2-666 帰宅至上主義者の迷い

同時刻。神社に続く階段の前に白髪の女性が佇んでいた。


(…あの神社に、黒幕が。)


階段を登ろうして……足を止め後ろを振り返った。


「…おっと、気づいていたかね……楓殿。クリスマスの我が生誕祭以来になるな。」

「…花形さん?」


ビニール袋片手に改造制服を着る少女…花形がそこにいた。


「探すのに多少苦労した。ここまで簡単に見つけられたのは…道中に出会った神主とやらのお陰だな。」

「何故、ここに花形さんが…?」

「クク…その雰囲気。やはり…本物のようだ。」


その発言で一瞬にして状況を把握した。


「…そういう事ですか。」

「理解が早くて助かるが、楓殿は勘違いをしている。」

「…?」

「同志…やまねの事を第一に考えての事だろうが…その手段は余りにも短絡的だとアタシは思うぞ…まずは、その手に持った包丁を置きたまえ。」

「……」


手に持ったまま暗がりの中、花形を見つめる。


「あそこにこの偽りの世界を生み出した黒幕がいます…だから、」

「それが短絡的だと言ってるのだ…楓殿。残雪唯は…黒幕ではない。薄々分かっているのだろう?」

「…っ。ですが。」

「一度落ち着け。まずは…考えをまとめる所から始め…」


意図せずに体が勝手に…動いた。


「……。」

「……っ。クク…」


包丁が首筋に当てられているのにも関わらず、花形さんは、怯えながらも不敵に笑う。


「アタシを…切り捨てるか。それもいいだろう。だが、アタシの話を聞いて欲しい。」

「……。」

「……クク。アタシは一人っ子故、正直気持ちはよく分からんが……家族を想う気持ちは理解出来ているつもりだ。」


首筋から少し血が流れる…死ぬかもしれないのに、それでも、花形さんの目は…


「……。」


包丁を降ろして、その場に落とす。


「……話を聞かせて下さい。」

「…分かった。手短に行くぞ。」


花形さんは首筋を軽く触りながら、話を始めた。


……



「…これで以上だ。」

「分かりました…協力します。」

「即答か。もう少し考えてもいいのだぞ?」

「もし話をしてくれた人が花形さんではなかったら、私はそれに賛同しなかったでしょう。」

「…そ、そうなのか……クク。流石…この世界を統括するべき存在であるこのアタシだ。カリスマ性に満ち満ちている。」

「…そうですか。」


私は持っているビニール袋を観察する。


「…ん?気になるのか?」

「少し、ですけど。」


花形さんはビニール袋に手を突っ込んで、それを私に渡した。


「…!!!これ、は。」

「サル共がよこした『佐藤やまねの隠し撮りコレクション3』だ。最悪、これを使って…ん、楓殿?」


本を開いて真剣にページをめくる。が、暗くてよく見えず仕方なく本を閉じた。


「…これ、貰ってもいいでしょうか?」

「……あ、うん。それは別に構わないのだが…袋も渡しておこうか?」

「ありがとうございます。では一度、家に戻ります…後で会いましょう。」


そう言って、袋を貰った私は、駆け足気味に家に戻りました。


「……アタシは、首に貼れる絆創膏でも買いにいくとしよう。」


そう呟き、楓が置いていった包丁を拾ってから花形はその場から立ち去った。




———生きていたいか?なんて、


そんなの、生きていたいに決まっている。昔のボクならきっと逆の事を考えるだろうが。


ここは実は煉獄で、誰かの魔道具によって生み出された世界だそうだ。


は?……馬鹿馬鹿しい。ワンチャン何かしらのドッキリ番組に巻き込まれた可能性の方がしっくり来るレベルだ。


師匠が悪魔とかも正直、ボクはあんまり信じてはいない。何だったら幽霊の方が身近に感じられる。ひめゆりの塔…特にあそこは別格だ。一度だけ行った事があるが、雰囲気的に明らかに何かがいるという事が、霊感がほぼないボクみたいな奴でも手に取るように分かるのだから。


でも、もし…万が一にも師匠の話が真実なら。


ボクはもう既に死んで……


「………。」


師匠は何も言わずにボクの返答を待っていた。


実は元の世界で生きてまーす…とかの可能性もなくはない……ないか。超常的な力とかそういう類のものでもない限り…


——上の間で複数人に陵辱されながら体中を死なない程度に色んな刃物で滅多刺しにされた後に、頭蓋骨を砕いて、その脳漿を死ぬまで飲まされたボクは、どんな奇跡が起きても生存出来ないだろう。


ボクは人間だけど……所詮、生贄なのだから。


「師匠…ボクは、」


生きたい。生きて生きて、生き続けて…


(まだ見ぬゲームやアニメ…あるいはそれすら越えるようなモノをずっと見ていたい。)


でも、悲しい事にどうやらそれはボクにとって…分不相応だったらしい。だから…仕方ないんだ。


「生きていたく…ないです。」


ふと白い皿を見ると、青い炎は消え蝋燭はすでに溶けきっていた。


……



師匠は軽く天井を見つめた。


「潮時か。」

「…?」

「立てよ、ガキ。」


ボクは座布団から立ち上がった。


「一度しか言わねえから、ちゃんと聞けよ?」

「…うん。」


師匠は座ったまま言った。


「お前さんはこれから………学校に行け。」

「…??」


学校?こんな真夜中に??どうして……


「それを説明するには生憎と、時間がねえんだ。とにかくそこを目指せ。」

「その、師匠はついて来ないのですか?」

「ケケ。オレがか?…お断りだ。それだからガキなんだよ…お前さんは。」


師匠は何かを投げてきた。


「これって…制服と、カバン?」

「早着替えはお手のものだろ?それに…カバンは…あれだ…雰囲気だ。」

「…意味がよく分かりませんが。」


ボクはパジャマを脱ごうとして…じっと師匠を見た。


「あ?…何だよガキ。」

「…師匠。後ろを向いてて下さい。」

「…っはぁ!?今更すぎんだろ!!!お前さんの羞恥心の判定はどうなってんだよオイ!!!」

「お願いします。師匠は幽霊じゃなくて…悪魔…なんですよね?」

「おい、まさかだと思うが『悪魔だけど見た目が男で実体があるなら欲情しますよね?』…とか言うつもりか?」


思った事を的確に言われ、思わず黙り込んだ。


「…っ。」

「いくら平均より少し胸が大きいからって、オレはガキの体見て欲情なんかしねえよ。悪魔舐めんな…でもそういう事をしでかす奴を知らねえ訳じゃねえけどな。」

「……。」

「チッ、しゃあねえ。後ろ向くから…それでいいか?」

「…ありがとうございます。」


ボクは師匠が後ろを向いた事を確認してから、

パジャマを脱いだ。


「師匠は、どうして最初からその事を教えてくれなかったんですか?」

「…質問はもう受付終了だぜ?自分で考えろよ。」

「…むぅ。じゃあ、学校に着いたら…ボクはどうなるのかぐらい教えて下さいよ。」

「……さあな。」


そして、ボクは制服を着た。


「もう、向き直ってもいいですよ。師匠。」

「あーガキに付き合うのは苦労するぜ。じゃあ、扉開けな……寄り道すんなよ。」

「…しませんよ。」


ボクは師匠に背を向けて、カバンを肩にかけて本堂の扉に手をかけた。


「…師匠。今までありがとうございました。」

「……何だよ?唐突に。」

「ぇ…いや、その何でも…ないです。」

「おいおい…しっかりしろよ……ったく…隠してたけどオレはな…感謝されるのが大嫌いなんだよ。」


ボクは扉を開けて、外に出る。その時…微かに師匠の声が聞こえた気がした。


「ケケ……気をつけて行けよ。ガキ。」


ボクは後ろにいる師匠にも聞こえるように、これで最後になるであろう言葉を呟いた。


「——行って来ます。」























































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