2-666 三代目帰宅至上主義者になった日
いつもの教室…ボクにとっては憂鬱の象徴。
「…ついに来れたか。」
時間的に誰もいない筈なのに、制服を着た女子生徒が教壇の上に立っていた。
「……。」
ボクはそれを無視してバックを机の上に置いてから、明日使う物を机の中にしまう。
「リアクションが薄いね。全く…」
何やらぶつぶつと何かを呟いていたが、気にも止めずに作業を続行する。
「はぁ…君はこうして、明日の準備をする為だけにここに来た訳ではないだろう?」
「……。」
半分はそのつもりで来ていたのだが。ボクはやる事を済ませた後、顔をあげて改めて観察する。
口調や雰囲気は違くても…制服、髪型…そしてその顔すらも。
よく知っている。何せ、毎朝…顔を洗う時に見ているものだから。
————つまり、ボクだった。
「初めまして…ボクは残雪唯。君の名前を教えてくれないか?」
「ボクは……」
じゃあ、ボクは一体…何者なんだ。ここにボクがいる時点で…
(………!)
その時ボクは納得した。違う…納得せざるを得なかった。
「……『偽物』」
「その通り。君はボクの……偽物だ。」
本物…0週目の残雪唯はそう言って笑った。
「…落ち着いているね。てっきり、もっと驚くと思っていたのだが。」
「……よく考えれば、すぐに気づけた。」
記憶の欠如、偽りの記憶や、偽物が住む繰り返される世界。違和感は初めからあった。視点を少し変えればボクも…この世界の住民なんだ。
あの時の師匠との会話を…彩ちゃんが思い出させてくれた。
———お前さん以外の人間は偽物の筈だが、不具合で…3人、本物が混じったんだ。
花形先輩と……佐藤楓。もう1人は誰だったのかは、結局最後まで分からなかったけど。
師匠は『お前さん』とボクに言った…てっきりそれがボクの事だと思っていた…この本物に出会うまでは。
……これが2人のうち、本物の方に言った言葉だったのなら。
「悩むよね。でももう…分かってる筈だ。」
本物は教壇から何かを投げて、ボクの机に突き刺さる。
「さあ、君の番だ……全てを終わらせる時だよ……元凶。」
刺さるナイフを…無言で手に取る。
本物が生き残れるのなら…偽物のボクはここで死んでも問題はない。でも…まだ。確認しなきゃいけない事があった。
「…彩ちゃんから、言伝が…ある。」
「ああ、彩ちゃんから?うんうん……聞こうか。」
紙切れを取り出し、書いてある通りに言う。
「……『問題!あーしの好物は?』」
「ん、好物かい?それは勿論…カレーだろ?」
「……。」
ボクは立ち上がってナイフを本物に向けた。
「……何のつもりかな?」
「彩ちゃんは、『グラブジャムン』が好き。あなたは…ボクじゃない。」
「それは、偽りの日々で培った知識だ。ボクが分からなくて当然……」
「何で…ボクにこれを渡したの。」
本物はきょとんとした表情を浮かべて言った。
「…自害してもらう為だけど。言わば情けだね。」
「……。」
ボクなら断然、前者を選ぶと信じているよ。
——◾️◾️
たとえ悪魔だろうと、一つの生命体である事には変わらないからね。
——◾️◾️
命を粗末にする事は…しない事をよく知っている。
ボクは淡々と言う。
「ボクは自殺も出来ない…弱虫な事をあなたは既に知っている筈…なら、何で…」
僕の顔でニヤリと嗤った。
「…『◾️◾️』」
ボクは黙ってナイフを自分に向ける。そうだった、ボクは偽物だから…死ななくちゃ。
—あれ?……何で。
狙いを喉に合わせる。一撃で確実に終われるように。
——体が勝手に。待って…嫌だ。ボクはまだ、
皆に……を伝えて…約束も、まだ。それに…
死にたく…ないよぉ。
——マジで情けねえなぁ…オイ。
誰かに手を掴まれ、止められる。
「ケケ…ガキ、一回鏡見てみろよ。自殺する奴のツラじゃねえぜ?」
「……し、師匠?」
喪服を着ていて、身長も何もかもが違う師匠の姿にボクは驚いていた。
「リードですとぉ!?」
「よおサンボ。公爵の中じゃあ第二席の癖に…相変わらず、面白くねえ事するよな。」
「…っ、『改」
「でも、良かったぜ。お前のそれ…今丁度、欲しかったからよ。」
師匠はボクからナイフを取り上げて、本物…否、サンボに肉薄した。
……
…
教壇も黒板も…影の形もなく消し飛び、おどろおどろしい空が見えた。
「…あー手こずった。面倒だったぜ。無事かガキ?」
「…う、うん。」
「でも…まあ、お前さんにしては…よくやった。」
「……!?」
師匠がボクを褒めた。明日はきっと雨が降るだろう……
「…あぅ。」
「何かオレを馬鹿にしやがった気がしたからな…軽くぶっ叩いてやったぜ。」
「ボク…一応女子ですよ。」
「あ?殴るよかマシだろ。本気でやったら…そうだなぁ…おっ、面白いかもしんねえな、やってみるか?」
「…やめておきます。」
「ヘッ、つまんねえの。」
師匠は口笛を吹きながら、何処からか大きな水晶玉のようなものを取り出した。
「…何ですか、それ?」
「この世界の核であり、魔道具『世界3分クッキング』…アイツが持ってたから奪い取ってやったぜ。」
「そ、そうですか。」
「ほらよ。」
ボクはそれを両手で持った。
「時間そんなにねえから、さっさと選べ。壊すか、壊さないかだ。」
「……。」
結構重たい。でもそれが、命の重みのように感じる……答えはもう決まっているけど、師匠に色々と聞きたい事があった。
「…ボクは、偽物なんですか?」
ボクの中でそれがずっと引っかかっていた。それを師匠はボクを馬鹿にしながら平然と言う。
「偽物ぉ?お前さんが?…バーカ。そんな訳ねえだろ考え過ぎだ。ケケッ…サンボの奴がそうほざいたのか?」
「……。」
「ガキだなぁ。そんな事でいちいち不安がるなよ。お前さんはお前さんだ。」
「…ボクは、何者なんでしょうか?」
「知るかよ…自分でそこは決めんだよ。夢がねえガキじゃねえんだから。やりたい事、あんだろうが。」
「…教えて下さい。師匠…もう、よく分からないんです。」
師匠は少し苛立ちながら頭を掻きむしった。
「…あー!!クソが!!!…オレに聞く前に自分でまず考える癖つけろよ…ケッ。一度だけだ。おいガキ、お前さんは誰だ?…お前は何者だ。」
「え……ボクは。」
偽物?生贄?……違う。ボクにはそれとは別の肩書きがあった。たとえそれも偽りの肩書きだとしても、今のボクにはしっくりと来る。
「…『3代目帰宅至上主義者』」
「ケケ…そうだ。なら、元の世界に帰宅しなきゃな。家に帰れば、まだ見ぬ新しいアニメとかゲームとか…漫画とか色々見れたりやったり出来るんだぜ?永遠にも流石に飽きた頃だろ?オレがそうなんだから間違いねえよな??」
ボクは思わず、その言葉に笑ってしまった。
「あはは…師匠もですか?」
「ガキの漫画コレクション…あれがなかったら飽きて全部台無しにしてたぜ…良かったな。集めておいて。」
「…貰い物ですよ。あれは……誰から貰ったのかは…憶えてませんが。」
「そうかよ。」
ボクは覚悟を決めて水晶玉を上に持ち上げた。
「…ケッ、なら貫き通せよ。途中で諦めて投げ出そうとしたら……殴りに行くからな。」
「……それは怖いですね。精進します。」
それを力一杯、床に叩きつけた。
後悔?勿論ある。疑問?あるさ。怒り?それは分からない。けど。
———考えない。今のボクはすぐにでも家に帰りたい。駄目な発想なのは承知の上だが、その内…明日のボクとかその先のボクが何とかしてくれるだろう。
割れた水晶玉からキラキラと色んな色の光が溢れるのを見て、ボクは悟った。
永遠に続く幸せよりも刹那の快楽の方が儚く…それでいて、激しく…何よりも、美しいものなのだと。
——こうして、偽りの世界は消え…段々と元の『煉獄』へと戻っていく。
……
ガキがいなくなったのを確認してから、リードは壁に寄りかかりながら、力なく倒れる。
「ガキには返したし…あっちでも、上手くやった…か。契約はしっかり果たしたぜ…ケケ。」
体が鉛のように重く、眠気が容赦なく襲いかかる。
「2度もあいつとの契約破った挙句、即興でグラの奴のをパクって…やってみたが…やべえなこれ『分裂』なんて…するもんじゃねえ…な。」
リードは瞼を閉じる。
『頼む…代価はワシの命でも何でもいい。たった1人のゲー友を……救ってやってくれ…!』
懐かしい、記憶。
『ボクから『死』を奪った?…あはは。悪魔はそんな事も出来るんだ。』
『……え、これ!ボクのゲー友から貰った…何でここに?……そっか。君は凄い悪魔なんだったね。暇なら自由に読んでいいよ。ボクはもう何百回も読んだし。』
『…パソコンやってみる?って、君じゃあ無理か。悪魔は電子機器が苦手なんて…どんなに長生きしてても分からないよ。』
『記憶が段々となくなっていくんだ。うん。一周を7日に変更してくれないか?そうすれば…まだ、持つはずだから。』
『…これはいくら君の力でもどうする事も出来ない。人間の記憶量の…限界だ。だから、脳内からボクの存在が消える前に、ボクの記憶…存在を『奪って』ほしい。そうすれば…君の中で永遠にいられるから。』
『…ボクがどんな窮地に陥っても、たとえボクの命が脅かされようとも、絶対に干渉しない…そういう契約を結ぼう。そっちの方が君から見ても、ハードモードで少しは面白くていい刺激になりそうじゃない?』
暗闇の中、聞き覚えのある声が聞こえる。
……どうだった?今のボクは。
全然お前と似てねえよ。むしろ快楽に溺れて…弱くなったか?
……でも君が、ボクをそういう色に染めたんだよ。何かに依存させて、長生きさせるために。
そうだったかもな。もう…忘れちまった。
……疲れた?
そりゃあ疲れたぜ。知ってる顔した見知らぬ奴と四六時中、ずっといなきゃだったからな。
……でも、楽しかったでしょ?
お見通しか……ケッ。認めてやる…あいつはガキで何もかもが未熟な奴だったが……面白くはあった。
……そっか。
お前から見て、どう感じた?
……大体の事をこなせる余り、器用貧乏になってしまったボクとは違って…一つの事を練り上げた…うん。特化型かな。並行世界のボクみたいな?そんな感じだよ。
なるほどな……っ。
……とりあえず、もう一旦休もうよ。ハバネロでも飲んでさ。今の状態じゃ、『煉獄』の運営はおろか、ボク達はまたあの子に会いに行くとかも出来ないよ?
至極真っ当でつまらない正論を言われ、反論できなかった…する元気すら、もうない。
「ハバネロはいらねえが…ああ…そう、だな……分かった。」
…今はおやすみ、リード。ボクも側にいてあげるから。
その日…超越者の1人であった『全てを奪う悪魔』リードは『煉獄』にて深く長い眠りにつく。
——その表情はとても、満足げであった。
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