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「澪先生」
「あらっ!青木君、また来たの?何の用事かしら?」
澪は座っていた椅子をクルリと回して翼の方を見た。
「またはないでしょ!用事があるから来たんですよ、澪先生」
そう言って翼は悪びれた様子もなくそばにあった椅子の背を澪に向けてその椅子にまたがって澪の目の前に座った。
(あ、青木君、顔が近い……張りのある顔……羨ましい)
立花先生という呼び名もいつの間にか澪先生になっていた。
こうして毎日、学校がある日は必ず保健室に来て他愛のないことを話して帰っていく。
もう一年近くになる。
「何の用事?」
澪はいつもの事なのでそっけなく答える。
そう言いながらも最近の澪は、翼が来るのを心待ちにしていた。
「今度、澪先生の手料理食べさせてよ。俺、両親が早くに死んじゃったから家庭料理に飢えてんのよ」
「そう、それは知らなくてごめんなさい。じゃあ誰と暮らしてるの?」
「俺の母方のお祖父ちゃんとお祖母ちゃん。俺にはとっても優しいから心配しないで。俺、愛されてるから、アハハ」
「じゃあ、お祖母ちゃんの手料理は食べてるんじゃないの」
「和食メインだから先生が作ってくれるならハンバーグがいいな」
「そんなことできないわよ。私は保健の先生、あなたは生徒」
「冗談だよ、それよりそろそろ進路を決めないといけないので澪先生に相談しに来たんだよ」
「進路の相談なら、進路相談の高木先生に相談すべきじゃないの?」
「その前に澪先生にも俺の進路は知っておいてもらわないとね」
「私には関係ないでしょ!」
「それが関係あるんだよね、俺の将来!澪先生と……ホニャララ」
「何バカなこと言ってるの?」
「俺は本気だよ」
澪は眩暈がしそうだった。
「あのね、青木君、私を何歳だと思ってるの?大人をからかわないで下さい」
「知ってるよ。三十一歳独身小学六年の男の子一人の子持ち」
「ぷっ、ど、どこからその情報を?」
「まぁまぁ澪先生、そんなことは俺にとっては問題じゃないよ。高校生の俺には何もできないってことも承知してるよ。だから六年待って!必ず迎えに来るから!」
翼がこう言って立ち去った後も澪はドキドキしていた。
(何をうろたえてるの私、高校生の言うことを真に受けちゃっダメでしょ!)
眩しいほどの爽やかな笑顔。
エネルギッシュでまっ直ぐな瞳を向ける青木翼。
これまで子育てに仕事に脇目もふらず突っ走ってきた澪。
若さって羨ましいなと澪は思った。
澪の心の中に少しづつ、翼の存在が膨らんでいくのだった。
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