2-2 帰宅至上主義者の歴史

『帰宅至上主義者』とは帰宅の為なら何だってする帰宅部の頂点に君臨する存在の事である。


その歴史は古く、


その初代、島津義弘は関ヶ原の時にただお家に帰る為だけに仲間を犠牲にするという捨て奸という斬新な『帰宅法』で家康含む東軍を驚愕させた事は帰宅部ならば誰でも知っている事実である。


その死んでもお家に帰るという確固たる意志を持つ人物の事をのちに『』と呼ばれる様になった。


初代がいなくなった後、それを継げる程の実力者は現れずに空席は大正時代まで続いた。


そして二代目を襲名したのは『飯田喜太郎』という当時18歳の男だった。


彼は帰宅はと言い、その『帰宅法』はその美しさに道ゆく人々を魅了した。


しかしある日…いつもの様に、帰宅に興じているとバスに轢かれそうになっている少女がいた。内心葛藤しつつも自身を犠牲にして少女を突き飛ばし、飯田はそのまま轢かれてその生涯を閉じるという帰宅の根本である「家に帰る」という目的を達成出来ずに亡くなるという無念の最期であった。


そうして月日が流れ、令和になりとうとう三代目にふさわしい人物が現れる。


その少女は齢13歳にして、歴代の『帰宅至上主義』をも越える『』に目覚め帰宅部史上類を見ない程の帰宅の才能を開花した。


その『帰宅法』は…。


ーー帰宅時、


一見、簡単そうに見えるがこれこそが最高難易度の『帰宅法』であり、歴代の『帰宅至上主義者』達とは考え方がまるで真逆のやり方でもあった。


その後、15歳になった頃に亡くなった筈の『二代目』と遭遇し帰宅の指導を受けながら、16歳という年齢で三代目の『帰宅至上主義者』の肩書きを背負う事になった…。



「…っていう感じだよな〜懐かしいぜ。」

「突然語り出してどうかしたんですか、師匠?」

「へっ、何でもねえよ。お前さんはさっさと楽しい楽しい学校にいきやがれ。」

「…それ、皮肉で言ってますか?」


そう言いながら、ボクは制服に着替える。


「…よくもまあ、堂々と男の前で着替られるよな。」

「師匠は幽霊ですから、欲情とかしないのは分かってますよ。」

「まあな…はぁ〜つまんねえな。」


そう言いながらボクのベットに寝転がり、漫画を漁り始めた。


「…じゃあ行ってきますね。」

「おう、気をつけてな。」


漫画を読みながら軽く手をヒラヒラとする姿に少し殺意が芽生えつつ、ボクは自室から出て

神主さんに挨拶をしてから外に出た。


「……寒っ。」


日がまだ登っていない…現在時刻は朝の4時25分。少し寝過ぎたみたいだ。


「…少し急ごう。」


そう呟きながら、階段を降り始める。やはり登る時よりも、降りる方が大変だ。


「駄目だ。」


このペースだと間に合わない事を悟ったボクは

一度頂上まで戻りゴミ捨て場から潰れたダンボールを持ってきて斜面に置いて即座に乗った。


ーー即席のダンボールそりで一気に下へと向かう。一歩間違えば木に激突したりそのまま転げ落ちる事になるが、


「…っ、」


絶妙な体重操作でそりの方向を変え、木や岩を避けながら道路に出ない様に速度を落としつつ、見事に下まで到着した。


(…前より、上手くなったかも。)


そう思いながら、ボクはボロボロになったそりを持ちながら、学校へと向かう。


(……はあ。)


学校が近づけば近づくほどに憂鬱な気分になる。3時間後、学校の校門をくぐり学校のゴミ捨て場にそりを捨ててから校舎に入り、靴を履き替えた後に自身の教室に入り扉を閉めた。


「…誰もいない。」


ボクは誰もいない静かな教室は好きだ。

その余韻を感じながら椅子に座りスクールバックから使う教科書系を机の中に入れてから、今日の小テストの勉強を始めた。


学校にいる唯一のメリットは勉強に集中できる事だと、ボクはそう考える。そうして黙々と勉強をしているとクラスメイトが続々と教室に入ってくる。


「おはよっ☆唯ちゃん!」

「……。」


谷口馨を無視して勉強を続けた。ん、この問題は絶対に出るだろうなぁ。


「えっ!?…無視っ!?!?」


ボクは基本的に積極的に話をするタイプではない。下手に喋って精神を磨耗させるよりも黙って生活した方が学校生活を送る上ならとても効率が良いのだ……ぜひ参考にしてみて欲しい。最初は苦しいだろうが案外慣れたら簡単だ。


「…はぁ、相変わらずだねえ。」


諦めたのか谷口馨は自席に座り準備を始めた。そして、担任が現れて朝会をしてから授業が始まった。


今日は体育がなかったから、集中していたらいつの間にか授業が終わり、昼食の時間になっていた。


いつもなら親友の玉木彩と一緒にお弁当を食べるのだが、どうやら今日は学校を欠席しているらしいという事を谷口馨がペラペラと言っているのを聞いて知っていた。


ボクの性格上、どうせトイレで食べると思っているかもしれないが、そんな事をせずにカバンから、朝に作ったお弁当を取り出して机で無言で食べる。


(……美味しい。)


トイレや誰もいない様な場所で食べる行為はむしろ逆効果である。昔、それをやったら帰ってきた時に机に落書きがあった事は今でも記憶に新しい。故に逆にこういう場所で食べた方がいじめは起きにくいのだ。


(というかこのクラスになってから、いじめを見た事がないな。)


恐らく、そこら辺の事は忌々しくも委員長である谷口馨のお陰なのだと認めなければならない。20分後昼食が終わり、午後の授業を終えたボクは帰りの支度を即終わらせた。


(そういえば、今日…掃除当番かぁ。)


そう思っていると担任の話が終わる。


「…長野原、号令だ。」

「ナハハッ。起立でありまぁす!」


クラスメイトの皆が立ち上がり、さようならの挨拶をした。ボクは。それを誰も咎める事はしなかった…何故なら、


「…へっ!?あれっ教室めっちゃ綺麗じゃん。」

「黒板掃除もゴミ捨ても全部、帰りの支度をしてた時に……。」

「じゃあさ、佐藤君。私達どうしよっか?」

「そうだね……机の場所の整理だけやったら、先生に報告しようか。」

「うんうん、賛成だ!」


そんな事が聞こえた気がしたが、ボクは帰宅に専念する。今日は外せない用事があるのだ。


(『青の公文書』のメンテ明けの新ストーリーをやらなくては。)


その内容は都合により割愛するが、ボクがハマった10個のソシャゲの一つだと思ってくれたらいい。


「……。」

「…っ来るぞ、『帰宅至上主義者』だぁ!!』


十数人の男達が行く手を阻む。ボクを嫌い帰宅を妨害する生徒はとても多いのは知っていたが今はそんな奴らに構っている暇はない。


(何としてでも、リアタイでプレイするんだ。)


普通ならあの人間の壁は突破出来ないが、ボクならやれる。


『…は?』


驚くのも仕方がない…競歩でギリギリ当たらない程度に男達の近くまで接近した瞬間に


「くそっ、飛び越えやがったぞ!」

「…黒…だった。」

「?おい、何言ってやがる。」

「っ!だよな、あれやっぱ黒…」


後ろがガヤガヤと騒がしいが、気にせず前進し校門付近まで来ていた。


「止まれ『帰宅至上主義者』……勝負だ!」


できる訳がない事を無視しながら、歩みを止めずに、ただ競歩を続ける。


「今度こそ『帰宅至上主義者』になるんだぁー!!」


こういった『帰宅至上主義者』になりたい者もボクの前に度々現れる。正直、邪魔でしかない。


「うおおおお!!」


ボクが校門から出た瞬間に走って行ったが、ボクの帰宅の道を舐めてはいけない。ほら見たことか。案の定5キロ地点の駿河公園で倒れている。


『帰宅至上主義者』の継承の条件はたった一つ。継承者の帰宅ルートでより早く継承者の家につければ『帰宅至上主義者』を継ぐ事ができる。


16.89km。走るのは日頃使い慣れているボク以外はほぼ不可能な距離である。倒れている男をチラリと見ながら帰宅を続けた。


そうして、校門から出てからおよそ4時間47分後、現在時刻20時16分。ボクはいつもの様に帰宅に成功した……だが


「……ただいま帰りました。」

「おかえり。」


神主さんに挨拶をしてからボクは自室の前に荷物を置いてから、台所で料理を作りはじめた。


(メンテ明けまで…後35分。)


事前にお弁当用のおかずを沢山作り置きしておいて正解だった。神主さんと一緒に食べてから二人分のお皿を洗う。


「…ではお先に失礼します。」

「そうそう、明日は神社の境内の清掃を…頼むよ。」

「分かりました。」


そう言って、ボクは急いで風呂場に向かい、服を脱いで、体を洗い速攻で湯船につかる。


「…後、15分。」


呟きながら上がり、ドライヤーで黒髪を乾かす。

そろそろ髪を切った方がいいなと思いながら、下着を履き、水色のパジャマに着替えた。


「マズっ、後3分!?」


髪をとかすのを諦め、急いで…あくまでも競歩

で自室に向かい、置いておいた荷物を持って部屋に入った。


「おお、帰ってきやがっ、」


荷物を適当な場所に投げつけて、急いで椅子に座り、パソコンを起動させながら、時計を見る


「今、20時59分…ま、間に合ったぁ。」

「…また、ゲームかよ。」


男はため息をついていた。


「師匠。娯楽は…快楽とは現実という地獄からボク達を解き放つ事ができる唯一の希望なんですよ……馬鹿にしないで下さい。」

「…何だそれ…もはや廃人の域だな。記録帳に今日の分を書いておけよ。」

「分かってますよ師匠。」


ゲームのロードをしている間にボクは記録帳に今日の帰宅について記入した。それを男はしげしげと眺める。


「挑戦者か。今年入って初じゃねえか…どうだった?」

「書いてある通りですよ…はぁ、さっさと継いでほしいんですけどね。」

「ははっ、無理だろ。お前さんはこのオレが認めた帰宅の天才だからなぁ。」


ロードが終わったのを確認してボクはヘッドホンをつける。


「……じゃあ師匠。ボクは新ストーリーをやるので、話しかけないで下さいね。」

「へっ、勝手にやってろ。」


そうしてボクは深夜まで新ストーリーを楽しんだ。学校生活という苦みがある事でゲームの面白さが倍増してるなと、改めて感じた。












































































































































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