やる?」

 職員が気をつかって、俯いていた莉音に声をかけたが、莉音はただ首を横に振った。


「三日間おつかれさまでした」

 子供達を担当した数名の職員が並び、莉音たちに労いの言葉をかけた。晴翔たちはすでに帰ってすぐにゲームやるぞ、と騒いでいる。

「みんなが手伝ってくれた子たちは、ああやって他の養鶏場だったり個人で育てる人だったりに送られていきます」

 部屋の端にあるスチール机の上に白いギフト箱が並び、中からはひよこたちの可愛い声が漏れ聞こえてきた。

 晴翔たちはそんなことはもうどうでも良いらしく、お互いを叩き合ってじゃれ合っている。莉音はしっかりと話を聞いていたのだが、晴翔たちに標的にされてはちょっかいを出され、嫌そうにしていた。

 職員が最後の挨拶を終えた時、莉音は晴翔たちを無視してどうしても気になることを聞いた。


「選ばれなかったひよこはどうなるんですか?」

「えーと……」

 職員は言いずらそうに、窓の外に視線を移した。そこには二名の職員が大きな麻袋を抱えている。心なしか、麻袋はもごもごと蠢いていた。焼却炉に火が入る。

 莉音は唖然とした。

「これも仕事のうちでね。本当は手伝ってもらおうと思ったんだけど、さすがに」

「燃やすってこと?」

 声を出したのは晴翔だった。他の取り巻きも血の気が引いたように騒ぐのをやめている。

「まぁ、しかたないというか、はは」

 職員はバツの悪そうに苦笑いを浮かべた。

「じゃあ、もう解散していいから。帰り道、気をつけて」

 職員たちは子供たちを追い払うように場を解散させる。

「ほらほら」

職員たちは背中を押して、言葉を失った晴翔たちを、無理やり出口へ向かわせた。

「あ!」


 一人の職員が声を上げた。いつのまにか一人反対方向へ駆けていた莉音が、窓を勢いよく開けた。そして身を乗り出して外へ転がり出ると、焼却炉の前へ転がるように向かった。

 驚く二人の職員を無視して、莉音は麻袋を奪い取ると中を開いた。まだ生きているひよこが、窒息しそうなほどぎゅうぎゅうに押し込められ、苦しそうに鳴いていた。

「ちょっと君」

 職員が莉音に触れようとする。だが、それよりも早く莉音は麻袋をひっくり返した。

外界への逃走口を見つけたひよこたちは、一斉に飛び出た。

焼却炉のある庭が一面黄色く染まる。

「逃げて!」

 莉音がひよこたちを追い立てる。どこへ逃せばいいか、逃げてどうなるのかは今はどうでもよかった。逃げて、逃げて、自由を手にして欲しかった。

 窓から呆然として覗いていた晴翔たちと莉音は目が合った。

 莉音は何も言わない。晴翔も何も答えない。

すると晴翔は窓を飛び越えると、莉音の横にたって一緒にひよこを追い立てた。最初は動けなかった取り巻きの友人二人も、意を決して飛び出して同じことをした。

 職員がようやく莉音たちを羽交締めにして捕まえる。だが、もう遅い。ひよこは一匹残らず敷地から逃げ出した。

 消えていく黄色の塊が視界から消えたことを確認すると、莉音は声を上げて笑った。

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大量に生まれたひよこと少年 石田徹弥 @tetsuyaishida

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