2-666 帰宅至上主義者の深夜登校(後編)


9.65km地点。


あたしはこの日、初めて玩具に戦慄した。


「……何で、あたしの『魅了』が効かないのぉ!?」

「知るかよ。麗しの少女ってのはなぁ、もっと純粋無垢でかつ、愛らしくなくてはならないんだ。俺から見てそれはまだまだクオリティが低い……少女のあどけなさを魂レベルまで再現してもういっぺん、やり直してみろ!!」


意味のわからない事を言う玩具…男に怯え、自然と涙が流れてくる。


「…ひぐっ。なんなのよ、この玩具…」

「お、おれは普通に可愛いと…」

「黙れ井上。こいつはガワだけだ…そういえばおい、他の奴らはどこ行った?」

「森先輩とかは他の所に行きました。『異端審問会』の案件だとかで…どうやら、『全てに愛される悪魔』と名乗るイケメン見つけたらしいです。」

「イケメン?…パスだな。俺は少女のイメージを侮辱したコイツを、教育し直さなくちゃいけねえ。井上は…見てるか?」

「これからあっちに合流しに行ってきます……じゃあ、その…ごゆっくり。」


あたしは恐怖のあまり、声を上げていた。


「…っ!?ま、待ちなさい!アンタ、あたしを置いていく気…??ねえ、嘘…でしょ。」

「…詫錆先輩はこうなったらもう満足するまで止まらないので…本当、頑張って下さい…おれ…心の中で応援してますから。」


申し訳なさそうな表情をして、走り去って行ってしまった。


「…あ、待っ…」


両肩に力強く手を置かれ、びくっとする。そこには目を爛々と輝かせた男がいて……


「さあレッスンを初めるぞ…まずは愛すべき少女はどういう存在なのかを、これからみっちり叩き込んでやる。俺を惚れさせれるまで、とことんやり込むぞ…!」

「い、イヤァァァァーーーー!?!?」


絶叫が街中で響く中、気にせずボクはその場を通り過ぎる。


12.48km地点。


ふと目を開けると、見知らぬ場所にいた。


「……?」


さっきまで『ソユーの町』に行くために歩いていた筈だが。


「…ほう。もしや悪魔の本拠地である『煉獄』かのぅ?来るのは初めてじゃが。」


体から何本もの武器が突き刺さりながらも、顔色一つ変えずに呟く。


「今のワシの力じゃ…公爵級とはやりあえん。しかも守りながらなんて、無理な話じゃ。」


隣で気絶している男…玉川鑢を一瞥する。


「…ほれ、起きよ…凡人」

「……。」

「……起きぬか…ふん。」


男を少女の体一つで守り、出血し傷つきながら嘆息する。


「流石に公爵級レベルだと、呪いの耐性が高いの……呪殺すら出来ぬか。なら…しょうがないのう。」


(…借りるぞ、凡人。)


男から魔力を徴収する。


(……7割で、よいか。)


一時的に、力の殆どが戻るのを感じる。気分がいい。周りにいる悪魔達を見下して…嗤う。


「…精々ワシを愉しませろよ……虫共が。」


闇を街一帯の地面に展開する。


「……『浄化オセン』」


建造物が闇へと沈んでいく。重力で引っ張られるかのように、飛んで避けようとした悪魔達が次々と闇へと呑み込まれ、自身の魔力に還元される。


「…フ、フフ…堕ちよ堕ちよ…翼があろうがワシの闇からは逃れられぬ……む?」


……1人だけ生還を果たした奴がいるな?


「…偶然か?まあよい…許そう。今は…」


全盛期に近づいたからか、ここから離れた所に…宿敵がいるのを感じる。


「余計な人間が1人いるが…よい。鏖殺じゃ。」


闇を消してから倒れた男を引きずって、その場所へと向かう。


「はぁ……面倒じゃのう……?」


20分程過ぎた頃だろうか。少女の行く先に、黒い軍服を着た男が唐突に現れた。


「こんにちは、初めましてになるのか…」


少女が睨むと、男は石化し…砂となって消えた。


「な?『原初の魔王』…今は違ったっけ?」

「……。」


男の体が膨張して、弾け飛んだ。


「おー…酷いなぁ。私が何をし…」


肌や骨が腐り、錆びていき…一瞬で地面のシミになる。再度現れないかを確認してから、また歩こうとして…背後から声が聞こえた。


「まあいいか。君達はね…本来ここにいちゃあ、いけないからさ。元の場所に帰ろっか。」

「…っ。」


咄嗟に男を闇に呑ませようとした少女と、引きずられていた男は、影も残さずに姿が消えた。


「……ふぅ。疲れた。君達が干渉すると…もっとヤバい事になるからさ。勘弁してくれよ?」


そう言って、男は振り返る。


「じゃあいつも通り『転移』よろしくね。ここめっちゃ、おっかないからさ。」

「同感です。僕もここに長居はしたくありません。ですが当初の目的は……」

「あの子は最早、別人になっていたからねぇ。回収はもう無理そうだし、留まったら留まったらで万が一『悪魔王サタン』がこちらに勘づいたら…仮に2人で頑張って抵抗しても、即ゲームセットだ。ここは逃げの一手だよ。」

「…了解しました。」


黒色のジャージを着た少年が何かを呟くと、2人の姿が何処へと消えて行く。


ボクは気にも止めずにその側を通り過ぎた。



15.65km地点。そろそろ学校に到着する。

この道中、他にも何人か見覚えのある人達とすれ違った気がするが、全く…こんな真夜中に何をやってるんだか。


——ボクみたいな奴の為に。


ん…?何かノイズが入ったような。気のせいか。そんな事を考えながらボクは到着する。


——16.89km。また人がいたから無視して通り過ぎようしたが、声を聞いて…立ち止まる。


「やっほ〜唯ちゃん。待ってたよ♪」

「…彩ちゃん。」


制服姿の玉木彩が校門前にいた。



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