第十八話:始まり


 歩たちの学園で化け物が出たと言う事はアイナたちが記憶操作を行い、遺跡発掘中に使用していたガスボンベが爆発して大惨事が起こったという事にされた。



「まさか、記憶改変があんな風にされていたとはな……」


「可能な限りみんなには余計な事を知られたくないのよ。私たちにとって人々を救うための明るい未来になってもらうにはね」


 歩のそんなボヤキに対してアイナはそう答える。

 結局あの後異界の化け物は発生していないし、歩の磁場波形に関しても安定して女の子に波形を維持している。

 親玉と称されるあの女の接触も今のところない。


 なのでややも安定した日々を送れてはいた。

 ただ、そんな安息の日々は長続きするはずもないのだが。



 ばんっ!



 歩の部屋の扉がいきなり開けられる。

 そして妹の愛菜が入って来てわなわなと震えている。



「あゆみお姉ちゃん、これはどう言う事!?」



「どうって言われても……」


 歩はベッドの上で上半身裸でアイナのマッサージを受けていた。

 勿論アイナも下着姿で。



「何二人していかがわしい事してるのよ!?」



「いかがわしいも何も、アイナの話ではホルモンバランスを整える為のマッサージだって……」


「そうよ~♡ お姉ちゃん、あゆみちゃんの為にやってるんだから~♡」


「足裏つぼマッサージはまだわかるけど、ブラまで外してマッサージだなんて、なんてうらやまけしからんことしてるのよ!!」


「そう言われてもなぁ~。最近なんか肩こるんだよ」


 そう言って起き上がる歩は肩を回してみる。

 愛菜の頭がカメラアングルに割り入り歩の首から下を隠す。

 頼むからもうちょっと左右どちらかに動いてほしいものだ。



「……あゆみお姉ちゃん、おっぱい大きく成ってない?」


「へ? そうか? 自分じゃわかんなけどな」


 そう言って歩は自分の乳房を両の手で持ち上げてみる。

 ふみょん、と効果音が流れるが、カメラアングルは歩の鎖骨より下を映していない。

 もうちょっと下だってばよ!!


 歩は流石にもう慣れたが、自分で自分の胸を触る事に抵抗は無くなっていた。

 いや、最近はアイナや愛菜と一緒にお風呂に入るのも抵抗が無くなって来て、変な所を触られない限り気にもしなくなっていた。


 順調に女体化が進んでいるようだ。



「ん~、最近ブラカップの中に手を入れて調整する時にきつくなっていない?」


「あ~、そう言えばそうかもしれないな。でも俺ってBカップでも少し余裕があったくらいなのに?」


「うんうん、女性ホルモンの分泌が胸を大きくする要因でもあるからね。いい傾向よよ」


「えっ? それホントなの、アイナお姉ちゃん!?」


「本当よ~。私だって高校の時に頑張って自分でおっぱい揉んで大きくしたんだからね。あ、勿論その後いけない事して更に女性ホルモン分泌を促進しちゃったけどね~♡」


 恥じらいも何も無く姉妹でさえも伏せるような事を簡単に暴露するアイナ。

 勿論、歩も愛菜も真っ赤になる。


「あ、アイナお姉ちゃんさ、もうちょっとその、言い方を////////」


「なによ~、愛菜ちゃんだって同じ事してるんでしょ? あゆみちゃんをおかずに♡」


「あ、アイナお姉ちゃん////////!! し、してないもん、そんなエッチな事私はしてなぁーいぃっ////////!!」


 そう言ってアイナは真っ赤になりながら歩の部屋から逃げ出す。

 そんな様子を見てアイナはカラカラ笑うも、歩はため息を吐きながらアイナに言う。


「あんまり昔の自分をからかうなよ、可哀そうだろ?」


「いいじゃない、実際にこうに言ってあげれば昔に私がした事と同じ事して、おっぱい大きくできるんだから♡」


「本当にやってたのかよ……」


 歩は呆れて自分の胸から手を放す。

 そして横に置いてあったブラジャーを手に取り、慣れた手つきでそれを着けて行く。


 背中に手を回し、ホックを閉じ、胸の左右からブラに手を入れてカップの中に胸が収まるように調整し、最後に肩ひもの確認をする。

 そんな歩の様子を見ていたアイナはうんうんと頷いている。


「もう、すっかりブラ付けるの慣れたね? 順調、順調」


「毎日やってりゃ、そりゃぁ慣れるよ」


 歩はそう言いながらスマフォを手に取る。

 そして、流し読みでニュースを見て手を止める。



「ちょ、ちょっとアイナこれっ!!」



「なに、あゆみちゃん?」


 慌てる歩にアイナはうーんと伸びをしながら差し出されたスマフォの画面を見る。

 そこには各地で野生の熊らしき動物に襲われるというニュースがあった。

 しかし、その投稿の中に気になるコメントがあるのを見る。


「『あれは熊じゃない、化け物だ!』って、なにこれ?」


「最近テレビでも野生のクマに襲われる事件が多いけど、本当に野生の熊なのか? これって人里近くで襲われているのが多すぎないか?」


 歩のその指摘にアイナもハッとなる。 

 そして歩の顔を見ながら聞く。


「つまり、これって学園と同じ現象が各地で起こり始めているってこと?」


「俺は女の子に成って、磁場波形とやらが女の子の波形で安定しているって言ったよな? でもそんな中でも遺跡には異空間反応が出ていたって言ってたじゃないか。それって俺とは関係なしに異世界とつながる要因になって来てるんじゃないか?」


 歩のその言葉にアイナは慌てて自分のタブレットパソコンを開く。

 そして指示をして最近の野生の熊被害と思われる事件と、日本全国に点在する遺跡などの地図を重ね合わせてみる。

 すると、遺跡付近で圧倒的にその熊被害らしきものが発生している。


「いくつかは本当に熊の被害らしいけど、襲ってきたと言われる熊の捕獲もしくは駆除例が発生件数に対して少なすぎる…… これって……」


「ああ、俺とは関係なく異世界と繋がり始めているんじゃないか?」


 歩のその言葉にアイナは衝撃を受ける。

 アイナたちのいた未来では歩が特異点とかして災害発生の元凶となっていた。

 しかしこの時代の災害が歩むとは無関係に有ったとしたら?


「もしかして、あの親玉の女が手法を変えてきたってこと?」


「それは、分からないけどあまりにもあの後に事件が増えてないか?」


 歩とアイナがそう言っていると、アルファから連絡が来た。

 アイナはすぐにそれを受け、話を聞いてから通信を切って歩を見る。


「何があったんだ?」


「あゆみちゃんの言う通りかもしれない、デルタが解析をした結果、今起こっている熊被害の実に四割近くで異空間反応が観測されているらしいわ…… これは自然災害じゃない、異界からの攻撃なのよ!!」


 アイナはそう言って奥られてきた資料を読み始めるのだった。



 * * * * *



 翌日、アイナたちは学園に集まっていた。



「結論から言うと、前回の遺跡から異空間反応があったように各地でそれが拡大しているみたいだわ。デルタに解析をしてもらい、そこで発生した化け物と称される生物は、実態を持っていて通常の猟銃では倒せないみたいなの。流石に私たちだけでそれの対処をするにはいくら日本とは言え広すぎる。本来はあゆみちゃんを女の子にすれば事は済むはずだったのに」


「それでアイナさん、我々は今後どうすればいいのでしょうか?」


 アイナの説明にアルファがそう聞くとアイナは暫し黙ってしまう。

 そしてぽつりぽつりと話始める。


「最新情報だと、その化け物は警察が出動して殺傷力の強い銃を使ってやっと倒せたらしいのだけど、死骸を確認したらなんとタヌキだというの事らしいのよ…… これはこちらの世界にあいつらが来た時に依り代を使っていると言う事よ。だからその異空間反応のある遺跡を破壊できれば……」



「ちょと待てよアイナ、そんな時間もかかり労力もかかる事やってたってらちが明かないんじゃないか?」


 アイナのそれに歩はそう言うと沈黙が流れる。

 確かに異空間反応がある遺跡を一つづつ破壊してゆけばやがて異界からの脅威は収まるかもしれない。

 しかし時間と労力は相当なものとなる。


「でも、今私たちに出来る事はそれくらいだし、あゆみちゃんの護衛だってあるし……」



「なあ、あの異世界の親玉の目的ってこの世界に俺を介して干渉してくる事だよな? 今更だけど、なんであいつらはこの世界に来たがるんだ?」


 

 歩がそう聞くとアイナたちはハッとなって歩を見る。

 そして慌ててあのストップウォッチのような物を取り出すと、オレンジ色の波形が現れていた。


「あゆみちゃん!」


「ああ、今そこに見えてるよ」


 そう言って歩は壁の方を指さす。

 そこにはあの長い黒髪の漆黒の瞳に赤い光を宿すあの女がいた。


 ただ、その姿を見て取れるのは歩だけだが。


 アイナは歩のすぐそばに行って銃を取り出す。

 そして用心深く周りを見るが歩は震える手でアイナを押し退ける。


「なあ、お前は誰なんだ? なんで俺なんだ? そしてお前の目的は何なんだ??」


 歩は歩にだけ見えるその女にそう問いかける。

 するとその女はにたぁ~っと笑って歩にしか聞こえない声で話しかけて来た。


「我は主様を欲しているだけよ。悠久の時を経て再びこの世に現れた主様をな。数千年前より続く輪廻転生の毎に我は主様を欲した。だが今世程主様と我が強く契りをかわせたのは初めてじゃ。だから我は主様を欲した。そして我が世界の枯渇する魔力をこの世界から刈り取り、我が家臣共の飢えを補う必要がある。我はこの世界で主様さえいれば他の者などいらぬ。我らが世界の糧になればいい」


 その女はそう言って歩の目の前まで来る。

 そして服を脱ぐとあの真っ白な肌をさらす。


「主様が男の子であれば我と一つになれたものを…… 我と一つになり、あの精神世界のように交われさえすれば、我はこの世界へと来れると言うモノを…… 口惜しや。口惜しいぞ主様!!」


 そう言って右手を歩の胸に突き刺すが、実態を持たない女の手は歩の胸を突き刺すも素通りしてしまうだけだった。


 女は歩を睨んで言う。


「何故おなごになっておる!? 主様よ、我を娶るのではなかったのか? 我と一つになり、我が世界の王となるのではなかったのか!? 数千年前の主様のあの思いはどうなったのじゃ!? 大和の帝を討ち滅ぼす為に我と一つになり、この世界を破壊するという思いは何処へ行ったのじゃ!!!?」


「お、オレはそんなこと望んじゃいない! 止めろ、俺はこの世界を破滅に導きたくなんかないっ!!」


 歩はそうハッキリと言うとその女は衝撃を受け、数歩下がってしまう。

 そして首を振り信じられないと言わんばかりに言う。


「では、我はどうしたらよいのじゃ? 家臣たちに主様と一つになりこの世界より人の魂に内包されている潤沢な魔力を刈り取り、我が世界を再び繁栄させるとの約束はどうしたら良いのじゃ?」


「そ、そんな事は俺の知った事じゃねぇっ! 消えろ、そして自分の世界に帰れ! 俺にとってお前は迷惑以外の何物でもないんだよ!!」



 歩がそう、強く言うと女はものすごい衝撃を受けたかのようにその場で膝から崩れ落ちる。

 その瞳には真っ赤な涙が流れ出していた。


「主様は我を捨てると言うのか? あれほど愛し合った我を…… そんな、我と一つになり、我が世界の王となるお方が、我をいらぬのというのか…… あり得ぬ。そのような事があってはならぬっ!! そうか、そこの女じゃな? 主様をたぶらかし、そして主様をおなごに変えた魔性の女よ! 我から主様を奪い取ったにっくき女狐よっ!! 許せん、許せんぞ!!」


 その女は立ち上がり、もの凄い形相でアイナい飛び掛かる。



「なっ、止めろ! アイナっ!!」



 歩は慌ててアイナとの間に飛び込むも、実体を持たないその女は歩を素通りしてアイナに飛び掛かる。

 しかし、やはり実体を持たないために直接アイナに危害を加える事が出来ない。



「おのれ、おのれ、おのれぇえええええぇぇぇぇぇっ!!!!」



 なんどもアイナに爪を立てかきむしろうとするも、やはり実体が無い為に全てその攻撃は素通りしてしまう。

 アイナは歩以外には見えないその女の攻撃を受けている事すら気付いていない。


「あゆみちゃん、どうなったの? 大丈夫なの??」


「アイナ、今その女はお前を攻撃している。しかし実体を持たないからその攻撃は一切お前に当たらない。だが狂ったようにあの女はお前を攻撃している……」


「私を? なんで??」


「お前が俺をあの女から取ったからだと逆恨みしているみたいだ」


「な、なんですってぇっ!? あゆみちゃんは元々あたしモノっ! 女の子に成ったってあたしはあゆみちゃんが大好きで、初めてだってあゆみちゃんにあげるって決めているんだからっ!!」


 アイナはそう言って憤慨する。

 それを聞いたあの女も更に怒り狂い、般若の形相でアイナを罵る。


「おのれ盗人猛々しい! この女狐が!! 主様に女として認めらぬ故、主様をおなごに変化させたのだな!? そのブクブクと太った肉体では主様も見向きもしてくれなんだろうに!!」


 こちらもこちらで罵詈雑言を放つが、アイナには聞こえない。

 お互いに手が出せないから凄い事言い始めるが、やがて双方肩で息をして、ぜーぜー言っている。


 歩はしばし唖然としていたが、なんか二人のその口げんかのような物を見て「女こえぇ」とか思っている。


「おのれ、こうなったら更なる依り代を見つけ出し、我が家臣共をこの女にけしかけねば気が済まん!」


「え、あ、ちょ、ちょっと!」


「きぃいいいいいぃぃっ! 今に見ておれよ、主様は必ず我が手に入れる! 女め、覚悟するがよいわっ!!」


 そう言ってその女はその場から姿を消した。



「オレンジ色の波形、消えたです!!」


 デルタがずっと様子を見ていたようだが、波形が消えた事を告げるとここに居る全員が安堵の息を吐く。


 が、歩は最後にあの女が言った事が気になり、落ちつかない。



「あの女、消えたがアイナに恨みを持って何が何でも俺を手に入れるとか言って消えて行ったぞ……」


「上等よ! 来るなら来なさい!! あゆみちゃんは絶対に渡さないんだからね!」





 アイナもアイナでフンスと腕を組んで鼻息荒くそう言うのだった。


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