2-666 帰宅至上主義者の決意
誰もいない家の中を1人歩く。
「……。」
無言で部屋の中に入り、机にあるパソコンを起動して、パスワードを難なく解き、メモ帳を開いた。
「……やるね。」
数十万は軽く越えるメモ書きを見て…神主は思わず言葉を漏らした。
……
…
「……さて、と。」
残雪唯が出て行った少し後に、師匠は立って、境内を出る。そこには1人の男がいた。
「……よお、神主。」
「…やあ、師匠君。」
出会い頭に皮肉を言いあう。
「…とりあえずさ、私を元の姿に戻してくれないかな?……勿論、君もね。」
「…ケッ。」
師匠と呼ばれた男が面倒そうに指を鳴らすと、
師匠と呼ばれた男は制服姿の中学生から、喪服を着た黒髪の成人男性の様な姿に。
神主と呼ばれた男は袴姿の中年から、高校の制服を来た黒髪の少年に。
——それぞれ姿が変わる…否。戻る。
「…つぐつぐ、君と戦わなくよかったと痛感するね。では、改めて…もう会うことはないと思っていたよ…リード君。」
「その言葉づかい…ケケ。未だに引きずってるのかよ。未練たらたらだな!…人類代表。確か、名前は…ラ」
少年は嫌そうに舌打ちする。
「…谷口馨。人類代表なんてそんな貧乏くじ、二度とやるものか。ていうかさ、よく私の事が分かるよね。姿も違うのに。」
「魂の形が一緒だからなぁ。谷口馨…か。」
「私が言うのもアレだけど、こうやって雑談している場合じゃないし一応は、『煉獄』崩壊の危機なんでしょ?」
「…おっと、そうだったそうだった。悪いな。久々に知ってる奴と会ってつい、テンションが上がっちまった。」
リードは谷口と共に空を見上げる。
「ケケ…その件はあのガキに全部投げたし、もう高みの見物くらいしか、実際やる事ねえけどな。」
「っ、いやいや!?私達がここに残った理由を忘れたのかい?長生きし過ぎて、ついに記憶障害になったのかな?」
「…学校にある装置にガキが辿り着くまでの時間を稼ぐ…だろ。」
「当たり。リード君なら知っての通り、私はほぼ戦力外だからね。」
「お前さんはいつも誰かさんに守られてばっかだったからな。」
空にヒビが入り始める。
「旧知のよしみで言っておくけどさ。」
「…何だよ、人類代表。」
「唯ちゃんのパソコンを軽くあさって見たけどあの子は…全部知ってたよ。書いてあったんだ。」
谷口は話した。
目標。いつか来る666週目までに競歩を極める。
——6週目…まだ、完璧じゃない。失敗
——8週目…もっと早くできた筈。失敗
——17週目…走りではやはり、体力が持たない。やり方を変えるべき。失敗
——180週目…段々と慣れてきている。失敗
——358週目…足りない。次の週からジムに通おう。失敗
——578週目…後少しの所まで来たが、足を捻挫した。失敗
——666週目…やっと、仕上がった。
一口メモ
◯デジャブ感を感じたら、必ずその夜に師匠を尾行すること。
◯絶対に白髪の女性に遭遇しないように、帰宅時は特に警戒を。
◯放課後はなるべく残らず、すぐに家に戻ることを心がける。
○競歩の鍛錬を怠らない事。一周と言っても、冬休み明けの7日しかないから。
……
「全てを知った上で、最後まで付き合ってくれるなんて…てっきり私は平凡なクラスメイトの1人だと思っていたけど…その評価を改めなくちゃだね。」
リードは何も言わなかった。ヒビが大きくなる。
「…話逸れるんだけどさ……エクスは、元気にしてる?」
「……知らん。オレは大戦以降、ずっと『煉獄』の管理をしてたからな。たまにあそこに遊びに行くが…気になるなら自分で会いに行けよ。」
「…酷いなぁ。……分かってる癖に。」
天蓋が硝子のように割れていき…次々と翼を生やした悪魔が雪崩れ込んでくる。
「…狙いはガキだ。ここで出来るだけ止めるぞ。」
「了解っ。こっちでも保険かけたし…そんなに気負わなくても大丈夫だよ。昔の自由奔放なリード君に見せてあげたいよ。」
「…気負ってねえよ。まあ…らしくもない事してるのは…認めるが。」
こちらに降り注いでくる槍を一瞬で『奪った』
「わお。相変わらず、便利な力だよねそれ。」
「…お前はオレの後ろにいろ。もし攻撃が当たったら…もっと厄介な事になる可能性があるからな。万が一、アレが介入してくる事があったら、全て終わりだ。」
谷口がすぐにリードの背中に回った。
「キャー☆リード様ぁステキっ…私を守ってね❤️」
「……ケケ、そこで見てろ。オレはそういう趣味はねえが…後で抱いてやってもいいぜ?面白そうだしな。」
「…本当に勘弁してくれ。」
「おっ、素に戻ったな人類代表。」
その真面目な反応にリードは笑いながら、襲いかかる悪魔達を迎撃する。
————彼女の楽園が終わりへと動き出した。
未来のボクへ
これを読んだ時、意味がよく分からないかもしれない。けど…リードが使う記憶消去や世界を巻き戻すあの現象は、パソコンといった電子機器には効かない事が分かった。だからここに残す。悟られる可能性もあったから、念のために時限式にしておく事にした。これが出てくる条件は二つ。
1つは、前日に風邪を引いて昔の夢を見る事。
2つは、その翌日の遅い時間にパソコンでゲーム画面を開く事。
この2つが満たされれば、ゲームをしようとした瞬間に勝手にこのメモが表示される…そんな仕組みだ。今のボクはどうなのかは知らないけどボクは賢いから、これくらいの事は出来る。
やる事は結構単純で、朝になるまでにボクが通う学校にある魔道具の破壊する事だ。そうすればこの世界は終わる。もしも、このままずっとこの世界があるとリード曰く、どうやら666週目くらいで『煉獄』という世界を埋め尽くして、そのまま『煉獄』ごと弾け飛んでしまうらしい…正直、信じられないけど。
自分で死を選ぶか…それとも、その世界に元々住まう悪魔共々消えてなくなるか。
ボクなら断然、前者を選ぶと信じているよ。たとえ悪魔だろうと、一つの生命体である事には変わらないからね。命を粗末にする事は…しない事をよく知っている。
でも、記憶が消される訳だから…ボクがボクでなくなっているかもしれないけど…もう、関係ない話だ。でもそうだね。次のボクに激励として、ボクをボクにしてくれた人の言葉を送ろうと思う。
『人生とはバトンリレーの繰り返し。』
——さあ、君の番だ。
0週目の残雪唯より
———分からない、まだよく理解できてない。ボクはあの時、ゲーム画面に唐突に現れたそれを、軽く速読しただけだ。いくら速読マスターのボクでもあの短時間では、全部は流石に読めなかった。
悪魔?『煉獄』の危機?私の記憶を下に魔道具で作られた繰り返される偽りの世界?植え付けられた偽物の記憶?彩ちゃんがイマジナリーフレンドで、存在できるようになったのは花形先輩のお陰……等々。
頭がおかしくなりそうだった。でも。
……人生とはバトンリレーの繰り返し。
誰の言葉なのかは…知らない。記憶にもない。でも、何故かそれはボクの中で腑に落ちた。
次のバトンを…ボクが繋ぐ。簡単な話だ。理由も何もいらない。考える必要すらない。ただ、今まで努力をして来たボクに報いるだけだ。出来なければ…
——ここで死ね。
ボクは競歩で学校へと向かう。砕ける空も見ずに、ただ真っ直ぐに前を向いて。
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