2-3 帰宅至上主義者の運動

ーー体育。それは高校生にとっての活力剤。

授業で鬱屈した脳みそや肉体をリフレッシュさせる絶好の日。


「今日さ、男女合同でバスケなんだって!」

「えー男子とか強いじゃん〜。」

「でも、山崎君のバスケ姿が見れるよ!!」

「あぁ〜絶対カッコいいんだろうなぁ…」


キャッキャと女子更衣室で騒ぐのを嫌でも聞きながらボクは体操着に着替えて体育館へと向かう。


渡り廊下から外を見ると、外は雨が降っていた。


「…おのれ、雨。」


誰もいなかったのもあってつい言葉が漏れる。

ボクは雨が嫌いだ。何故なら帰宅難易度が急激に上がるからだ。正直、今でも傘をつけながら濡れたあの階段を登るのは少し緊張する。


「しかも6限の……体育。」


ボクは日頃の帰宅の為に、休日欠かさずにジムに通っている為、運動は得意ではあるのだが、問題はそれをやる時間だ。


「…着替えのロスタイムを考えたら、確実に家に帰るのが遅れる。」


そんな残酷な事実を噛み締めながら、ボクは体育館に入った。





ーー皆が体育館に来て先生の指示の元準備運動をしてから、ボクとしては忌々しいチーム分けが始まった。


このクラス…二年三組は36人いるから一組五人で7チームできる。で、クラス交流を全くしない奴が必然的に一人残る訳だ……このボクが。


「…ああ、また残雪か。じゃあ…女子しかいないFチームでどうだ?」

「……分かりました。」


そう言って、ボクはいつもの恒例行事を終わらせ、先生に言われた場所に向かった。


「残雪ちゃん、よろしくね。」

「…よろしく。」


チーム分けが終わり、先生が小さい紙にボールペンでAからHまで書き、箱に入れて軽く振った。


「7チームだからこれで対戦相手を決めるぞ。代表一人、こっちにこい。」


各々の代表が引いていく。


「私達当たりだよ!準決勝まで試合しなくてもいい!!」

「「「「やったあ!!」」」」


このチームはどうやらインドア派で構成されているらしい。まあ、ボクもだが。


そうして第一回『二年三組バスケットボール大会』が開幕した。


第一試合…Aチーム対Cチームは

特に見どころもなくAチームが勝利。


第二試合…Dチーム対Gチームはというと


「っおら!」

「…あっ、ボールが!!」

「今だやまね、パスっ!」

「任せて、聖亜くん。」


山崎のボールをやまねがキャッチし見事にシュートを決める。終始そのパターンでDチームを圧倒しつづけた結果、Hチーム勝利した。


「残雪さん、そろそろだよ。」

「…了解した。」


そして、第三試合…Bチーム対Fチームの試合が始まった。ボクにとってこの手のスポーツの勝利条件は決して勝つ事ではない。


「……。」


ボクは試合が始まった瞬間に、ボールがある方向の逆方向へと向かい、試合をただ観察する。


「…中野ちゃんっ、」

「よしいくわよ!」

「止めるぞ、石田、坂部!」

「女子だけのチームに負けてられるかよ!」


(中々にいい勝負をするな。)


ボクという戦力外がいるというのに善戦しているのを見ながらボールの…パスが届かない場所へとまた移動する。


何故ボクがそんな事をしているのかと言えば…『味方の迷惑になりたくないなら、ボールから避け続けたらいいじゃない。』というボクが中一の頃に気づいた悟りに従っているからである。


そして先生の笛の音が試合が終わった事を告げた。今回も上手くいった事にボクは少しだけ喜びを感じる。


「…よし、勝ったわ!」

「流石だね、中野ちゃん、バスケ部だもんね。」

「ぐやじいいいいい!!!!」

「…まあ、そうなるわよね。ほら戻るよ」

「八戸さんは悔しくないのかよお。」

「…試合ってそんなものでしょ?」

「もう、八戸ちゃんはドライなんだから。」

「ああくそ。帰ったら、自主練してやるー!!」


Bチームの男が愚痴をこぼしながら、元いた場所へと帰っていった。ボク含むFチームも戻る。そしてまもなく始まった第四試合…Aチーム対Gチームは言うまでもなくGチームの圧勝であった。


(…最悪だ。)


次の相手がGチームである事は予想通りであったとはいえ少し苛立つ。何せあのチームには……


「ドンマイ、ドンマイ!ははっ。いい勝負だったよ?」

「…く、くそったれれれ!!お前何もしてねえくせにーー!!!!」

「あははっ☆何言っても負け犬の遠吠えだね。いやあ、気分最高!!」

「…その辺にしとけ。こいつらだってかなり奮闘したんだからよ。」

「本当にごめんなさい。谷口くんいつもこうだから…」

「フッ…まあまあ、やまねちゃんがそう言ってるんだし、許そうぜ〜なあ、皆。」

「「「「「お前のせいだろっ!!」」」」」


Bチーム全員が口を揃えて言ったにも関わらず、谷口はヘラヘラとした表情を崩さなかった。


「次、Fチーム対Gチーム…出てこい。」

「先生に呼ばれたかって、皆もう行ったのか。はあ、じゃあね負け犬達…私は決勝戦に行かなきゃだからさ…君達とは違ってね。」

『…死ね。』

「うん、ダイレクトに言われると……流石傷ついちゃうゾ☆」


負けたチーム全員からの罵詈雑言を軽く流しつつ煽りながら谷口は自分のチームのがいる所へと向かった。


「お待たせ先生!さっさと始めてよ。」

「…では、始めるぞ。」


笛の音と共に試合は始まった。


「悪いが、女子だからって手は抜かないからな。」

「…っ、ボールが!?」

「やまねっ、パス!」

「任せて…聖亜くん。」


試合の主導権はGチームが完全に握っていた。


「ナハハ!我がチームは無敵でありまぁす!」

「同感だね。やまねちゃんと山崎君のペアっていうフィジカル最強組だもん。負ける気がしないね…ん?おやおや??演劇部二人に負けてますよ〜女バスエースの中野ちゃん?」

「っ、うるさいっ!!」


いくら中野さんが強くても、一人なのだ。普段と違うチームで思うようにパフォーマンスが出来ないのだろう…正に多勢に無勢。そうしてどんどん点が取られていく。それを見てられなかったのか、先生がふと言った。


「…じゃあ、女子が一回ゴールを決めたらその時点そのチームの勝ちにしよう。」

「は?俺達のチームに女子はいねえぞ。」

「…何言ってんの山崎君…いるだろう?ねえ、やまねちゃん?」

「っ!?あの、何度でも言うけど僕は男だよ。」

「…ナハッ、ならノープロでありますねえ。」

「長野原くんまで!?」


先生は続けてこう言った。


「で、それで負けたチームは残って体育館の片付けだ。」


(…………え。)


ボクは咄嗟に体育館にある時計を見た。

…20分残っている。


(これ、さっさと終わらせたら…)


授業が早く終わる。

   ↓

家に帰れる速度が上がる!?


ーー戯れは終わりだ。


「…先生、始めましょう。」

「残雪?」


周りがざわついて谷口が何か言っていたが、ボクは気にせずに中野さんの方に行く。


「残雪…さん?」

「…隙を作るから、中野さんは後ろにいて。」


そうして試合が再開した。ボールはボクが持っている。


「ハッ、容赦しねえぞ!!」


予想通り山崎聖亜がボクに先行してくる。


「…は?」


体が当たるギリギリのタイミングで避けつつ、ボクは競歩でドリブルしながらゴールへと向かう。


「っやまね、フォロー頼む!」

「うん、行くよ!」


佐藤やまね。こんなボクみたいな奴でも親切に振る舞ってくれる人物の一人。


ーーーだが、今は帰宅の邪魔だ。


前から佐藤やまねが来ていて、後ろからまた山崎聖亜が迫ってくるのを肌で感じながらボクは競歩のギアを一つ外した。



中野含めた全員がその光景に釘付けになっていた。


「…舞踏、みたい。」

「……そうね。」


実質、5対1の筈なのにそれを気にする事なく競歩で器用にドリブルしながら、ギリギリで避けながらも確実にゴールへと向かうその姿に中野は思わず見とれていると、ゴール手前で残雪さんが振り返った。


「っ、中野さんパスです!」


(……え、あたし?)


「!?おい、マジか。」

「えー。」

「っ早く行かないと…えっと、谷口くんと長野原くん…大丈夫?」

「…久々の運動で……私ちょっとキツイ…。」

「端的に言えば…死にかけでありまぁす!!」


ボールをあたしは難なくキャッチした。Gチームが迫ってくる。


「この距離………………ふふっ、そっか。」

「中野ちゃん?」


少し笑いながらも、集中して狙いを定める。


ーースリーポイントシュート。あたしが唯一、全国大会で失敗しその結果、準優勝に終わってしまった因縁の技……でも今は違う。


あの時とは違う。あの日から何度も何度も部活のメンバーにも言わずに朝早くから一人でやってきたではないか。


(もしかして…知ってたの?)


あたしがいつも教室に入ると必ず残雪さんは自席て勉強をしていた。気晴らしなのか、残雪さんはよく休み時間に校舎を徘徊しているのを何回か見た記憶がある。


(きっとその時に……なら!)


その期待に…応えなければ。


その想いを胸に秘めながらボールをゴールに向けてシュートしたーーー


……



帰宅途中。ボクは後ろから声をかけられた。

普段なら無視を決め込むが、その意思とは裏腹に後ろを向く。


「はぁ…はぁ……残雪、さん。」

「……中野さん?」


雨の中にも関わらず、傘をつけず全力で走ってきたんだなと、苦しそうに息を整えている中野さんの様子を見て理解した。


(あのコンビニがあるからここは約8km付近…の筈なんだけど…)


運動部の底力に内心改めて戦慄した。が今はその事は一旦置いておいて、中野さんを傘に入れながら、近くにある屋根のある休憩所に中野さんを誘導し、スクールバックからタオルを取り出して手渡した。二人はベンチに座る。


「…何しにきたの?」

「ありがと…えっと、」


こんなに制服が濡れるリスクを冒してわざわざ会いにきたのだ。きっとボクが帰った後に担任とかに頼まれて来たに違いない。決して自慢ではないが、ボクはクラスのグループに入っていないから。


「今日の体育の授業の時さ、残雪さんはわたしにパスしてくれたでしょ?」

「…え。」


あまりに予想外の切り口から攻められて、ボクの思考が軽く停止した。話は続く。


「残雪さん、何故か殆ど体育に参加しないからその…嬉しかったんだ。」

「……」


それについては本当にごめんなさいと心の中で呟きながら、言葉を発した。


「…え、それだけ?」

「うんそうだよ…何かさ、言っておいた方がいいってあたし思ったから…迷惑だったかな?」

「…っ、そんな事。」


迷惑なのはむしろ、さっさと帰ったボクの方なのに……雨は未だに強く降り続けている。


「……ごめん。」

「何で残雪さんが謝るの?」

「だって……」


ーーーボクみたいな奴がいない方が皆は楽しい筈だ。


…何て言えなかった。


「残雪さん?」


顔を見ると中野さんは心配そうな表情を浮かべている。


(もし……だったらきっと、友達になれてたんだろうな。)


ん?何を考えてるんだ…今のボクが中野さんにするべき事はとっくに決まってるじゃないか。


「あの…中野さん。」

「何?残雪さん?」


……



「ーーそれで、そんなにびしょ濡れになってんのか、笑えるなぁ!!オイ。」

「師匠は黙って下さい。はぁ…」


あの後、他愛のない会話をし続けたが一向に雨が止む気配がなかったので、ボクは中野さんに傘を貸した。ボクの家からは逆方向に位置している事は分かってたし。だが、中野さんの制服が濡れて少し下着が透けている状態のままで家に帰す訳にはいかない事に気がついたボクは、休憩所のトイレに半ば強引に連れ込んで、制服を脱がして着せ替えた。幸いサイズはまあまあ同じ……訂正。胸が少しキツかった。そうして休憩所から出て、挨拶を交わしてから別れて…今に至る。


「要は人助けかよ…普通の人間なら最適解だろうが『帰宅至上主義者』としては失格だぜ?」

「…その結果、最低記録を更新しましたよ。」

「ケケッ、そうかい!」


ボクはあまり長くない髪をタオルで拭きながら、ため息をついた。


「でも、走らずにここまで競歩で帰って来たのは…褒めてやってもいいぜ。」

「雨の日ほど危険な日はありませんから…ていうか師匠、見てたんですか?」

「おう。お前さんにしては珍しく帰りが遅かったからな。こっそりと見ていたぜ…あ、別に心配とかしてねえからな!」

「…分かってますよ師匠…ヘクチッ。」

「ん、おいまさか…その程度で風邪引いたのかよ?やっぱガキだなぁ。」

「…っ、違いますって!!…ただ少し肌寒いだけですから。」


着替えてから神主さんと晩御飯を食べ、風呂に入りいつもの様に快楽を満喫したボクは翌日、

案の定と言うべきか…盛大に風邪を引いた。

























































































































































































































































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