ホテル「パラダイス」

伍月 鹿

ホテル「パラダイス」




 地元と隣町を繋ぐ大きな道路の脇に、一軒の古ぼけたホテルが建っている。

 山を削り取ったような斜面に突如現れる建物の屋上には、真夜中でも、装飾をふんだんに使った看板がライトアップされていた。


 ホテルの名前は、「パラダイス」。

 そこは、僕たちの町で唯一のラブホテルだった。



 この町は、何の変哲もない住宅地だ。

 駅には普通列車しか止まらず、一時間に数本の電車に三十分乗れば都会につく。その距離を近いと感じるか遠いと思うかは、これまで過ごしてきた環境次第だろう。

 開発当時から時間が止まったような町並みは、古くはないが新しくもない。

 町を横切る国道のおかげで飲食店やコンビニは多く、生活するのに不便はない。しかし、若者が遊べるような空間は多くなくて、ゲームセンターがあるのが奇跡のようだ。

 駅の向こうに建つパチンコ店はいつも開店休業のような大人しさで、店内には時間を持て余した老人しかいない。

 大会が開かれるようなスケート場が存在するが、学生だからといって安値で気楽に挑戦できるような施設ではない。

 公園で半日遊べた幼少期ならともかく、流行りの服を着て流行りの遊びをしたい若者にとって、何もない町と形象するに相応しい空間だ。

 車を持つ人間が、家を持つのには最適な場所。

 大人から離れたいと願う子供が、思春期の反抗心を抱えてくすぶるのには健全すぎる町。


 そんな田舎で眩しすぎるほどのネオンを湛えた建物は、自然、憧れのテーマパークのような存在として扱われていくことになった。


 パラダイスに踏み入れることは、この町の若者にとって通過儀礼のようなものだ。

 理想と現実を知り、新しい遊びを覚える場所。

 苦い経験を元に成長する者もいれば、名の通り夢見心地を味わい、深みにはまっていく者もいるだろう。

 ひとつ共通して言えるのは、それまで有り余る性欲を持って羨望の眼差しを向けていた建物が、出る頃には寂れてぼろいただのホテルにしか見えなくなることだ。

 ホテルは、町ができた頃から存在していると噂もある。

 この町がニュータウンとして住民を募り、少しずつ町として出来上がっていくのを見守っていた。

 だからいまでも、この町の子供の大半はパラダイスで「出来た」と囁かれている。

 今日もパラダイスは、行き場を失ったカップルを受け入れて、様々な成長に立ち会い続けているのだろう。

 夜中には決まって「満車」となる駐車場の電光掲示板を、町の住民は見てみないふりをし続ける。



 そんなホテルに足を踏み入れる度、僕は奇妙な気持ちになった。


 人間の生命は不思議だ。

 男女が交わって、たくさんの過程を経て新しい人間を生み出す。

 生命はそれぞれのペースで成長して、頃合いが来たらまた自分も次の子孫を残す。

 誰に強いられたわけでもないのに、粛々と使命に従い続けている。

 そんな祖先たちのおかげで僕はここに立っていて、薄汚れた天井をぽかんと見上げているのだ。


 このホテルだって、不思議だ。

 人類の発展という神聖ともいえる儀式のために、場所を提供している人がいる。受付にいた気だるげな女性も、この部屋を掃除する仕事の人だって、皆、同じように生まれている。

 皆、どうして自分の子孫を残そうとするのだろう。

 皆、どうして太古から繰り返してきた営みに、不自然さを覚えないのだろう。


 僕は自分の命に満足しているのに、どうして皆と同じように考えられないのだろう。


 答えのでない疑問がぐるぐると回って、星空を模したような暗い天井に吸い込まれる。天井に施された蓄光の装飾はもう劣化して、どんなに光を吸収しても光らないらしい。僕たちはホテルの灯りを点けないから、本当のところはわからない。


 明るすぎるのは苦手だ。

 この部屋に残った誰かの痕跡を見つけるのは気味が悪いし、暗ければ設備の古さもさほど気にせずにいられた。


「何考えてるの」


 シャワーからあがったらしい。

 湯気と共に悠馬が覆いかぶさってきた。

 ごわごわした感触はホテルに備え付けられているバスローブだろう。普段は決して袖を通さないようなものでも、ラブホテルに来たら身に着けずにはいられないのも不思議な現象だ。


 悠馬からパラダイスの匂いというべきものが香るのを感じながら、僕は考えていたことを少しずつ言語化してみる。


「世間的に、同性婚は子孫を残すことができないから認められないことになっているよな」

「うん」

「でも、全人類が子孫を残して、人口が溢れることだって政府は望んでいないよね。人口調整をしている国だってあるし、日本で感じる以上に人口増加で様々な問題を抱えている国も多い」

「前に読んだ旅行記に書いてあったね」


 エッセイの著者が書いているのは、問題の一部分にすぎない。

 食が豊富な日本では、同じように人口が増えても経済に変化はしないのかもしれない。

 だが、先進国とは呼べなくなっている僕らの国は、人口が増えたところで増えるのは老後の問題だけのように感じてしまう。

 

「大抵の人は、ほっといても子供を欲しがって、実現している。どうしてそれで満足しないんだろうな。国民全員に子孫を残してほしいなら、そっちを法律にすればいい」

「それ、どちらにしても僕たちは法律に従えないね」


 悠馬はのんびりと答えて、前に回してきた指で俺の鼻をつつく。

 首筋に、彼の長い髪があたる。

 ちくちくと触れ合って、くすぐったいはずなのに、心地が良い。

 悠馬に身体を預けると、ベッドに膝をついていた彼は少しバランスを崩した。


 でも、受け止めてもらえるのが、男同士のいいところだ。

 僕は、押したら崩れてしまうような女性の身体に興味を抱いたことは一度もない。

 エロビデオやグラビアだって、女性を組み敷く男を見るために触れてきたのだ。それに気づくまで紆余曲折は経たとはいえ、自分の子孫がこの国を守り続けてほしいなんて考えたことは一度もない。


 悠馬の頬に口づけを落とす。

 微かに湿った彼の頬は、僕の好きな感触で僕の唇を押し返してくれた。


「大翔は、どうするの」

「うん?」

「法律で、必ず子孫を残さなければならないとなったら、従う? その辺の女の子を孕ませて、従ったことにする? それとも、一生逆らい続けて、刑務所に入る?」

「……レズビアンの女の子と結託して、従ったふりはするかもしれない」

「公共放送の受信料みたいな逃げ方だ」


 支払いの義務があるとはいえ、テレビを持っていないと払う理由がないというあれだ。

 悠馬の一人暮らしの家には、モニターが存在しない。隣の部屋の冷蔵庫が唸る音さえ聞こえるボロアパートで、テレビはトラブルの元だといって購入すらしていないらしい。

 民間放送にすら一ミリも金を落としていないから、誰も悠馬に文句は言えないはずだ。それでも時折支払いを要求する封筒が届くらしく、中身も読まずにゴミ箱に捨てている光景を時折目にする。


 妄想に具体例がつくと、法律から目を逸らす自分が容易に想像ができた。

 思わず吹き出すと、悠馬も自分の言葉に笑う。


「案外、簡単かもしれないね。相手がレズビアンなら、ウィンウィンだ」

「育てる気もない子供を産ませる方が、犯罪者だろ。その子供が異性愛者になるとも限らない」


 子供の頃から不思議だった。

 皆、簡単に結ばれて簡単に子供を作る。自分自身が幼少期に感じた恐怖や悲しいことを忘れて、子供は幸せの塊のような風に扱う。

 怖くないのだろうか。

 自分の子供が無事に成長するかどうかもわからないのに、何故、責任を簡単に背負おうとするのだろうか。


 怖いと感じるから、僕は男しか愛せないのだろうか。



 悠馬の肩を掴んで、そっと押す。

 それだけで俺のしたいことを理解した彼は、身体をベッドに倒した。


 シーツに、悠馬の長い髪が広がる。

 男の髪は、伸ばすと女との違いがよくわかる。柔らかくて細くて、女のようには広がらない。ホルモンの関係で生じる違いらしい。

 僕は、悠馬の柔らかい髪が好きだ。

 肌を隠すバスローブをはぎ取る。

 骨が筋肉が皮膚に触れる度に、その確かな力に安心する。


「ん……」


 唇を合わせると、微かにミントの味がした。

 歯磨きをしてくれているのだ。それだけで身体の熱があがり、心拍数があがる僕は、ちょっとした変態のようだ。

 恋人とのセックスは、どこか、いつも緊張する。

 普段の何でもないときの自分を知っている相手に、変態の自分を曝け出すのは勇気がいる。

 でも、悠馬にはこれまでも何度も、互いが変態であることを見せあってきた。


「ふ、ん……」


 悠馬の甘く漏れる声を聞きながら、ゆっくりと舌を入れる。

 すぐに、同じように返してくれる舌が熱い。そのまま深く口づけて舌を絡めていると、とろりと唾液が溢れるのが見えた。

 零さないように飲み込んでから唇を離すと、二人の間を銀の糸が細く繋いだ。すぐに切れて、薄闇に消える。


 悠馬の首筋を舐め上げ、鎖骨に口づける。

 痕は残さない。

 僕のものだと宣言する、彼を独占したという確かな証左は魅力的だ。でも、目に見える形で残すことだけが愛ではない。

 せめてと強く吸うと、肩に添えられた悠馬の指先がビクリと跳ねた。

 

「ッ」

「痛い?」

「……少しだけ。でも、気持ちいい」


 素直な彼は、自分の言葉に赤くなった。

 強いくらいがいい。いつもそう言ってくれるのは、僕が激しくするのが好きだからだ。

 同じくらい、悠馬も激しいのが嫌いじゃない。でなければ僕らはこうして何度も抱き合うことなんてなかっただろう。


 普段は言えないような、愛の言葉を囁く。

 否定するように首を横に振った悠馬は、重たくなった唾液を零しながらまた僕に口づけを強請った。


 彼の口内を存分に侵しながら、胸にある二つの蕾を指で撫でる。

 漏れ出た声に、甘さがまざった。

 感じてくれているのが嬉しくて執拗に繰り返すと、悠馬の腰が揺らめき始める。


「こっちも……」

「ん、」


 可愛いおねだりに、喉が鳴る。

 目が慣れてきて、組み敷いている悠馬の顔はよく見えた。

 皮膚や眉は闇に沈み、歯のエナメルや白目だけはギラリと見えた。ホテルの非常灯が作る細やかな灯りが空間を完全に闇にさせない。部屋のどこかで電子音が唸り声をあげて、僕らは使わない色々な機械の存在を主張する。


 体勢を変えると、古いベッドがぎしりと鳴いた。


「……ッ」


 悠馬の下肢で健気に勃ち上がっているものを軽く撫でれば、ほどよくしなやかな身体がびくんと震えた。

 浮き上がった腹筋を撫でながら、悠馬のものを口に含む。

 声にならない悲鳴が上がり、悠馬が自分の口を押さえたのがわかった。

 ホテルなのだから、声を出せばいい。

 そう何度言っても彼は喘ぎ声を漏らすのを恥ずかしがる。


 悠馬の手のひらで消える声に耳を傾けながら、悠馬が好きなところを舐める。

 軽く歯を立てれば、悠馬は喉を引きつらせるような声を出した。

 すぐに達してしまわないように根元を手で押さえたまま、僕は自分の後ろに指を這わす。

 そう何度も受け入れたことがあるわけじゃないが、この空間と、悠馬の反応に煽られて、既にそこはほぐれかけている。

 セックスをするとわかっていたから、事前に中は洗っている。

 そもそもこんな田舎町で逢瀬できる場所なんて限られていて、僕たちは顔を合わせるためにパラダイスに来る。中に入るまでは顔を合わせるだけで嬉しいのに、中に入ってしまえばセックスをすることしか考えられなくなる。

 部屋に残り続ける無数の子孫繁栄の名残。

 吐き気がしそうな光景は、大好きな悠馬と抱き合っている時間だけ忘れることができた。


 ローションで濡れた指を深く沈めていく。

 入り口は柔らかく、中はもっと柔らかかった。僕の中心も既に固く勃ち上がっていて、中で指を動かすと内臓を探るような気味悪さが残った。

 一度僕が指を抜くのを見て、悠馬は僕のバスローブを解いた。

 僕のものを舐める。

 その遠慮がちな仕草に焦らされ、舌が這う感覚に腰が疼く。後ろがひくりと締まるのを感じて、腹の奥からチリチリと熱が湧き上がる。

 

「ゆま、もういいよ」

「うん」


 悠馬が身体を離すと、僕のものが外気に晒された。その温度差に身震いする。

 悠馬はベッドサイドのテーブルから買ってきていたコンドームを取ると、丁寧な手つきで装着していった。僕はそれをぼうっと見ながら、彼のしなやかな身体を端から端まで眺める。

 ちょっと前までフェラなんてしたことなかったのに、随分と上達したものだ。

 よくわからない評価を彼にささげているうちに、ゴムを付け終えた悠馬は僕に覆い被さってくる。今度は僕を仰向けにして、悠馬は僕の上に乗る。


「痛かったら言ってね」

 

 後ろにローションを追加してから、悠馬が自身の先端を僕の後ろにあてがう。

 僕が頷くと、悠馬は息を詰めて腰を沈めた。


「っ……ぅ」


 悠馬が入ってきた瞬間、僕は思わず声を上げた。

 声帯に力が入らない。

 下肢の中心から脳天まで貫かれたような感覚に襲われて、目の端でチカチカと星が散った。

 身体が熱い。熱くて、全身から汗が噴き出すようだ。

 肌が粟立って、その悪寒にも似た感覚にやめてくれと叫びだしそうになる。でも、唇を嚙みしめて耐える。この感覚の先にあるものを、僕はすでに知っていた。


「大翔、平気?」

 

 悠馬が僕を見下ろしていた。

 彼の息も荒い。僕の様子を確認すると、辛抱できないように腰を上下に揺らした。ゆっくりと動くそれにあわせて、身体の中に大きな波が立つような感覚がする。


「……あっ……あ」

 

 声が上手く出せないので、僕は代わりに頷く。すると悠馬は安心したように笑って、動きを速くした。

 彼が身体を揺さぶるたび、結合部からは粘着質な音が響く。

 ローションの音だとわかっているのに、まるで、濡れたように響く音は、あるはずのない子宮を連想させる。女の身体を知らないくせに仕組みだけは叩き込まれる教育のおかげで、僕は知らない世界のこともよく知っている。

 中学のとき、受精の仕組みは神秘的だと語るビデオを見せられて、あまりのグロテスクさに僕は具合が悪くなったっけ。

 そんな懐かしい記憶を思い起こされて、思わす笑ってしまう。


「なに、笑ってる、の」


 悠馬が息継ぎの合間に尋ねる。

 僕は首を横に振って、彼と出会う前の僕を記憶から消した。

 何を思ったのか、悠馬が僕の腰を掴む指に力が加わる。いつも優しくて穏やかな彼も、快楽の前では獣になる。それが余計に僕の興奮を煽った。

 もっともっとと身体が快楽を求めて、知らず知らずのうちに腰が浮いた。


「大翔……っ」


 悠馬の呼吸が荒くなる。僕は彼の腰に脚を絡めると、自分の身体に引き寄せた。

 彼のものが当たる角度が変わり、僕の一番敏感な部分に刺激が走る。

 

「……ぅあ……っ!」


 強烈な感覚に、思わず背中が反った。全身が弛緩するような感覚の中、悠馬は容赦なく突き上げる。

 

「あ……ん……やめ……っ」


 必死に首を振るけれど、悠馬の動きは止まらない。

 

「あ……っ!あ……っ」

 

 上ずった声がひっきりなしに漏れてしまう。まるで自分の声じゃないみたいだ。

 頭がおかしくなりそうで、悠馬の背中に爪を立てる。

 それでも僕の指先は、無意識のうちに彼に傷を残さないように力を抜く。もう傷をつけるほどの力を入れる余裕がないのも、本音だった。

 掴んでも掴んでも届かない。

 それは、誰かに抱き起してもらわなければ動けなかった子供の頃を思い出す。悔しくて、辛くて、でも、そんな理由で涙を流すことができるのが何故か嬉しい。


 悠馬は溺れるように喘ぐ僕を見下ろす。

 ふっと優しい笑みを作った彼は、僕の耳元に顔を寄せた。


「好き」


 彼が囁いた瞬間、身体がびくんと跳ねた。

 同時に頭の中が真っ白になって、快感が全身を駆け巡った。僕は甲高い声を上げて達した。僕の中に入っているものが脈打つのを感じながら、全身が震える感覚に身を委ねる。


 古いベッドが軋む。

 悠馬が息を吐きながら達するのを感じながら、僕はじわじわと押し寄せる痛みと心地悪さに耐える。


 甘い痛みは、罰なのだろうか。

 子孫を残すことのできない僕らが愛し合うために相応しい痛みなら、僕はいくらでも耐えられる思いがした。





 家に帰ると、母親が夕食の支度をしていた。

 僕はパラダイスの匂いをごまかす為に着替える。セックスのあとのシャワーではボディソープを使わなかったが、それでもある程度は気づかれているかもしれない。

 それでも何も言わない。

 彼女は俺が男と付き合っていると聞いたときも、ただ一言「いいんじゃない」と呟いただけだった。


 よく、カミングアウトを美談のように語る人もいるが、現実にはそんなに劇的なものではない。

 同性婚を大っぴらに反対している政治家だって、近しい人から打ち明けられたら、戸惑って、動揺して、それでも「いいんじゃない」と言うだけだろう。

 僕は、実際に面と向かって批判されたことは一度もない。

 皆、少し困って、特殊な性癖でも打ち明けられたように戸惑って、何故か「応援するよ」と明後日な反応をするだけだ。

 それが恵まれた環境だということはわかっている。

 美談の中には本当に苦労して、恋人と自分を認めてもらう必要があるケースだって多いのだろう。

 僕がそうじゃなかっただけの話だ。

 僕は着ていた服を脱衣所に持っていき、家族の汚れ物と一緒にする。


「ご飯、出来ているよ」

「うん。ありがとう」


 父はまだ帰っていない。

 姉はもうずいぶんと前から家で夕食を取らなくなって、食器は今日も三人分しか用意されていない。


 最後に家族揃って食事をしたのは、確か、祖父が亡くなった日のことだ。

 たまたま家族が揃っていて、たまたま皆で夕食を取った。

 特別なご馳走があったわけでも、何かの記念日だったわけでもない。

 人が多いだけの普通の食事を終えた頃、隣町に住む祖母から電話がかかってきた。

 淡々と告げられた祖父の死。

 父の運転で町を出たとき、その日もライトアップされているパラダイスの看板が目に入った。


 祖父は死んだのに、パラダイスでは今日も新しい命が生まれ続けているのかもしれない。

 利用者の全員が正しく避妊をして、どの部屋でも命が生まれない日もあるのかもしれない。

 全員が俺と悠馬のように命を生み出すことはできないセックスをしていて、ただ悪戯に子種を無駄にしている日もあるのかもしれない。

 でも、この町にパラダイスがある限り、新しい命は途絶えない。


 それが、何もない町にとっての希望なのかもしれないと、ふと思ったのだ。


 だから、何を生み出すことのできない俺は、今日もこの何もない町で生きている。


 湯気がたつ白米に箸を入れる。

 テレビが明日の天気を伝え始める。

 明日、この町は心地よく晴れるようだ。




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