第二十五話:ザナ


 歩たちの未来は変わった。

 危惧していた人類破滅の未来は変わったのだ。

 それは大きな犠牲の上に成り立ったかけがえのない物である。

 そして、それだけの大業をこなしても誰も知らない物語でもあった。



『等と現実逃避されてものぉ。我は主様と一つになったが、自我が消えたわけではないぞえ?』


「ザ、ザナ、お前起きてたのか!?」


『先ほど目が覚めたわい。のぉ、主様よ。主様と一つに成れた事はこの上なき幸せじゃ。しかし、肉の身体を持たぬ我は主様と再び子作りが出来んのぉ。それが口惜しくてな』


「いやいやいや、それ無理だろ? 俺は今は女の身体なんだから!!」



 歩の中にいたザナが目を覚ましたようだ。

 ザナの声は歩にしか聞こえない。


 歩の異変に気付いたアイナが歩に聞く。



「あゆみちゃん、どうしたのいきなり独り言だなんて?」


「あ、いや、そのなんでもないよ。女体化したけど心は男のままだから、ちょっと違和感があってね」


 歩はそう言ってアイナから視線を外す。

 アイナは暫し歩を見ていたが、ふぅっと息を吐いて言う。


「まぁ、あゆみちゃんは歩お兄ちゃんとして私を助けてくれたわけだけど、もう男の子には戻れなんだからね?」


「へっ? そう言えば、まだ一回だけは性転換できるって聞いたような……」


「あーそれ、ゼロ型使っちゃったからもう駄目なのよ。ゼロ型に蓄積されていたあのエネルギーを使えば、もう一度だけ性転換できたんだけどね」


 アイナはあっさりと言う。

 それを聞いた歩はその場でOrzして落ち込む。


「いや、一応はもう男には戻れないって覚悟だけはしてたんだけど。いざ聞かされると結構来るな……」


「でも、あゆみちゃんがあの時頑張ってくれなければ全てがダメになってたわ。ありがとうね♡」


 アイナにそう言われて歩の頬にキスをする。



 ちゅっ♡



「なっ///////」


 思わずキスされた頬に手を当て赤くなる歩。


『主様、浮気かえ?』


 当然ザナが突っ込んでくる。



「そうじゃねぇだろっ!!」


「え? これだけじゃ物足りないの?? じゃあ、やっぱりお布団に連れて行かないとダメかしら♡」


「いや、そうじゃなくて……」


「分かったわよ、こうね♡?」


 そう言ってアイナは歩を抱きかかえその唇を奪う。



 ぶっちゅぅ~っ♡!!



「んむぅっ!?」


「ん~っ、ちゅばっ!! うん、おいしっ! もう一回っ!!」


「むはぁっ!! や、やめぇ~、むぐむっ!!」



 こうして歩のファーストキッスはアイナに舌まで入れられて奪われるのだった。




 * * * * *




「それで、ザナは俺の中で目覚めたけど、どうするんだ?」


『どうするも何も無いぞえ主様よ。目の前で浮気をされた我の心情を察してもらいたい所なんじゃが』



 歩は家に戻ってトイレに逃げ込んだ。

 そしてザナに話しかける。


 正直ザナが自分の中で寝ているのはある意味好都合だった。

 そしていつ目覚めるか分からない状況はすこぶるよかったのだが、こうして目覚めてしまえば今後について協議する必要がある。


「いや、浮気たって別に兄妹なんだし……」


『それで接吻かえ? その昔は肉親同士で夫婦めおととなり子を成す事もあったじゃろうに』


「うっ」


 ザナにそんなことを指摘され、この世界でも過去には王族同士で近親婚があったと言う事を歩は思い出す。

 歩は大きくため息をついてから言う。



「それで、ザナはどうしたいんだよ?」


『そうよのぉ、やはり肉の身体が欲しいの。主様の寵愛を我も欲しい所ゆえな』


「いやいや、お前こっちの世界には精神体でいるから憑依しなきゃこっちでは肉体を手に入れられないだろう?」


 実際ザナはこちらに来るために過去に祀られていた自分の石像を依り代にこちらの世界へ来ていた。

 それは遠い過去にナギがザナたちの力をほっし、門を開きこちらの世界に呼び寄せようとしたストーンサークルなどの異物だったのだが。

 しかし実体をこちらの世界に送り込むには相当の魔力を必要とする。

 なので今まではこちらで憑依できそうなモノを介して具現化をしていた。


 ザナはそれでアイナの身体を手に入れようとしたが、それは歩によって阻止されてしまった。


 だからザナは行き場を無くして消える運命だったが、歩の中に取り込まれる事によりその存在を保っていた。

 そしてもう二度とあちらの世界に戻る事が出来なくなってもいた。


 

「ザナに残ってる魔力ってどのくらいあるんだ?」


『そうさな、こちらで自我を維持する程度かの? 何せあちらの世界を救おうとしてその世界の魔力を吸いつくそうとしていた本人じゃ、本体をあちらの世界に残し精神だけこちらに来たはいいが、残った我の身体はあちらで魔素として霧散した事じゃろうて』


 そう言ってザナは沈黙する。

 ナギのようにこちらに実体としてやってきたのとは訳が違う。

 その力のほとんどをあちらの世界に残してきてしまったザナはこちらの世界での影響をほとんど起こせないまでに弱体化していたのだった。



「ザナ、その、だったら俺の魂に内包している魔素を使ってくれれば少しはましになるんじゃないか……」


 歩はそれを十分に理解してしまった。

 そして思わずそう言ってしまったのだった。



『主様よ、本当に良いのかえ? それをしてしまうと主様の次なる転生に影響を及ぼすやもしれませぬぞ?』


「だからって、全てを思いだした今、お前を無視するわけにはいかないじゃないか……」


 それは星河歩としての義務では無かった。

 ナギとしての義務ではあるが。


『ふむ、例え浮気はしていても正妻に対しては情をかけてくれるかや? 嬉しいのぉ、主様。しかしそれでも足りぬよ。主様の魂に内包されている魔素は転生するごとに使われ、今や次の転生に足りうるかも怪しい。今我に主様の魔素を使い、実体化する事は難しいじゃろうなぁ』


 ザナのその言葉に歩は気付く。


「じゃぁ、俺が死んだらお前も消えるって言うのか?」


夫婦めおととしては最高な関係じゃろう? 故に我は主様と共におられるだけで十分に幸せと言う訳じゃ。やっと、数千年に渡る孤独からは解放されたのじゃからな』


「……すまなかったな、ザナ」


 思わず苦笑をしながら歩はそう言う。

 歩がこの世界からいなくなるにはまだ何十年も後になるだろう。

 しかしこの永遠の伴侶となるだろう彼女はそれでも最後の時まで歩と一緒にいてくれるという。


 少々重いが、それでも過去を思い出した歩は苦笑するしか無かった。



「それじゃ、死ぬまでよろしくなザナ」


『じゃが、こう言う事は出来そうじゃな、主様』


 歩のその決心に対してザナはそう言うと、歩は背筋にぞくりとする感覚を味わう。

 それと同時に便器に座って下を向いてぶつぶつ言っていた自分の影からいきなり裸の幼女が現れた。



「こちらで言う物の怪としてくらいなら姿を現せようぞ、主様」


「のわぁあああぁぁぁぁっ!!!!」





 黒い髪の黒い瞳に赤い光を宿す色白のとても美しい裸体の少女が現れたのだった。


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