飛騨妖法「水鏡分身」ー如月左近忍法帖②
コーシロー
一、
如月左近は、飛騨街道を急ぎ足で進んでいた。飛騨高山藩に潜入した、弥助からの連絡が途絶えたのだ。
弥助は左近の同輩で、忍びの術のほか短槍を良く遣い、「槍の弥助」として仲間内から一目置かれていた。
その弥助からの報告が止まってから三月が過ぎた頃、左近は服部半蔵に呼び出され、弥助の消息の探索を命じられたのだ。
街道は山道に入った。
冬の早朝、他に道ゆく者も無し。
両側に鬱蒼と茂った林が続いていたが、
穏やかな陽光と、木々の間から聞こえて来る鳥たちの鳴き声が、左近の胸を暖めていた。
やがて、道の片側が急に開け、右手が叢林、左手が切立った断崖という場所に出た。
左近は足を止め、崖の
崖の高さは、三十丈(54m)もあろうか、垂直に切り立ったそこから転落すれば、いかに隠密や忍びといえど、ひとたまりもあるまい。
崖のすぐ下は、広い砂利河原があり、その向こうに五、六間(10m前後)ほどの清流が見えた。
左近が立ち止まったのは、崖下の確認ばかりが理由ではなかった。
(血の匂い・・・)
たった今、左近が通って来た道の背後から、僅かながら血の匂いが漂って来たのだ。
振り返ると、街道の真ん中に、ひとりの男が
立っていた。
六尺(180cm)近い大男で、頭に黒い
見た目は、どう見ても山伏である。
「それがしに、何ぞ御用かな?」
左近は、穏やかな声で訊いた。
山伏のような男は、ニッと笑って答えた。
「なに、大した用ではない」
男は表情から笑いを消した。
「お主に、死んでもらいたいのよ」
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