第3話
「で、今日はどうしたの一葉。恋の悩み? それとも愛の悩み?」
「ウサギが全然捕まらない」
「人って成長する生き物じゃないの?」
眉間に二本の皺を寄せた麻奈美はニューヨークチーズケーキにフォークを差し込んだ。
ひとかけ割って、口に運ぶ。
「なんでよ。アイテム使ってないの?」
「使ってるよ。目覚まし時計も弓矢もブーツも投網もニンジンも落とし穴も」
「そんなに種類あったんだ」
「経験者なのに知らないのね、ふふん」
「弓矢あれば大体仕留められたからね」
私の脆弱なマウントは見事なカウンターを食らってしまった。さすが先輩狩人だ。
「私、弓矢全然当たらなくてさ」
「まあちょっと慣れが必要だもんね。他のアイテムは?」
「地面にニンジン置いて、その下に仕掛けた落とし穴に落としたりもしたんだけど」
「なんでそれで捕まえられないの?」
「落ちたウサギを捕まえようとして投網投げたら落とし穴塞いじゃって取れなくなったんだよね」
「慣れじゃなくてセンスの問題か」
頭を抱える麻奈美。なんで私よりショック受けてるのよ。
「落とし穴はあと何個?」
「もうないの。なんかレアアイテムみたいで全然見つからないんだよね。木箱も金色に光ってたし」
「勝ち確アイテムだもん。そりゃそうそう出ないでしょ」
「意地悪な運営だね」
「優しさを踏みにじってるのはあんたよ」
ちょっとアイテム見せて、と麻奈美に言われ私はアプリを起動する。
ハートを贈ってくれた人の写真をタップするとフィールド画面に切り替わった。中央に一羽のウサギが出現してすぐに走り去っていく。
スマホを麻奈美に差し出すと、彼女は右下のアイコンをタップしてアイテム欄を開いた。
「ニンジンと弓矢あるじゃん。ニンジンで足止めして矢で仕留めれば?」
「それ何回かチャレンジしたんだけどどうしても外れるんだよね。あんまり近づくと逃げちゃうし。練習ではうまくいくんだけどなあ」
「練習?」
「『IT』の練習モードってやつで弓矢の的当てがあるの」
「本当に親切な運営ね」
麻奈美はため息をつきながら私のスマホをタップした。草原にニンジンが放られる。
すると数秒後、画面上にウサギが現れた。一直線にニンジンへと駆けていきパクパクとそれを食べ始める。
そこで再び麻奈美が画面に触れて、いつの間にか構えていた弓を引き絞り矢を放った。
命中し、ウサギがひっくり返る。
そのまま悠々とウサギの元に歩み寄ると『おめでとうございます! マッチングが成立しました!』とカラフルな画面が表示された。
「わ、すごい!」
「こうするだけでいいはずなんだけど」
「チートスキルとか使ってないよね?」
「そこまで凝ったゲームじゃないわこれ」
私は初めて見たマッチング画面を崇めるように天へ掲げた。麻奈美は何故かずっと地を見つめているが気にしないことにする。
「……あれ?」
「今度はどうしたの」
「いやせっかくマッチングしたからメッセージ送ろうと思ったんだけどできないみたい」
「どれどれ。あ、これもう相手退会してるじゃん」
「ええっ⁉ せっかく頑張ったのに!」
「わたしがね」
どうやら私がウサギを追いかけてるうちに他に彼女ができてしまったらしい。
恋をするにはスピードも大事なのか。
「……私、もっと弓矢練習する」
「すっかり狩人の顔つきだね、家ウサギちゃん」
お気に入りリストを開く。私が最初にいいなと感じた彼はまだ退会していないようだ。
そのことを確認して、私はほっと息をついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます