第二十四話:問題


 ベータの空間移動により歩とアイナはベータたちの拠点に来ていた。



「って、何ここ!?」


 そこはまるでホテルのスイートルームのようなマンションだった。


 アルファたちの拠点でもあり、エージェントたちは皆ここに住んでいる様だった。

 広いリビング、高そうな調度品、外に見える風景は八王子駅から北側を一望できるものだった。

 西を見れば高尾山もよく見える。


 未来の国際連邦より領収書のいらない準備金を潤沢に渡されていたことは、歩も聞いてはいたが、まさかこんないい部屋に住んでいるとは思わなかった。



「うちより良い所よねぇ~」


「一体いくらもらってんだよ?」


「ん~、どうせ帰ってこれないし、退職金含めて今の日本の国家予算くらい」



「はぁっ!?」



 現在の日本の国家予算は約114兆円。

 未来での物価水準は不明だが、それだけの予算があれば、かなりの事は出来るだろう。


「マジかよ……」


「うん、でも目立つ事は出来ないから大きく使ったお金はこの拠点くらいかな? セカンドハウスの拠点も在るけど、そっちはそっちでデルタがメインで使ってるわ」


 そう言えばデルタが普段どこに住んでいるのかは聞いた事が無い。

 毎朝歩の護衛と言う事で家の前に来ていたから。

 帰りもほとんど一緒で、歩の家の前まで一緒に来て、何処かへ帰って行く生活をしていたはずだ。


「そう言えばデルタって何処に住んでるんだよ?」


「うちのすぐ近くのマンション。そこからうちの様子は見えるからね」


 結構近くに住んでいたようだ。

 と、ベータが歩たちにソファーに座るよう勧めて来る。


 歩とアイナはソファーに座って、ベータがあの未来的なゴーグルで二人を見る。


「異常は見受けられませんね…… 磁場波形も消滅しているし、本当に終わったのですね」


「そうみたいね。ところであゆみちゃん。あの女どうなったの?」


 ソファーに深く座って大きく息を吐いたアイナは歩を見ながらそう聞く。

 歩は視線をそらしながら言う。


「俺の中にいる……」


「やっぱり! で、そいつがあゆみちゃんをどうこうするって言うのはあるの?」


「それは無いかな。今はなんか寝ているみたいで呼んでも反応がない。多分、いろいろ肩の荷が下りて張っていた気が緩んだんだろうな」


 そう言う歩の顔は穏やかだった。

 何と言うか、ザナの事を慈しんでいるような表情だった。


 それを見たアイナはふくれっ面になる。



「昔の女なんか忘れて、今後の人生を私と楽しみましょうよ!」



「アイナさん……無駄かもしれませんが未来と連絡の継続をしてミッションの成功報告をしないと……」


 そう言ってベータはあのゴーグルを外してしまいこむ。

 そして喉元にあった飾りに触れて「解除」と言うと、その場で裸になった。



 ぱしゅっ!



 いきなり裸になるので歩は慌てる。


「べ、ベータさん///////!?」


「ああ、すみません。スーツを脱ぎたかったもので。お見苦しいところを見せました」


 そう言って大きな胸をプルンと揺らす。

 勿論カメラアングルは歩の後頭部がアップで映されているので、ベータのせっかくの素晴らしいバストが揺れているのは分かるが、見る事は出来ないのが残念だ。



「ベータ、まさかあゆみちゃんを誘っているんじゃないでしょうね?」


「いえいえ、私はノーマルですよ? あゆみさんが男性だったなら分かりませんが」


 そうにっこりと言いながらマルチの中にある私服を一枚一枚とりだし、装着してゆく。

 歩はそれをドキドキしながら見ている。



「あゆみちゃん、見ない!」


「は、はいっ!!」



 アイナにしっかりと注意されて歩は慌てて視線をベータから外す。

 ちょうどブラジャーを着け終わったベータは笑いながら言う。


「別にあゆみさんに見られるのは平気ですよ、私」


「そう言う問題じゃないの! まったく、あゆみちゃんはちょっと気を許すとすぐに良い思いするんだから!」


「そ、そんな事無いと思うけど……」


 アイナに言われて口をとがらせながら歩はそう言う。

 そんな歩とアイナに着替え終わったベータは同じく服を取り出しながら二人に手渡してゆく。



「どうぞ。サイズは合っているはずなので、まずは服を着てから落ちつきましょう」


 歩とアイナは大人しく手渡された服を身につけるのだった。



 * * * * *



「はぁ~、終わりました」


「大変でしたね、今回は」


「痛つつっです。スーツが無かったら死んでたです!」



 夕方、アルファたちもここへ集合した。

 デルタも何とか無事で、ナノマシーンによる治療を現在も進行中らしい。


 なんでも未来では体内にナノマシーンを注入して健康維持をする技術があり、金額的にかなりかかるも、ケガなどの自己修復はかなりのスピードでおこなえるらしい。

 今回この時代に来たエージェントたちは全員このナノマシーンを注入しているとか。 



「さて、みんな集まったけど今回のミッションは現時点を持って終了です。指揮権は現時点で終了。通常勤務に戻ります。とはいっても、未来との連絡はもう取れないと見た方がいいわね」


「何度もミッション成功の連絡を入れているのですが、通信が途絶えたままです。多分もう国際連邦は……」


 アイナの宣言にベータが連絡が出来なくなっている事を伝えると、みんな沈んだ顔になる。

 しかし、これで未来は変わった。

 アイナたちのいた時代とは並行世界に、パラレルワールドになってしまうがこの世界の未来は救われたことになる。




「となると、今後の私たちの事なんだけどね」



 重い雰囲気の中、アイナはそう切り出す。

 アルファもベータもガンマもデルタも、そして歩もアイナを見る。



「当面は現状のシフトのまま、あゆみちゃんが高校を卒業して完全に女体化するまで同様の警護をしようと思うの。実際には異界からの脅威は去っているとみていいけど、万が一があるからね」


「そう、ですね。未来との連絡が取れなくなった時点で我々はもう孤立無援。後は変わったこの世界の維持に従事するのが私たちに託された使命ですからね」


 アイナのその提案にアルファは答える。

 そして、その言葉にベータもガンマもデルタも頷く。



「私は嬉しいかもです。学校は、小さな時に小学校行っていた以来です!」


「そうね、昔はよかったって言う訳ではないけど、女教師と言うのも悪くはありません」


「女医もそうですね~」


「私は……特殊部隊に長かったので人目に着くのは……今まで通り陰からあゆみさんのフォローをします」



 デルタもアルファもガンマもベータもそう言って頷きあう。



「じゃ、決まりね。あゆみちゃん、私たちがあなたを守ってあげるからね♡」


「はぁ~、心は男のままなんだけどなぁ~。でも、未来は変わった。これからもよろしくな!」


「うん、私に任せて! 色々とね!!」



 そう言って笑い合う。



 未来は変わった。

 そしてその事実を知る者はわずかだ。

 たとえ大業をこなしても誰にも感謝される事も、それが歴史に残る事もない。

 

 ただ、平穏な日常が続くだけだ。



 歩はこの数カ月の激動的な事は絶対に忘れないだろう。

 決して……




























『ふわぁ~、良く寝たわ。ところで主様、我は今後どうするのじゃ?」


「へっ!?」








 ……どうやらまだ問題は残っていたようだったのだ。  




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