2-4 帰宅至上主義者の風邪

ーーーボクは現在、最大の危機に陥っていた。


布団の中で咳をしながら、体温計を見る。


ーー38.6°C


枕元に体温計を置いてため息をついた。

体は怠く、食欲も皆無。何よりも…


(頭が…すごく痛い。)


普通の風邪とかなら、いつも通りにゲームをしたり、アニメや漫画とかを平日に楽しめるとかいう最高のイベントの筈…授業ノートに目を瞑れば。


でも、そうなった原因は分かる…昨日、中野さんに傘を貸したからだ。


「それは違うな、ガキ。」

「……師匠?」

「お前、昨日…風呂上がってから下着姿で深夜までずっとゲームしてたからだろ?」

「……。」


その発言に思わず黙ってしまったが、ボクは咳こみながらも、椅子に座り漫画を読んでいる師匠に反論する。


「…ケホッ……んん。ボクは暑がりだって、前にも言いませんでしたか?」

「…この時期に冷房つけてんのはお前さんくらいだぜ?…はぁ。もっとマシな嘘をつけよ。」

「暑がりなのは別に嘘では…っゲホッ…ゲホッ。」

「……チッ。」


読んでいた漫画を閉じて椅子から立ち上がった。


「薬、買ってきてやる。」

「…買ってくるって…え?師匠が、ですか?」

「まあな……こうなったのは、多少はオレのせいでもあるしな…おっと、言いすぎた。」

「…?」

「気にすんな。…ガキはさっさと寝て治せ。水分補給はしっかりしろよ?」

「…言われなくとも……ゲホッ。分かってますよ。」


師匠はそう言い残して部屋から出て行った。


「…師匠、どうやって薬を買ってくるんだろう?…幽霊なのに。」


とりあえず、万引きしてないといいなと思いながら、水分補給をしてボクは眠りに落ちた。


……◾️◾️◾️。


ーー中学の頃は本当に地獄だった。生きていくのが苦しくて、何度死のうとしたのか…分からない。


……◾️き◾️!


ーー学校は嫌いだ。そう考えるようになるのにそう時間はかからなかった。


……◾️きてって!


ーー誰もボクを助けてはくれなかった。家族も先生も、皆…みんな。だからボクは…


…仕方ないなあ。冷えピタを…えいっ!!



額に冷たい感触がして、思わずボクは布団から体を起こした。


「やっと起きたの?本当、お寝坊さんなんだから。」

「…彩ちゃん?」


いつの間にかボクの部屋に制服姿の玉木彩…彩ちゃんがいる事に少し驚きつつ、状況を整理する。


(またあの夢か…ここ最近になってから頻繁に見るなぁ…全然、身に憶えはないけど。)


ぼんやりと考えていると、彩ちゃんが明るく言ってくる。


「お粥作ったんだけどさ…食べる?」

「…いや、いい。」

「唯ちゃん駄目だよー。風邪引いた時こそ、ちゃんと食べなくちゃ…ね?」

「…う。」


そう言われて渋々、ボクはお盆に乗った真っ赤なお粥をスプーンですくって食べる。


「どう?美味しい??」

「…もっと辛くてもいい。」

「これでも結構辛くしたのに、これ以上は唯ちゃんの体が壊れちゃうって!マジで、これ本当ガチだから。」

「…むう。」

「そんな表情で見つめられても、駄目なものは駄目だし。風邪が治ったら、また辛い食べ物ツアーに付き合ってあげるから…今日だけは勘弁してよ、唯ちゃん。」

「……分かった。」


お腹が空いていたのかあっと言う間に、食べ切った。


「…ご馳走様でした。」

「お粗末さまってね。どう?少しは元気出てきた??」

「…少しは。」

「うんうん。ならオールオッケーね♪学校サボってきた甲斐あったわー。」

「……やっぱり。」


道理でここにいる訳だ。何となく分かってはいたが。


「…っゲホッッ!!」

「うわっ!?ちょっ大丈夫!?」

「……ん。また寝る…冷えピタ、ありがとう。」

「…そうだね。じゃあ、あーしはそろそろ帰るわ。お皿洗いくらいはしとくから。」

「……助かる。」

「後、道中で桃缶とアクエリ買ったからここに置いとくね。じゃ、お大事に!」

「…うん。」


そう言って彩は部屋から出ていき、ドアを閉めた。


「…ありがとう。」


言いそびれた言葉を呟きながら、ボクは布団の中で目を瞑った。



ーー残雪家は古来より、◾️◾️崇拝の家系だった。


50年に一度、一族の中から1人が◾️◾️召喚の儀式の生贄として選ばれる。



ある日の事。学校から帰ってきたボクは珍しく両親に呼ばれてリビングへと足を運んだ。


「喜べ唯。今回の儀式の生贄に選ばれたぞ!」

「……」


いつもは「出来損ない」とか言って、殴ってくるお父さんが嬉しそうにそう言ってくるのを見て、ボクは内心、嬉しかった。


ーーやっと、終われる。


地獄の様な学校生活や腐りきった家族との関係からようやく、解き放たれるんだ。


「…これから儀式の為に、本家に行くから準備なさい。」

「……学校は?」

「もうそんな所に行かなくてもいいの。さあ、行きましょう?」


いつもは冷たいお母さんは、ボクが生贄になった事を心底喜んでいるようだった。


「おいおいはしゃぐなよ…みっともない。」

「っ、分家の私達の子が生贄に選ばれたのよ!?これは名誉ある事なの。分かるでしょ?」

「…そうだな。だが成功するとは限らないんだぞ……何千年のうち、過去に3回しか成功した事がないじゃないか。これが失敗したら俺達は……」

「何今から心配してるのよ!!大体あんたはーー」


痴話喧嘩を聞きながら呆然としているのに気がついたのか、お父さんがボクを怒鳴りつける。


「何そこでぼっーとしてんだ!お前はさっさと部屋で身支度を済ませとけ!!」

「…分かりました。」


そう言ってリビングから出て行き、自分の部屋…押入れへと向かう。


(…持っていける物なんて、ボクにはないのに。)


ボロボロの布団と下着しか無い押入れを見ながら、ボクはそんな事を思った。


……



「いい加減に起きろガキ。薬を買って来てやったぞ。」

「……あ。」


師匠の声でボクは目を覚ました。どうやらまた夢を見ていたらしい。


「…呆けた顔しやがって。さっさと体を起こして、コレ飲めよ。」

「……分かった。」


寝ぼけながら薬を飲んでいると、机の上にある物に師匠は気がついた。


「…おっ?桃缶とアクエリか…これオレが食ってもいいか?」

「師匠は駄目です…貰い物ですし、それに幽霊は食事とかしなくても大丈夫ですよね?」

「…ケッ。面倒な設定にしちまったかもな。」

「…?」

「じゃあな。オレは適当にぶらついてるからな……明日には治せよ。傘…取り返さなきゃだろ?」

「…言い方が悪いですよ。師匠。」

「動揺してたんだろ?…お前、友達いないもんな。そうじゃなきゃ、あんな奇行に走らないもんな。」

「いや、親友はいます…」


ーー違和感。


「あ…れ?」

「…親友だあ?…ついにお前さん。孤独を拗らせて狂ったか。」

「いや…確かにこれは彩ちゃんから貰って…」

「彩ちゃん?誰だそいつ。どうせ、神主から貰ったんだろ。」


真顔で師匠は言う。ボクは言い返そうとするが、何故だか言葉が出てこなかった。


「そんな、事は…」

「さっさと桃缶とアクエリ食って飲んで寝ろ…ガキ。」


そう言い残して師匠は部屋から出ていき、扉を閉めた。ボクは布団から出て、机にあったぬるくなったアクエリを飲む。


(そうだ。ボクには友達も…親友もいないんだ。じゃあ、あれは…誰?)


桃缶を側に置いてあった缶切りで開けて、ベットに座り、フォークで刺して中身を食べる。


「あの夢といい…ボクは何かを忘れてーー」


思い出そうと記憶を辿ろうとして…頭に激痛が走り、途中で思考を止める。


「……ご馳走様でした。」


とりあえず、それは元気になってから考えようと心に決めながらボクはゴミを捨ててから風呂場でシャワーを浴びて、快楽に溺れる事なく…明日の為に睡眠を取ることにしたのだった。

















































































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