2-1B~6B 帰宅至上主義者の日々

朝の3時半。ボクはいつもの様に目が覚めた。


「……。」


もう早起きはしなくてもいいのに。癖というものは簡単には治らないようだ。


寝ぼけながら、着替えを持って階段を降りて一階の風呂場へと向かう。


脱衣所で服を脱ぎ、お風呂のお湯はとっくに冷めていたから、仕方なくシャワーを浴びることにした。



…灰色のジャージに着替えて、タオルを首に巻いてから台所に行って、部屋の電気をつけた。


「…冷蔵庫には……昨日のカレーが。」


あるのを確認して、炊飯器からお米をお皿によそいで一緒に電子レンジに入れた。


数分後、温まったカレーと食べる為に使うスプーン、それと一味を持ってリビングに行きそこで、1人…カレーを食べる。


「やっぱり……もっと辛くてもいいな。」


一口食べてから、一味を大量に加える。ボクは辛い食べ物が好きだ……食べると、生を実感できるから。


井上は中辛しか食べられないから、昨日は気を利かせて食べていたのだが。やはりこっちの方がボク好みだ。


「…ご馳走様でした。」


1人呟いてボクは使った物を台所へと運んでお皿を洗い、乾燥機の中に入れて…水色のエプロンをつけて朝食の制作に取り掛かる。


「お米は…まだ昨日の分があるから、味噌汁と…」


一応、居候の身だから…朝食と夕食は基本的にボクが作っている。


時間は経過し、現在6時24分。


料理にラップをかけて、ボクはエプロンを元の位置に戻してから…玄関に置いていた手提げを持って、外に出て行く。外は雲一つない、晴天だった。


……



競歩をしながら改めて振り返ると、始業式からの5日間。殆ど、ボクが偽りの世界で経験した事を辿っただけだったが…師匠や彩ちゃんがいない事以外でいくつか変わった事があった。



月曜日…即帰宅をしようとしたら担任に呼ばれて、昨日の一件についての事情聴取があった…井上が何かとボクを庇っていたのは記憶に新しい。


火曜日…お弁当を1人食べていると、花形先輩がボクを尋ねて来た。


「食事中か?」

「もう…終わりましたけど。」

「なら丁度いい。少し付き合いたまえよ。」


花形先輩に案内されたのは…A棟の屋上だった。今日はとても寒いからか、誰もいなかった。


「急に呼び出してすまないな。」

「…何か用ですか?」

「手短に行こう。あのギャル…玉木彩は息災か?…奴め、始業式早々このアタシに何も言わずに退学するとは…残雪後輩は奴との親友だと聞く。だから、何か知っているがあったら教えてほしいのだ。」

「…っ。」


それを聞いたボクは、彩ちゃんからの伝言がある事を思い出した。本来なら…昨日言うべきだったというのに。おのれ担任。


「あの、彩ちゃんからの伝言を…ボクが預かっています……けど。」

「ほう!やはりな。では教えてくれ。何、躊躇う事はない…奴がアタシの為に残した言葉…特別に噛みしめて聞いてやる。正確に頼むぞ。」


ボクは軽く咳払いをしてから出来るだけ…彩ちゃんの真似をしながら言った。書かれた紙は家にあるけど…何度も読んでいたから。よく覚えている。


「…。部長が余りにもウザすぎるから、あーしちょっと海外行ってくるわ。別に連絡とかしなくてもいいから…煩わしいし。次の照明担当とかちゃんと決めなよね。まあ、ウザ部長が卒業した位でこっちに帰って来よっかな〜♪後、あーしからの最後の贈り物…気に入ってるといいなぁ(笑)…その…以上です。」

「………。」


暫く花形先輩は、頬を引き攣らせながら黙っていたが…小さく笑い声が漏れ始める。


「……ふ、ふふ。クク……クククッ……」

「あの…花形先輩?ボク…」

「残雪後輩…正確な情報提供に感謝する。アタシはこれから…所用ができた故…これにて失礼する。」


そう言って階段を駆け足で降りて行った。


「我が臣下と配下達よ…ぜぇ。全員集合だぁぁぁ!!!!…はぁ。これより緊急会合を発議するぞぉぉーーー!!!これは退屈な授業よりも重要な事柄であるっ!!集えぇぇぇぇーーー!!!……」


大声が学校中に響くのを聞きながら、完全に聞こえなくなったタイミングでボクは校舎の中へと戻った。


水曜日…特段何かが変わった事はなかった。違う…前回と同じ状況にする為に全力で行動したと言った方が正しいか。そのせいで、前よりも帰宅時の運動部からの勧誘…妨害が増えたが…それくらいで済んで良かったといえる。山崎聖亜に目をつけられたような気もしたが…きっと気のせいだろう。そう思うしか…ない。


木曜日…風邪は引かなかったが、今後の事を考えて…仮病を使う事にした。井上は単純な奴だから説得が楽で良かった。その後暇で、ゲームとかアニメも見る気も起きなかったから、久々に漫画を読む事にした。


「………っ痛。」


ベットに転がり何十冊か読破した頃だろうか。次の巻を読もうページを開くと、黒色に輝く宝石が埋め込まれた指輪が顔に落ちてきた。


「…何これ。」


こんな高級そうな物。ボクが持っていた覚えがないし、挟んだ覚えもない。よく見ると宝石の中に小さく白い色の髑髏があるし…この漫画を最後に読んでいた人は…


「……師匠?」


それ以外にいないだろう。けど、師匠は…


———餞別だ。そっちでも上手くやれよ。


ボクは体を起こし、試しに指輪をはめると右手の小指にピッタリと入った。


正直、髑髏とかが悪趣味だけど……意匠が気に入った。流石に学校では無理だろうけど…外でお洒落としてつけるのは…アリだろう多分。帰宅の達人を自負しているボクだが、そういう方面は全くの素人だ。


「…服、買わないとなぁ。」


持っている服が学校指定の夏服の制服と、寝る時のパジャマと、ジムに行く時に着る灰色のジャージしかないから。ある意味…丁度いい機会なのかもしれない。


はめた指輪を眺めながら、ボクはそう思った。



金曜日…ボクは中野さんと明日、ジムに行く約束した。2度目(ボクの中では)だったのに、またテンパってしまい、前回と同じ醜態を晒してしまったのは痛恨の極みだったが…これで、ボクの目的は果たせたと言える。


————ありがとう!楽しみにしとくね!!


一部例外を除いて、偽りの世界で唯一心残りだったのが……その約束を果たせなかった事である。たとえその夜に色々あって、結果的にそれどころじゃなかったとはいえ…その笑顔を…期待を裏切ってしまった事には変わらない。


放課後。ボクは演劇部に足を運んで、精一杯…雑用を手伝った後、家へと帰宅した。その夜は今度こそ何もせずに…明日の事を考え、早く寝た。


———そして、ボクはジムの前で待つ。


最後にボクの今の現状について。


井上から聞いた話によると、どうやらボクは訳あって現在、居候の身であるらしい。既に海外にいる井上の両親からボクが井上家に滞在する許可を貰っているそうだ。昔一度会った事があるが、目に見えて正義感に溢れた人達だったから…納得がいく。何故そうなったかは…頑なに教えてくれなかったのが少し気がかりだが…。


時間的に、そろそろ……


「あ、残雪さん!」


時間ぴったりで、カバンを背負った中野さんがこっちに走ってきた。


「はい、傘…返すね。」

「…ありがとう。」

「とりあえず、まず何しようか?」


この運動ジムはサッカーコート、肉体のトレーニングから地下にある50mプールまで…何でも出来るようになっている。


「バスケ…する?」

「いいの?わたしの得意だけど…」

「…いい。」


中野さんの目が少し鋭くなった。


「あの時残雪さんの動きを見て、一度1on1したいって思ってたんだ…うん。やるからには本気でいくよ?」

「……。」


あの時は、帰宅が賭けられてたから本気でやれただけで普通に中野さんと試合したら負けるのはきっと…ボクだ。


「お手柔らかに…よろしく。」

「残雪さん手加減とか考えなくていいからね…そうと決まれば…早速行こっ!!」

「!」


戸惑うボクの手を掴んで走り出す。


(少しでも中野さんが楽しめるように頑張ろう。)


——指輪が太陽の光でキラキラと輝いていた。


その日はバスケをしたり、水泳を楽しんだり…途中、野球場で山崎聖亜と……佐藤楓と遭遇して全力でバッティングで競ったりと夕方まで、楽しい時間を過ごした。


「んー!!今日は疲れた…けど。またやろうね!」

「…うん。」


中野さんとまた行く約束交わしてから、ボクは競歩で家へと帰る。


「…ただいま。」

「おかえり…って、唯?…大丈夫なのか?」

「…お風呂、沸いてる?」

「あ、ああ。沸かしてるけど…」


ボクはすぐにお風呂場に行き、ゆったりと浸かって汗を流してから…今日の夕食を作るべく、台所に向かった。


「……?」

「今日はおれが作ったんだ…唯、疲れてると思って…」


井上に言われるまま、案内されると…焦げた何かの肉、焦げた卵焼き、水の配分を間違えたのだろう…お粥っぽいお米。が机の上に置いてあった。


「……。」

「ち、違うんだ。おれは…」


ボクは椅子に座って、お箸で焦げた卵焼きを一口食べる。


「……っ!?」


何故か井上は驚いていた。たとえどんな姿であろうとも、食べ物は食べ物でしかないというのに。いつもよりも苛烈な運動をした後のボクは生きる為に味よりもエネルギーを強く欲していた。


「それ…美味しいのか?」

「……苦い…けど。」

「やっぱり…おれに料理はまだ、」

「これから精進すればいい…ご馳走様でした。お皿洗い…よろしく。」

「……!!」


そして、いつもより早く食べ終わったボクは呆然とする井上を残し、台所に食べたお皿を置いた後、自分の部屋に戻る。


「……。」


指輪を外しキーボードの近くに置いてから、5日ぶりにパソコンを起動してゲーム画面を開く。



……難関を乗り越えた後のゲームは五臓六腑に染み渡る。たまには自分からトラブルに飛び込み、他人に迷惑をかけるのもいいものだ。


これはこれで面白い。とてもいい経験になった。


今なら分かる。あの時の物足りなさの原因は………きっと。


「……ふふっ。」


今日も家に帰ってから現実逃避をするべく快楽に溺れる。誰が何と言おうが、たとえ師匠に言われようが変えるも曲げる事もない。これが、ボクの答え……華麗なる(?)帰宅理論である。


  これが『三代目帰宅至上主義者』


     残雪唯の日常だ。


「ああっ。累計ログインボーナスが……途切れてた。このレイドイベント…えっ、明日の午前中まで!?……徹夜でやるしかないっ。後…アニメの撮り溜めが…こんなに……ううっ。見ながらやるしか…っ、駄目。それをしたらストーリーや背景がよく分からなくなる…でも……楽しみにしてた奴だから…」


これもまた…ボクの日常の一部なのかな。

 

    

………



……





——もうお前さんは『お前』じゃねえからな…楽しいと思えるならそれでいいんじゃねえの?


              Merry Bad End



      












































































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