歪む世界

2-666 帰宅至上主義者の問掛

「…ついて来てるのは分かってるぜ、ガキ。」


鳥居の前。辺りは暗く、ボクの方に振り返った師匠の表情がよく分からなかった。


「おいおい…便所はここにはないぜ?」


確信はない。リスクの方が高いけど…


「…っ。」


暗い中、競歩で一気に階段へと歩を進めた。


「っ、馬鹿が!」


ボクの目的に気づいた師匠が少し慌てた様な声をあげる。


(…遅い。)


そのまま奈落に落ちるように、頭から落下して……間一髪の所で師匠がボクを抱き寄せて転がって、ある程度の地点で止まった。


「…チッ、危ねえじゃねえか。どうしたんだよ?」

「……やっぱり。」


体温が脈が…ある。


「師匠は…幽霊なんかじゃ、ないですよね?」

「……。」


師匠は無言でボクを抱えて階段を登り、鳥居の辺りで下ろしてくれた。


「…知りてえか?」


軽く唾を飲み込みながら、ボクは師匠を見て答えた。


「教えて下さい。」

「……いいぜ。今のお前さんなら、行けるかもな。」

「…?」


師匠はボクの手を掴み、歩き出した。


「え、師匠?」

「暗いからな。それに寒いだろ…また風邪引かれるのも困る………ガキのお守りなんざ御免だぜ。だから場所を変える。」

「…ボクの部屋に行くんですか?」

「違えな…本堂だ。お前さん、行った事ねえだろ。」


ボクは神主さんの手伝いはよくするのだが、本堂に足を踏み入れた事はなかった。


内心ちょっとだけワクワクしていた。


「今更ですけど…師匠、鍵とかあるんですか?」

「鍵?生憎、オレには必要ねえよ。」


師匠が本堂の錠前を触ると、鍵を刺してもないのに、カチリと音が鳴り…簡単に外れた。


「じゃあ行こうぜ。」

「はい。」


そうして、ボクと師匠は本堂へと足を踏み入れた。


……中は冷たい木の床があるのみで、装飾一つない空間が広がっていた。


「座布団だ。ほらよ。」

「師匠は…」

「オレはいらねえ…気にすんな。」


師匠から渡された座布団の上にボクは座った。



「よっと。で、オレが何者なのかって聞きたかったんだよな?」

「…はい。」

「悪魔だ。」

「…え?」


そう言うと師匠は床に寝そべった。


「なに戸惑ってんだ?悪魔だよ。悪魔。知ってるだろお前さんは…ここでいうゲームとかアニメとかでよくいるアレだ。」

「…それは知ってますけど。あの、師匠…」

「悪いがそれ以上は言う気もねえし、言えねえな。」

「っ、何でですか?」


師匠はさも当たり前のように言った。


「そういう『契約』だ。」

「…契約?」

「悪魔ってのは基本的に己の快楽を追求する存在なんだが、その一方で『契約』にはちゃんと遵守するんだよ。」

「刺激を求める為に…?」

「…へえ。よく分かったな。」


関心したように呟きながら起き上がり、何処からか白い皿と一本の蝋燭を出して床に置いた。


「…お前さんの漫画コレクションを読ませてもらった礼だ。これが溶けるまで、質問してもいいぜ?」

「漫画…そんなのでいいんだ。えっと、契約を遵守しなくてもいいの?師匠。」

「あーオレはちょっと例外でな。そこは考えなくていいぜ。後、オレの本当の名前は——」

「たとえ悪魔でも…ボクにとって、師匠は師匠です。」

「…ケケ。そうかよ。じゃあ…始めるぜ。」


師匠の指先が触れただけで蝋燭に青い火がついた。それを見て反射的に言葉が出ていた。


「…どうやったの師匠!!」

「おいおい、それが最初の質問かよ。」

「…ぁ、ごめんなさい。つい、驚いて…」

「そうだなぁ。オレは悪魔は悪魔でも『全てを奪う悪魔』でな。この炎は確か…昔、スロゥがオレに放ってきた奴だったか。」

「スロゥ?」

「隠してる訳じゃねえから詳細を教えてやってもいいが…お前さんは本当にこの話が聞きたいのか?」

「…いや、別に。」


そう言ってから、ボクは心を落ち着かせる。そして、あの時…花形先輩と話してた時に気づいた事を師匠に質問した。


「……ここは、何処なんですか?」

「…ケケ。」


師匠のその反応でボクの仮説が証明された。


「この世界はボクが知っている世界じゃない。」

「……。」

「何故なら…ボクは、」


ーー高2の冬休み…正確に言えば、12月31日に儀式の生贄に捧げられたのだから。


師匠は腹を抱えて笑い出した。


「…ヒヒ、ヒヒヒ!!やるなぁ、ガキ!よく思い出したな。」

「ボクが風邪を引いた時に夢を見て、それで確信に変わりました…いつも見ていたあの夢も…師匠の仕業だったんですか?」

「そうだぜ。事あるごとにオレがお前さんの記憶を奪ってたからな…ささやかなヒントくらい出さなきゃ、フェアじゃねえだろ?」


師匠は全く悪びれもせずに言った。


「生贄はオレの自由にしていいとか言ってたからな…折角だから連れて来たんだ…『煉獄』にな。」

「…『煉獄』?この場所が??」


全然そんな感じがしないのだが。師匠が珍しくフォローを入れてくれた。


「厳密に定義するなら、スロゥからくすねてた魔道具『世界3分クッキング』でお前さんの魂の記憶を解析して、それを再現した世界…か。」


どういう仕組みなのかは皆目検討もつかねえが、と呟いた。


「世界、3分…?」

「ガキの言いたい事は分かるぜ…アイツは賢い癖して、ネーミングセンスが壊滅的なんだ…察してやれ。」

「…はぁ。」


ふと蝋燭を見ると半分程になっていた。少し焦りながら、ボクが一番聞きたかった事を聞いた。


「玉木彩…彩ちゃんは…」

「ああ…その話か。当時、無力なお前さんが精神を安定させる為に作った、幻覚…イマジナリーフレンドだった奴の事か。」

「あの子は幻覚じゃない。花形先輩だって…え、だった?」


ボクは思わず聞き返すと、師匠はからかいながら言った。


「…ちゃんと聞いてたな。流石、学校では優等生。」

「話を逸らさないで下さい。」

「ケケ。ガキに説教されても、なーんも響かねえな…いかんせん昔の魔道具だから、色々とイレギュラーが起きてな…本来なら、お前さん以外の人間は偽物の筈だが、不具合で…3人、本物が混じったんだ。」


メンテナンスは大事だなぁと師匠は笑った。


「今の話とは関係…っボク以外に3人?」

「そうだ。3人中、2人は知ってるんじゃねえか?」


——花形先輩。帰り際の意味深な言動的にあの人は…きっと本物だろう。


もう1人は——


「……っ!?」


考えようとした途端、頭が割れるような激痛が走った。でも、思い出さないと…そうやって考えているとボクの頭に師匠の手が乗り、そのまま…髪をくしゃくしゃと撫でた。


「…何ですか、師匠??」

「ガキに対して意地悪な事を言っちまったからな…無理に思い出さなくてもいいぜ。」

「でも、」

「———やめとけ。」


真面目な声色で言われて、ボクはそれを考えるのを一旦、やめる事にした。無駄に頭が痛くなるだけだし。


「花形先輩…って言ったか?精々、感謝するんだな。玉木彩が存在できるようになったのは、そいつのお陰なんだからよ。」

「花形先輩が…?」


師匠は短くなった蝋燭を軽く一瞥した。


「……オレが答えてばっかじゃ、つまらねえな…折角だしオレも質問していいか?」

「何ですか師匠?」


師匠はいつもの軽い感じでこう言ってきた。



「お前さんはずっと、この世界で生きていたいか?」



ボクの心にその言葉は——とても重く、のしかかった。 






















































































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