第十九話:魔物たち


 異世界の親玉と称されるあの女はさんざんアイナの悪口を言って消えた行った。

 そしてあの日から三日が過ぎようとしていた。



 結局なんやかんや言ってあの女の怒りの矛先がアイナに向かった事により、攻撃がこちらに集中するだろうと予測された。

 現状、物理的攻撃には遺跡などの異空間反応のある場所から依り代に憑依した化け物になってアイナに攻撃を仕掛けるしかない様だが、それもそうそう簡単には行かないだろう。

 なぜなら、ここ八王子近くにはもうそう言った遺跡が見当たらないからだ。

 他の場所で実体化してここまで来るのはかなり難しいだろう。


 故にアイナたちはこの八王子から動くことなく歩の護衛を続けている。



「あれから何も無いわねぇ~」


「いや、何も無い方がいいに決まってるじゃんかよ」


 アイナは今日は歩と恵菜、デルタと一緒に学園に用事があると言って朝から一緒に行動を共にしていた。

 八王子駅北側の学園が運営するバス停からバスに乗り込み、一緒に学園まで向かうつもりだ。


「アイナさん、今日は何の御用なんですか?」


「うん、あゆみちゃんの担任の先生とお話があるのよ」


 そう答えるアイナに恵菜は首をかしげる。

 三者面談やら何やらはまだ先だし、一体何なのだろう?


 そんな事を考えながらバスは学園に到着する。


「さてと、私は職員室に用事があるから、若人たちよ勉学に励みなさい」


 アイナはそう言って手を振って歩たちと別れる。

 歩たちは歩たちで自分たちの教室へと向かう。


 恵菜は隣の教室なので、歩の教室の前で分かれて歩はクラスメートたちに挨拶をしながら自分の席に着く。

 そして授業を受ける準備をしていたのだが、なかなか担任のアルファが来ない。

 もう既に朝のホームルームの時間になっていた。



「足利先生どうしたんたんだろう?」


「来ないねぇ~」


「何かったのかな?」



 教室の生徒たちがそう言っていると、緊急放送が始まった。



『只今火災が発生しました。生徒は指示に従い急いで安全な場所へと非難をしてください。繰り返します、只今火災が発生しました。生徒は指示に従い急いで安全な場所へと非難をしてください』



 ざわっ!



「はぁ? 火災だって?? みかど、どうなってるんだ?」


 歩は隣の席のデルタに聞くと、デルタはレシーバーを目立たないように耳につけて何かを聞いている。

 そして歩の手を取ってすぐに教室から抜け出した。


「ちょ、ちょと、デルタ! 何なんだよ!?」


「異界の例の奴が襲って来たです! 標的はあゆみさんです! すぐに安全な所へ逃げるです!!」


 まだざわつき始めて人の少ない廊下を、そう言いながら人気のない所へ向かうが、何と突然その前に狼男が立ちはだかる!?



「なっ!? ば、化け物!? なんでこんな所に!!」


「まずいです! マルチ!!」


 デルタはそう言ってすぐにペンダントに触れてあのスーツに着替えるも、その狼男にあっさりと弾かれる。



 ばきっ!


 どガンっ!!



「あうっです」


 スーツのお陰で致命傷にはならなかったようだが、学校の壁にぶち当たり、蜘蛛の巣のようなひび割れの中にめり込み吐血する。



「デルタ!!」 



「ぐふっ、です…… あ、あゆみさん……逃げて……です……」



 デルタはそう言ってがっくりとなる。

 歩はそれを目の当たりにして呆然と立ち尽くす。


「ど、どうしたら……」


 足はガクガクと震え、動こうとしても動けない。

 狼男はゆっくりと歩に向きその右手を振り上げる。


 こんな所で俺は死ぬのか?


 そう、歩があきらめかけた時だった。


「バカか、お前はアルっ! 逃げるアルよっ!!」



 がんっ!



 振り下ろされた狼男のその手はいきなり現れた小さな影に止められた。

 見ればそこには黒装束のマオが両手のかぎ爪でオオカミ男のその一撃を受け止めていた。



「マオっ!?」



「ここは我々に任せて貴様は逃げろ、国際連邦のエージェントと合流するのだ!」


 聞こえてきたその声はメサーナ。

 歩は振り返ると彼女が光る刃のナイフを狼男に投げつけながら走って来た。

 そして歩と入れ違いに狼男に斬り付ける。


「とにかく逃げるアルよ!!」


 マオにそう言われ歩は駆け出すのだった。




 * * *



「はぁはぁ、どうなっていやがるんだ? とにかくアルファたちと合流を……」



 そう言いながら職員室へ向かうも、渡り廊下で別の化け物の姿を見てすぐに隠れる。

 職員室へはこの渡り廊下を進むのが一番早い。

 他には迂回路となるところもあるが、その場合隠れる場所も何も無いので万が一化け物たちに見つかったら一巻の終わりだった。


「くそ、どうしたら……」


 歩は影からその化け物を見る。

 どうやら熊男のようだ。

 多分あの狼男より力が強いだろうその体は、プロレスラーのように大きい。


「あんなのにまともに向かってもだめだし、一体どうしたら……」


 そう言いながら相手の目を盗んで走り出す準備をしているといきなり後ろから肩に手をかけられる。


 ぽんっ



「うっひゃぁっ!!」



 思わず両の手で顔を隠しながら縮こまって尻もちを付くと、知っている声がかけられた。


「あゆみさん、大丈夫ですか? アルファから緊急連絡があり転移してきました」


 それはベータだった。

 歩はベータの姿を確認すると涙目で言う。


「ベータっ! デルタが、デルタがぁっ!」


「あゆみさん、落ちついてください。まずはあなたの安全確保が最優先です。今からあなたを連れて我々のアジトへ転移して脱出をします。私に抱き着いていてください」


 ベータはそう言って歩の手をぐっと握ぎって立ち上がらせる。


「でも、デルタが狼男にやられて、血を吐いて学校の壁にめり込んで!!」


 ややも混乱気味に歩はベータにそう言う。

 しかしベータは首を振りながら歩に言う。


「万が一デルタに何か有っても、私たちは覚悟のうえでの行動です。私たちはあゆみさんを守るためにこの時代にやって来たのですよ?」


 そう力強く言うベータはにこりと優しく歩に笑いかける。

 涙でぐしゃぐしゃになっていた歩だが、ベータのその表情を見て少し落ち着く。


「でも……」


「いいですか、私と一緒に逃げます」


 そうベータが言った時だった。



 キーンっ!!



 スピーカーから甲高い音が鳴って、その後ノイズまみれの女の声が聞こえて来た。

 


『主様は何処じゃ? 我はこの世界に過去の人形を依り代にやって来たぞ。我が家臣共も依り代を使ってやって来させた。主様よ、あのにっくき女は今我の家臣が捕まえた。出て来るがよい。一緒に愚か者が死ぬ様を見ようではないか?』


「なっ!?」


 歩はそのノイズだらけの放送に思わず心臓が鷲掴みにされた気がした。

 

 アイナが捕まった?


 あの女が人形を依り代にこちらの世界に来た?

 どう言う事だ?

 歩の頭の中には一斉にいろいろな疑問が沸き上がる。


「あゆみさん! とにかく安全な場所へ逃げましょう!!」


「あ、ぅうぅ、お、オレは……」


 手を差し伸べるベータに歩は涙目で顔を向けるが、その顔が恐怖に歪む。

 既にすぐ近くまであの熊男が近づいていたからだ。



「べ、ベータ逃げてっ!!」



 そう言って歩がベータを突き飛ばした瞬間だった。

 熊男の爪が歩を襲うのだった。




 

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