2-666 帰宅至上主義者の深夜登校(前編)

5km地点。ボクはバックを肩に背負い…学校へと向かう。


「…そこまでだつぁ!?」


突進してくる巨漢の男をギリギリでかわして前進する。数分後、前方に突風が起こり、中年程の男が現れる。


「…我が名はレイチ。『全てを吹き飛ばす…」


誰に名乗っているのかは知らないが…きっと、ボクではないだろう。そのまま通り過ぎた。


「…っ。」


後ろで怒鳴り声が聞こえたと思ったら、突如、ボクの体がはるか上空へと舞った。


だが、関係ない。竜巻が起ころうとボクは学校へと向かう…あれ、何でボクはそうまでしていくのだろう?


——こんな真夜中に?


空は赤黒く染まっている。これが異常現象か。街の景色を見ていると風がやみ、ボクの体が頭から下へと落下し始める。ふと、飛んだ時に手に持っていたカバンを見て思い出した。


(…ああ、明日って…始業式か。)


必要な物を先に置いておこうと、寝る前に思ったんだ……明日の帰宅の為に。


なら果たさなければ。ボクは地面に足がつくように姿勢を戻し、競歩のギアを一つ外した。



中年の見た目をした悪魔…レイチはその光景に思わず言葉を失っていた。


(…記憶すら飛ばす我が『突風』の消えゆく風を、足場に使う…だと。)


ありえない。だが……悪魔の血が騒ぐ。


「…クカッ!!面白い!!!!」


地面に着地する瞬間を狙って、両腕を振るい後ろから風の刃を放つ。不可視な攻撃が細い首に当た…


らない。その寸前に動きが早くなり、回避された。


「後ろに目がついているのか!?」


気にせずそのまま去っていく少女を追うべく黒い翼を生やした。


「…『突風』を応用した翼による高速移動…これで、」


レイチは翼を広げ、少女を追う。


(…?何故、追いつかない?何故、距離が縮まらない?)


少女は別に走っていない。でも、歩いている訳でもない。ならこの、独特な歩法は一体……?


「…ならば!」


地面に降り立ち、翼を消してから右手を地面に当てた。その瞬間、地面が強く揺れ始める。


「……我が『突風』よ。地盤を乱せ!」


一帯のマンションといった建物が崩れ、その一部が少女へと襲いかかる。勝利を確信して、レイチは嗤う。


「所詮は…人間。我らが玩具。ここまで、やれば…きっと。」


少女がいたであろう場所へと向かい、瓦礫をどける。だが、そこには…誰もいなかった。


「…なっ!?」


周囲を見渡すと、はるか離れた位置に…少女が見えた。悔しさが脳裏によぎりつつ、追おうとすると背中を軽く叩かれた。


「…誰だ。我はこれから…」

「力があるようだな。では次はあそこに行くぞ。まだまだ沢山、下敷きになっている負傷者達がいるからな。」

「…?何を言って…」


そこには少女と同じ見た目…ではない派手な制服を着た少女が腕を組んで仁王立ちしていた。


「まず、名を聞こうか。」

「…レイチだが。」

「そうか。アタシ…いや、我が名は花形羅佳奈という。詳細は省こう…事が事だからな。ではレイチ殿。ここで足踏みしている場合ではあるまい?」

「……」


無言で風の刃を放とうとすると、突然手を掴まれた。


「…っ?!」

「今はレイチ殿の力が必要だ。我が臣下や配下達は今は離れている故な。アタシがやろうと思えば…一瞬で片付くが…それでも、数はいた方がいい…だから、頼まれてはくれないだろうか?」



本気で言っている。偽物の人間達を…悪意ではなく善意で助けようと…その為に我を頼って、くれる。そんな事は…生まれてこの方初めての経験だった。


(…面白い。)


花形はレイチから手を離す。


「……決心はついたか?」

「…我を上手く扱えよ。」

「クク。その答えを待っていた。では行こう。皆が助けを待っている。」


花形の後ろにレイチはついていく。


(こやつともっと早く会っていれば…きっと。)


そんな思いに耽りながら、花形と共に瓦礫をどかし、人命救助を始めた。


……



8.6km地点。ボクはひたすらに進む。それにしてもさっきは驚いた。まさか街が崩れるとは…世の中色んな事が起こるなと、しみじみ思う。


「……?」


ナイフが近くの電柱に刺さり、あちこちで様々な音が響く。付近でお祭りでもあるのだろうか?そんな事を思いながら、ボクは止まらずに商店街を通り過ぎた。


……



「……っ」


私は軽く息をつく。もう何人斬ったか分からない。


「……ゲハハ、この氷に触れれば確実死だ!!」

「…また、ですか。」


ナイフ片手に、私は…自身を悪魔と言い張る、精神異常者を斬る。


それから何時間…経っただろうか。


「…よくもまあ、やりますよねぇ?」

「大した奴だぜ、全くヨォ。」


吐血し倒れ込む私を見て、2人の男は悪辣に笑う。


「…あなた、達も…あの精神異常者達と同じ、ですか?」

「…儂の名はハイラ。『全てを爆発させる悪魔』ですねぇ。」

「ミーはメイタ。『全てを当てる悪魔』ダヨォ〜。」

「……。私、は佐藤楓と言います。」

「自己紹介とかする体力はもうないんじゃねえのぉ?大体、公爵級の悪魔を何百人と相手して勝っちゃうアンタの方が、儂…おかしいと思うねぇ。」

「ミーも同感同感、マジ、同感。」


私は思考を巡らせる。


(花形さんの言った通り、私にできる事は果たせまし…たね。)


メイタと言った男は、私の腹部を蹴り上げる。何故かその痛みが心臓に直接響く。


「……っぐぁ。」

「ミーの攻撃は体のどんな場所からでも、確実に弱点をつくんだヨォ。どうどうぅ。痛い?痛い?痛いヨオ痛いヨオ、アヒャヒャヒャ!!!」


何度も何度も、執拗に蹴り続ける。


「……っぁ」

「……あーあ、死にそうダヨォ。つまんないヨォ。もっと、」

「では止めはこの儂が、いいですよねぇ?」

「…いいよー。」


私の胸にハイラと言った男は右手を置いた。


「…役得ですなぁ。では、遺言くらいは言っても構いませんよ。」


助けは絶対に来ない。花形さんは別行動中。やまねにも、もう…会えない。そうなるなら、あの本はどこかに隠しとけば…よかった。それに山崎くん…にも、謝らないと。


「…沈黙ですかぁ。つまらないですが、儂は尊重しますよ。では、壊れた玩具はさっさと破壊しますねぇ?」


私は目を閉じた。


……


———何、やってんだお前ら。


聞き馴染みのある声や、いつまでも死なない事に違和感を感じて目を開ける。


「…山崎、くん?」


少し離れた場所に、土で汚れた制服を着る山崎くんがいた。それに気づいたのか、ハイラは胸から手を離した。


「…はて、メイタは何処に?」

「……ん?ああ、そいつなら…」


山崎くんが見た方向を見ると、四肢が引きちぎられた状態のメイタが壁に横たわっていた。


「俺がやった訳じゃねえけどお前らが、よってたかって…楓さんをリンチしてたのが見えたからな…先言っとくわ、絶対潰す。」

「威勢がいいですなぁ。ですが……」


右手で私の首を掴み、引っ張り上げる。


「…人間とは面白いもの。こうすれば、動けないでしょう。儂はよく分かっていますよ。」

「……チッ。」


山崎くんの動きが止める。


「……私の、事は…いいですから。」

「何言ってんだよ!!いい訳…ねえだろうが!くそ……待ってろ。すぐに助けてやる。」

「…フヒヒ。青春ですなぁ。ですが、儂がこうしている限り…動けませんよねぇ。」


ハイラの背後から馴染みのある気配を感じた。


「…っ?!何者、」

「姉さん…を、助けなくちゃ。」


何かの力を使おうとする前に、やまねは動いていた。左手で右腕を引きちぎり、楓を解放してから右手で顔を潰し、右足で胴体を蹴り抜いた。


足を引き抜くと、大量の血や臓物のようなものが辺りに飛び散った。気にもせずに、やまねは私を見て言った。


「姉さん、大丈夫?」

「ええ。大丈夫ですが…やまね。それは…」

「良かったぁ…やっぱり生きてたんだね。」


それを言及する前にやまねの体がふらつき、そのまま楓の体に倒れこみ姿が消失した。そこに山崎くんが駆けつけてくる。


「…やまねは?」

「いなくなりました。」

「は?そうなのか…まあ、これ夢だしなぁ。」

「……?夢ですか。」


山崎は淡々と言った。


「ああ。今は俺、年末で山籠りの修行中なんだ。まさか夢でこうして楓さんに会えるとはな。びっくりだぜ。」


花形さんが別行動をする前に言っていた事をふと思い出す。


——それにしても…新年早々にこんな夢を見るとは…実にアタシらしい。流石、いつか世界を統括するべき存在!!だが神主は…何やら違う事を言っていたな…確か、アタシが来た事で過去や未来から無秩序に知人を呼び出しているとか…難解すぎていや…つまらなすぎてよくは覚えていないな…クク。


「…なるほど……そういう事でしたか。」


私は1人納得し、体を起こす。


「っ。」

「…肩貸すぜ。楓さん。」

「……助かります。」


体を支えられながら、少し離れた公園に来ていた。


「…ふぅ。夢ってのは意外と疲れるもんなんだな。」

「……そうですね。」


山崎くんの言葉に相槌を打ちながら、さっきのやまねについて考える。


(やっぱり未来の私は……そうなのですね。)


私は反射的にベンチから立ち上がる。


「…っ、楓さん……まただ。」

「行きますよ…山崎くん。」


山崎くんはポケットからサバイバルナイフを取り出し手に持った。


「…私はこれで十分です。」

「……木の枝で!?マジかよ楓さん。その、体は大丈夫なのかよ?」


不安そうに言う山崎くんに私は、精一杯強がった。


「…お陰で少しは休めましたから。それに…安心して私の背中を任せられるのは、山崎くん…あなただけですから。」

「……っ!?お、おう。なら…任せとけ…って俺が前じゃねえのかよ!?」

「ふふっ…はい。まだまだ…見ていて危なっかしいですから。」

「チッ、今に見ておけよ……!!」


二人はした事もないのに、何度もやっているような連携で、迫り来る敵を打ち倒す。


——少しでも狙いがこちらへと逸れるように、私は山崎くんと共に…戦いを再開した。





































































































































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