二、

山伏の格好をした男は、手にしていた錫杖しゃくじょうの先を、左近に向けた。

それは鋭く研ぎ澄まされて、槍の穂先のようになっていた。


「なぜ、わしを狙うや」

左近が問うた。

「ククク・・白々しいぞ、公儀隠密め!」

「ほう、わしを隠密だと?」

「これを見よ」

山伏様の男は、懐から何やら取り出し、左近の方へ投げて寄越した。


「むっ?」

地面に転がったそれを見ると、白っぽい木の塊のようであった。

「こ、これは・・・弥助の根付か?」

それは、たばこ入れ等を腰帯に留めるための、根付であった。

今、左近の目の前にある根付は、ウサギを型取った彫りが入っていて、弥助愛用の物だった。


「貴様の仲間の物だ。見覚えがあるようだな」

「・・・貴様、弥助を?」

「なかなかの短槍の遣い手だったな。じゃが、我の術の前には成すすべも無かったようじゃ」


(先ほど、血の匂いがしたが、刀槍の音は聞こえなかった。弥助がられたのは、三月も前であろう。すると・・・)

左近が男の背後にチラリと目をやると、男が

「ああ、夫婦連れが近づいて来たでな、始末しといた。邪魔になるからのう」

まるで小さな虫を捻り潰したかのように、平然として言った。


「外道め!」

左近がスラリと刀を抜いた。

山伏様の男も、錫杖を両手で持ち直すと、スラスラと地面を滑るような足取りで、真っ直ぐに迫って来た。

左近は断崖を背に、剣先をダラリと下げた、柳生新陰流「無形むぎょうくらい」で待つ。


やがて互いに一足一刀、生死の端境に達した。


キラッ!


山伏様の男の錫杖の穂先が陽光を跳ね、左近の剣先が、そろりと動いた。






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