華麗なる(?)帰宅理論

蠱毒 暦

退屈な日常

2-1 帰宅至上主義者の一幕

冬休みが終わった学校初日。

校長先生の長い長い話を聞き終え、宿題を提出し、担任が退屈な今後の学校生活についての話を終えようとしていた。


(ついに…また始まる!)


ボクの心が興奮で盛り上がるのを感じながら黒板の時計を見る。


(いい、いいよ…理想の時間だよ!)


「…日直、佐藤…号令だ。」

「あっ、起立っ!」


クラスのみんなが立ち上がる。


一般の帰宅部を自称する者は、ここでスクールバックを担任にバレない様に背負うだろう。

だがしかし、真の帰宅部たるボクはそんな真似をしない。


「…唯ちゃんさ…ずっと気になってたんだけど、カバンは?」


隣の席の問題児筆頭の谷口馨が小声で話しかけてくる。ちなみにボクの席の場所は前列一番目の教室の扉に一番近い席だ。この男が隣にいる事以外は最高ともいえる。


「…昨日、学校に侵入して机の中に宿題とか全部入れてきた。」

「え。」


言わないと面倒そうだから話すと谷口が絶句した。きっと馬鹿にはこの帰宅の美学が分からないのだろう…当然だ。


『さようなら!!!』


そうこうしている内にクラスメイトの挨拶と共に帰宅という名の戦いが始まる。


ボクは生粋の帰宅部だが、決して挨拶を言い切る前に教室から出るなんて真似はしない。目立ちたくないし、スポーツマンシップに欠けるからだ。


故に


一番最初に教室の扉を開ける高揚感に浸りながら、一階の下駄箱へと急ぐ。


だが走りはしない…あくまでも競歩をする。

これが、ボクがこの17年間の経験で生み出した『帰宅法』の一つである。


「でさぁ…うわっ、」

「……失礼。」

「何なの…」


ーー確かに走った方が早く家に着けるだろう。


ボクも一度はそう考えた。だが、それは大きな誤りだったと中学三年生の時に気づいた。当たり前の事だが危ないのだ…廊下を走るのは。咄嗟に避ける事も出来ないし、何よりも疲れる。


「っ、危なっ」

「……」


走って来る男子達を足を止めずに避けながら、前へと進む。


「…あの子、俺の体に当たらないスレスレで避けやがったぞ。」

「知らないのか、お前。」

「…アイツはあのだぞ。」

「…っえあの子が!?」


後ろから雑音が聞こえた気がしたが、気にせずに階段を降りる。だが、断じて二段飛ばしという下劣な手段は取らない。


(ここで怪我をしたら、帰宅の意味がなくなる。)


あの時の様な事には二度とさせない。少し素早く階段で今いる三階から一階へと降りる。

下駄箱に続く廊下で金髪の女子がいた。


「あ、唯ちゃん!」


こんなボクにも親友はいる…玉木彩たまき あや。演劇部の照明担当をしている。


「今度一緒に行く場所なんだけどぉ〜」


ボクは歩みを止めずにスカートのポケットから一週間前から練り上げてきたプランニングが書かれた紙を彩に渡す。


「…おっ、サンキュー♪また明日ね!」

「うん。」

「っ見つけたぞ玉木!我が生誕祭でのプレゼントの件で話がある…喜べ。この世界を統括するアタシがわざわざ時間を割いてまでここまでやってきたんだからなぁ!!!」

「うわ、最悪。マジウザイ奴と遭遇したわ☆」

「…ほほうその態度、どうやらここで雌雄を決する時が…」


 そんな会話を華麗に無視して、流れる様に上履きを脱ぎ、靴を履き競歩を続行する。


「…んぁ。」


閉塞した学校から外に出た時の開放感は…癖になる。だからいつもこうやって言葉が漏れてしまう。けど歩みは決して止めない。これは……戦いだ。


「……ふふっ。」


この感覚を感じたいが為にボクは学校に通っているんだろうなと改めて思った。


(帰ったら、ゲームにアニメに漫画が待ってるぞー♪あはっ、やったあ。)


明日からまた鬱屈した学校生活が始まるという事実は一旦隅に置いておいて、学校から開放された事を素直に喜んだ。


ーーこうして今日からまた帰宅が始まったのであった。




……で、そう簡単に終わらないのがボクの帰宅である。まずは山に向かわなければお話にならない。何せまだ家に帰っていないからである。


ーーここからが本番だ。


ボクはこの街にある『絶境神社ぜっきょうじんじゃ』に住んでいるのだが、標高859mの山を登らなければならないという最悪な立地なのだ。


山道手前までは余裕で行ける。万が一の為にボクは17年間で38の行き方を確立させている。3時間後、着いた時にはお昼になっていた。ここから後は登っていくだけだ。


「はぁ、はあっ、」


階段はあるにはあるが、ほぼ舗装が全く出来ていないし、段の高さが一段ごとに全然違う。


 ーーしかもここには出るのだ……害獣が。


蜂といった虫や野犬に蛇ならまだ可愛いほうだが、ヤバいのだと熊や猪…一度だけだが、虎を目撃した事がある。


なので帰宅の際は山頂までの階段を上がる関係で軽装でかつ対策として最低限、虫除けやクマ鈴を携帯し警戒しなければならない。今は冬だから滅多にいないが。


「まだ、まだぁ…」


寒いと何が起こるか。低体温症は勿論だが、ここにおいては脱水症状が一番厄介…。


「…あっ。」


どうやら、ボクは学校に水筒を置き忘れたらしい。普段ならそんな初歩的なミスはしないのだが。


「スクールバックを使わないとこういう弊害が出るんだなぁ。」


とか言っている場合じゃない!?…進みながら考えるんだ。


「ここから一旦下山したら…駄目だ。往復6時間……うん、山を登れる気がしない。」


「助けを呼ぼうにも神社以外は圏外だからこれも駄目…。」


「……仕方がない。無理をしてでも帰宅を完遂するしか…」

「……おいっ、聞いてんのか残雪!」


後ろから聞き覚えのある怒鳴り声が聞こえて、びっくりして転げ落ちそうになるが後ろから支えられる。


「はぁ、危ねえな…気をつけろよ。」

「っ山崎…さん?」

「おう、そうだぜ。」


山崎聖亜…学年の女子達にとても人気だがボクは彼の事が苦手だ。いつも乱暴な言葉を使っているから。


「…っ。」

「おい、何で泣きそうになってんだ?…とりあえず、ほらよ。」


怯えているボクに水筒を渡した。


「…谷口の奴に言われてよ。水筒、持ってきてやったぜ。」

「……ありがと。」


小さくそう呟き、水筒を飲んでからそれを片手に持って階段登りを再開した。このペースだと後どれくらい掛かるか…。


「本当、相変わらず凄い所にあるよなぁ。」

「……。」


何でまだついてきてるんだろう、この人は。


「何でまだついてきてるんだろう、この人は。」

「…あ?」


(あれ、ボクなんか言ったっけ?凄く睨んでくるんだけど。)


突然、ボクを抱えようとしてくる。


「っ!?なになに、怖いよ!」

「…残雪。さっきので


…どうして分かったんだろう。


「…足を捻った状態でこの階段を登る事がどれほど危険な行為か…分からないお前じゃないだろ。」

「う、それは…」


言葉に詰まる…その通りだ。


「だから、俺が神社まで送ってやる。女子一人抱えるくらいは余裕だ、心配すんな。」

「……。」


ふと二年前の事を思い出していた。

ーー『帰宅は素早く、華麗にするものだ。』


「どうすんだ?」

「…お、お願いします……素早く、華麗に。」

「よし、素早くか任せろ…ん?華麗に??」

「…なっ、何でもないです!」


抱えられて、神社まで凄い勢いで駆け上った。


「よし…着いたぜ。」


ボクを下ろうとして、やめた。


「ついでだ。お前の部屋まで送ってやる。」

「……え。」


マズい。それはマズい!!ボクの部屋には行かせる訳には行かない……何とか説得しなければ。


「…お願い、しますっ。ここまでで良いんです。

 後は自力で帰りますから。」

「ああ?でも無理はすんなって。」


山崎のズボンのポケットが震えている。


「あの、着信が…」

「はあ?誰だよ……っ!?」


未だにガラケーを使ってるって噂は本当だったんだなと思った。


「悪い、ちょっとやるべき事が出来た。じゃあまた明日なっ!」


ボクを下に降ろして即座に階段を転がる様に降りて行った。


「ああ、良かったぁ。」


あのまま自室に行かせる訳にはいかなかったから。


その後、神主さんに挨拶してからお風呂に入って、幸い軽度だったので足に湿布を貼って晩御飯のお手伝いをして、食べ終わった後に自室に入った。


「山崎さんのお陰でいつもより早く帰れたけど…流石に今回はノーカンかなぁ。でもいっか…結局は無事に帰れたんだし。」


分厚い記録帳に今日の分にペンでバツを書いた。そしてそこら中に色んなアニメの壁紙やコレクションを見て愉悦に浸る。


「…おいおい、ただいまも無しかよ…ガキ。」


ボクのベットに寝転がり漫画を読みながら、前の中学の男子用の制服を来ている男が言ってきた。


「あっ、いたんですね…師匠。ただいまです。」

「おお、おかえり…で許せるかボケが!足を捻って帰って来やがって…気をつけやがれ。」

「…師匠にはお見通しですね。」

「左足の軸がちょっとずれてるからなぁ。」


そう言って笑っていた。


「そんなんじゃ、まだまだオレはできねえぜ。」

「でも、先月よりは平均帰宅時間は早くなったんですよ。」

「はあ、オレ言ったよな?」

「…帰宅は素早く、華麗にするものだ。でしょ?」

「だがだ…。それを忘れんなよ。今回はあのバカガキが来たお陰で何とかなったんだ……次は無えぞ。」

「…ごめんなさい。」


素直にボクは謝った。


「へっ、精々頑張りな……。修羅の道だが、中々に帰宅ってのは奥が深いし楽しいだろ?」

「…まあ、否定はしません。」


そう言いながらパソコンを機動させて今日もいつも通り、ボクは日頃のストレスを解消するべく娯楽という名の快楽に溺れていった。























































































































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