2-5 帰宅至上主義者の疑念
いつも通り早くに学校に着いたボクは、荷物を自分の机に置いてから袋を持って体育館に向かった。おそらくこの時間は…
「……あっ、残雪さん!風邪治ったんだね。」
「これ。」
バスケのシュート練習をしていた中野さんにボクは袋を手渡した。
「…あ、わたしの制服。」
「ちゃんと…洗濯してあるから。」
するべき事を果たしたボクは中野さんの練習の邪魔にならないよう早々に競歩で去ろうと…
「待って!」
「…っ」
する事が出来なかった。ボクの手を掴まれて動きが止められたからだ。
「残雪さん…明日って時間ある?」
無い。と言えば嘘になるだろう。明日は土曜日…つまり休日なのだ。中野さんはボクの休日の過ごし方を知らない。よって、ここで断るのが正解なのだが……
「…ある。」
「!良かったぁ。」
喜ぶ中野さんを見ながら、ボクは恐る恐る質問をする。
「…何をするの?」
「残雪さんの傘を…返したくて。」
その言葉を聞いてボクは安心した。てっきり、もっと何かしらの受難が降りかかると思っていたから。
ーー故に、ボクは油断した。
「残雪さんって、休日…何してるの?」
「午前中…運動ジムとかに行ってる。」
自身の情報を…弱味を他人に話すという愚行を…らしくもなく、してしまった。
(…っ、しまっーー!?!?)
覆水盆に返らず。中野さんの目が輝く。
「じゃあ、明日の午前中…うん10時くらいに、一緒に運動ジムに行こう!そこで傘を返すよ。」
「……」
もうこの際仕方ない。ボクは覚悟を決めた。
「残雪さん?」
「…分かった。ジムの場所…教えるから。」
「ありがとう!楽しみにしとくね!!」
できれば楽しみにしないで欲しいが…こうして、ボクと中野さんで土曜日。運動ジムに行くという約束を交わした。
……放課後。普段なら即帰宅している時間帯。
僕は大講堂にいた。
「…わざわざお時間を頂き、ありがとうございます。花形先輩。」
「アポは朝に取ってあるだろう?隣に座りたまえ。」
「…失礼します。」
花形先輩の右隣に座ると、遠くから声が聞こえた。
「部長!舞台の調整が整いました!!」
「よし、開幕だ!!…今度は焦らんようにな。」
「努力します!」
生徒の1人に指示を出した後、申し訳なさそうな表情でボクを見て言う。
「今は次の舞台公演で行う演劇の練習が佳境に入っている故、それを見ながらになるが…いいか?」
「…大丈夫です。」
そうこうしていると、演劇が始まった。見覚えのある人達がそれぞれの役を演じていた。
「…あの、演劇部に……先輩?」
「ちゃんと聞いている。続けてくれ。」
「単刀直入に聞きます……玉木彩という人を知っていますか?」
冬休み初日…確かに花形先輩は彩ちゃんと話をしていた。
「…玉木彩?フッ…」
「…?」
一瞬、俯いたと思ったら…盛大に笑い出した。
「クク…知っているかだと。その質問の答えはイエスだ!断言してやる。このアタシ、花形 羅佳奈の名においてな。フハハハハハハハハハハ!!!!」
「…っ、うるせえよ!!!!」
「ハハ…はっ!?…あっ、これは…すまなかったな…諸君。一度休憩を挟もうか。」
「結構良いところまでいってたんだぞ!!」
「…落ち着いてガイラ様。暴言を控えて下さい」
「やまねちゃん…いや、サラ姫の言う通りだね。休める内にちゃんと休まなきゃ〜」
「あー!!………はぁ。今回だけだぜ?」
「…本当に申し訳ない!この恩は必ず返そう!!」
椅子から立ち上がって、舞台上の人達との言い争いをし終えたのか、花形先輩はボクの方を見る。
「玉木は学校が再開した初日以来、こっちに顔を出していない。奴は我が演劇部のサボり魔代表だからな。」
「そう…ですか。」
「…何、奴がいなくても…今のところ問題はない。本番に来てくれさえすればな。これを言うのは癪だが…玉木は本番に滅法強いからな。」
「……。」
演劇部に来ていない。元々、学校をよくサボっている事はボクも知っていた。でもこれで…確証は持てた。
(花形先輩が知っているという事は、彩ちゃんは実在している。それに…)
ボクは椅子から立ち上がった。
「…何か分かったのかね?」
「何となくですが…はい。花形先輩…今日はありがとうございました。」
「また聞きたい事があればここに来たまえ。歓迎しよう…帰る前に一つ質問してもいいか?」
「…何ですか?」
「我が演劇部の演技を軽く見て…どう感じた?」
「えっと…」
「何でもいい…率直な感想が聞きたい。」
さっきとは違い、真面目な表情で聞かれて、ボクは少しテンパリながらも答えた。
「ごめんなさい…演劇はそんなに見なくて…でも、上手だとは…思いましたけど。」
「…そうか。かなり唐突に質問をしたが、ちゃんと答えてくれた事…感謝するぞ。えっと…」
「2-3組の残雪 唯…です。」
「残雪唯か…よし覚えた。ああ、引き留めてしまってすまなかったな。」
「それでは…失礼します。」
花形先輩にお辞儀をしてから、ボクは大講堂の外に出て行った。
それを花形は見送ってから、椅子に腰掛ける。
(この世界を統括するべき存在であるこのアタシが率いる演劇部の臣下や配下達…ハハ。やはり違ったか。よく似せてはあるが…偽物だ。)
「おい…何カッコつけてんだよ、部長。」
「先輩、疲れましたか?」
「まあ一応、監督だし割と多忙だからね。」
「…クク。精々付き合ってやろうじゃあないか。さて…そろそろアタシも行動を開始するとしよう。」
その発言を聞いた3人は、訳も分からず揃って首を傾げた。
……
家に帰還し神主さんと夕食を摂ってから、ボクは自室に入り、ゲームをし始めた。
「…今日は帰りが遅かったな。」
「……寄り道ですよ。師匠。」
「お前さんが寄り道?…ヒヒッ!!今日一面白れえな、それ。」
風邪を引いた分、ちゃんと周回しないと…
「あっ。今日って…推しのパックアップの日じゃん。危ない危ない、忘れる所だった。」
ーーでもどうせ、爆死だし…いっか。
「ん…?」
何でそれが分かるんだ?これが俗にいうデジャブって奴か。しかも結構、ガチャの結果とか鮮明に覚えていてるし。
(…試しに回すか。)
デジャブでも、ここで回せば運命が変わるかもしれない。ボクは推しの為に大量に残しておいた石を使ってガチャを回した。
(……ぇ。何で。)
結果は、ボクが知っていた通り…爆死だった。
ボクは机に突っ伏し、絶望した。
「…師匠〜爆死した。」
「こういう時は、ザマァって言えばいいんだよな?ガキ…ザマァ(笑)」
「うるさい!もう寝るっ!!どいて…師匠。」
「お前さん、もう寝るのかよ?」
「明日…やる事があるから。」
「明日って…土曜日か。確かジムに行くんだよな?」
「…ん。そうだよ。」
「まあ、精々楽しんで来いよ…じゃあな。」
そう言って師匠は部屋から出て行った。ボクはすぐに部屋の電気を消し…パソコンのメモに記入してから、こっそりと部屋から出て…廊下を歩く師匠の尾行を開始した。
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