第七話:平穏な日々
「あゆみちゃん、一体学校で何があったのよ?」
復学初日から星河あゆみと言う人物は有名人になった。
病弱で今まで自宅療養をしていたと言う事や、実物の当人が可愛い女の子である事もその話題性を広めるには十分だった。
更に学園の二大マドンナである
「お、俺は別に……」
歩はそう言うも自分が何かしたのではなく、向こうからトラブルがやって来た歯がゆさを感じていた。
とは言え、歩を完全女体化して更に女性時の磁場波長を維持する事を目的とするアイナにとってトラブルは可能な限り避けたい所ではあった。
「そりゃぁあゆみちゃんは可愛いし、同じ女性でも襲いたくはなるけどさ。でも学園には刺客もいるのだから気を付けてもらわないと」
「それは分かってる。ああぁ、もうっ! 学校行きたくないっ!」
歩はそう言ってぼふっとベッドに頭から突っ込む。
ただでさえ女子高と言う特別な環境は精神的にきつい。
そんな所で女性として安定する為に行く必要があるのか?
自宅警備員でも良いんじゃないのか?
そんな事を思い始めていた。
「まあ、大変なのはわかるけどさ、お兄ちゃんには女の子に成ってもらわないと全人類の未来への希望が無くなってしまうのよ……それにお兄ちゃんがあんな異界の門になる事はあたし嫌だもん!!」
「アイナ……」
そう、思わず本音がこぼれるアイナに歩は顔をあげる。
目の端に涙をためているアイナはどことなく幼く感じた。
やっぱこいつ、俺の妹なんだなとふと思う。
歩は手をアイナの頭の上に乗せ言う。
「女の子に成っちゃったのは不満だらけだけど、お前は俺の為に頑張ってくれているんだろ?」
「お兄ちゃん……」
「ま、何とかなるだろう? はぁ~明日もあの女の花園に行かなきゃか~」
歩はゴロンと仰向けになり、天井を見る。
慣れない事ばかりで、ドタバタな初日だった。
しかし何故か気分的には悪くはなかった。
ぐっと片手を天上に向ける。
「女の子としての生活かぁ……ただでさえ刺激が強すぎるんだ、せめて平穏に過ごしたいもんだ……」
「お兄ちゃん…… ところで、アルファからデーターもらったんだけど、お兄ちゃんなんで男性時の磁場波形に近くなってたのよ? 一体どう言う事??」
ずいっと歩の上に馬乗りになってアイナはそう問いかける。
歩は一瞬あのムチムチ色っぽい女性教師アルファと女医ガンマを思い出す。
まさしく歩の理想とする大人の女性!
そして身体測定と称して気持ちいい事をされた。
当人たち曰く、女性ホルモンの活性化の為だと言ってたけど、デルタの話ではあの二人はとてもテクニシャンだとか。
確かにすごかった。
女の子として何かに目覚めてしまいそうになるくらい……
「お兄ちゃん?」
「あーいや、ほら、まだ女体化して安定してないからだと思うよ、うん」
「ほほほぉ~、アルファやガンマに男の子として反応したんじゃないでしょうね?」
「ななななな、なに言ってるんだよ。そ、そんなことないよぉ~(汗)」
「ふーん、本当かな? もし男の子としてそんな気持ちになったら磁場波形が男の子の方へと偏っちゃうからねぇ~。そんな時は女性ホルモン分泌を促さなきゃならないから、女の子として気持ちいい事してあげなきゃねぇ~♡」
「あ、あの、アイナさん??」
「さっきアルファとガンマの事話した時、これの波形が一瞬男の子の方へと振れたのよねぇ~? これはあゆみちゃんとして体に覚えさせないとダメかしら?」
「俺のプライバシー駄々洩れっ! え、あ、ちょっと、アイナ!?」
「問答無用! 他の女に気を取られるなんてお仕置きよ!!」
「ちょ、ちょとアイナ、だめっ! そんな所っ!!」
「うふふふふ、大丈夫お姉さんに任せなさい、痛いのは最初だけよ。すぐ気持ち良くなるからぁ♡」
「いや、ちょっと、そこ、んっ! ら、らめぇええええぇぇぇぇぇっ♡」
ばんッ!!
「なぁにぃ大きな声でいかがわしい事やってんのよ!! アイナお姉ちゃんまたあゆみお姉ちゃん襲ってるの!? あゆみお姉ちゃんはあたしのなんだからね、手を出したら許さないんだからねっ!!」
歩がアイナに女性ホルモン分泌促進な事をされていると部屋の扉が蹴破られ
そしてベッドへ押し倒されている歩を見て呆然とする。
「なに、やってんのよあゆみお姉ちゃん、アイナお姉ちゃん……」
「ん? 見て分からない、足裏つぼマッサージよ? こうして足の裏のツボを押すと最初は痛いけどだんだん気持ちよくなってきて循環が良くなり女性ホルモンが活性化するのよ♡」
「はぁはぁ、お、オレもう戻れないかもしれない///////」
そこには足裏をぐりぐりとされている歩とアイナがいた。
愛菜は歩のその姿を見てごくりと唾をのむ。
何と言っても美少女が苦痛に顔をゆがめ、しかし襲い来る快楽に頬を染め、涙目で喘いでいる。
キラキラフォーカスと周りにバラなんかがあればもう興奮モノである。
しかもそれが愛しい姉ともなれば自然と足がそちらに向いてしまうのも仕方ない。
「そ、そうなんだ…… あゆみお姉ちゃんの為なんだ…… だったらあたしも、手伝ってあげなきゃね!!」
お目めぐるグルで顔を赤くしながらゾンビのようにふらふらと歩の空いた足に向かってくる。
「へっ? ま、愛菜ぁ?」
「大丈夫、あゆみお姉ちゃんを気持ちよくさせるだけだからねぇ♡」
「ちょ、ちょっと二人とも! ら、らめぇええええええぇぇぇぇぇぇぇっ♡」
こうして歩の復学初日は幕を閉じるのだった。
* * *
「体が軽い……」
翌朝、洗面所で顔を洗っていた歩は昨日アイナと愛菜に散々足裏つぼマッサージを受けた。
思わず変な声が出まくったが、確かに最初痛くてもだんだん気持ちよくなって来るそれはイケない快感に目覚めてしまいそうな感覚だった。
あの後こっそりアイナに言われたが、磁場波形もかなり女の子寄りになっているので、今後も定期的に足裏つぼマッサージをすると言っていた。
……ちょっと期待している自分がいる
「いやいやいや、俺はっ!」
ぶんぶんと頭を振って顔を洗う。
「おはよう~あゆみちゃん。ん~? 何やってんのよ?」
バシャバシャと顔を洗っているとアイナがやって来た。
さっきまで抱き枕にされて同じベッドに寝ていたこいつはだらしなく裸シャツと言う姿だった。
「あのなぁ、父さんもいるんだからそんな恰好は……」
「あゆみちゃん、顔洗うならこうしなきゃだめよ?」
そう言って歩の長いピンク色の髪の毛をすっとひと房にまとめてヘアゴムで軽くとめる。
「あーあー、前髪もちゃんとしないからびしょびしょじゃない? こうしてヘアバンドして、洗顔時にはこうして洗顔フォームを泡立てて」
そう言いながら歩の洗顔をやり直しさせる。
「いや、こんなの石鹸で洗えば」
「だめだめ! 若い時からお肌のケアは入念にしないと! ほらこうやってもちもちに泡立ててからマッサージするように顔を洗う!」
アイナに指導されながら歩は洗顔からお肌のお手入れ、髪の毛のブローまでと仕込まれてゆくのだった。
* * *
「はぁ~、女の子の朝ってこんなにも面倒だったとは」
「どうしたのあゆみちゃん?」
「女の子の身支度は重要なのです」
恵菜とデルタと合流して学校へと向かう。
あの後出かけるまでもなんだかんだ色々あって、制服を着終わった時にはもう迎えで恵菜とデルタが来ていた。
慌てて朝食を済ませ歩は家を出たのだが、バス停でそんな朝の事をぼやく。
「あゆみちゃん、今まで病気で寝たきりだったもんね。でも女の子は身なりをちゃんとしないとね。今日のあゆみちゃんはなんかブローも決まってて良い感じだよ」
「そ、そうかな……」
髪の毛のブローに関してはほぼほぼアイナにされていた。
寝ぐせや髪のウェーブのつけ方などあれやこれやと言われながら、ストレートでサイドを軽く後ろで縛り付ける髪型にしてもらった。
自分でやったとは言えない歩は目線を泳がす。
と、バスが来て歩たちはそのバスに乗り込む。
中は全部女学生だけ。
しかも学園のバスなので一般人は乗っていない。
「あゆみちゃん、こっち空いてるよ」
「あ、うん、ありがと」
恵菜に言われて空いている席に座ろうとすると目の前で他の女学生に座られてしまう。
「あっ、せっかく座ろうと思っていたのに!」
「早い者勝ちアルね」
そう言ってお団子頭のその可愛らしい女学生は歩たちを見る。
歩と同じくらいか、やや小柄な少女で、勝気な瞳に小さな鼻、可愛らしい口元には八重歯が覗いている。
紛れもない美少女だが、彼女はキッと歩を睨む。
「あれ、あなた留学生の……」
「リン・マオ、アルね。私座る何か文句あるアルね?」
「いや、まあ早い者勝ちなんだけど、このあゆみちゃんって病み上がりだからね」
恵菜はそう留学生に言うと、その後ろに座っていたやはり留学生らしい西欧系の女性が立ち上がる。
「ならば私が席を譲ろう」
すっと立ち上がった彼女は長身だが、白い肌、金色の短髪に碧眼を持つもの凄い美人だった。
スレンダーな感じで残念ながら胸部もスレンダーの様だった。
ただ、やたらと物静かな印象を持つ。
どちらかと言えば冷たい感じさえする。
「あ、ありがとう……」
歩はそうお礼を言って彼女の席に座らせてもらう。
「ありがとう、えっと確かあなたも留学生の……」
「メサーナー=ドボルヒッチ」
恵菜のその言葉に彼女はつまらなさそうに名乗るも、ちらっと歩の方を見る。
それはまるで猛禽類が獲物を見つけたようなまなざしで。
「メサーナは優しいアルね~」
「ふん、別に大したことではない。アラスカでは乗り合いバスなど椅子が無くみんな立っているのが普通だからな」
そう言って吊り輪に手をかけ、読みかけだった文庫本を読み始める。
その様子を見てから歩は恵菜を引っ張って小声で聞く。
「あのさ、恵菜。うちの学校留学生とかも来てるんだ?」
「うん、国際交流の一環だとか言って結構な留学生がいるよ」
「ふーん……」
歩はちょっと意外に感じながら視線を窓の外へと移すのだった。
* * * * *
「はぁ~、やっと授業が終わったぁ~」
午前の授業が終わり、昼休みとなる。
休み時間ごとに歩の周りにはクラスの女の子や隣のクラスの恵菜がやって来て昨日の事などもいろいろ聞かれて気疲れしていた。
「初日からあゆみさん目立ちましたからです」
「んな事言ったって、好きで目立ってるわけじゃ……」
デルタにそう言われて歩はため息を吐く。
「あゆみちゃん! 一緒にお昼食べよう!!」
昼休み一分と経たずに恵菜が隣の教室からやって来た。
とは言え、歩は今日は弁当を持ってきていない。
「悪い恵菜。今日弁当持ってきてないんだ。学食があったはずだからそこへ行こうと思うんだよね」
「だったら私も一緒に行くよ。そこで一緒にお昼ご飯食べよ!」
「私も行くです!」
そう言いながら歩たちは学食へと向かう。
友愛学園には大きな学食の施設もあった。
隣が女子大や大学院の関係もあり、かなり充実した学食があった。
何と学食は二階三階とツーフロア―を使うほど広い。
「凄いな、友愛学園! 何この学食の充実っぷり!!」
歩は学食のメニューを見て驚く。
そこにはレストランのメニューに出てくるようなおいしそうなモノばかり。
しかも学食なのでお値段もリーズナブル。
五百円玉でもおつりがくるほどの価格に歩は自分が行っていた大学の学食と比較してしまい悲しくなってきた。
「これがお嬢様学校との違いか……」
「どうしあゆみちゃん?」
「いや、女学生と言うアイデンティティーを実感してただけ……」
「??」
そんな事を思いながら三階のメニューを覗くと、洋食が中心となっていた。
しかし、奥のテーブルから何やらよからぬ雰囲気が漂っている。
入り口から見える人だかりのテーブル。
歩がそこに注視して、見ると……
「おーっほっほっほっほっ、本日のお料理はとても私の好みでしてよ!」
「ああぁっ! 魔理沙お姉さまがかつ丼をお召しになられてるわ! とんかつを箸で持ち上げる様のなんと優雅な事かしら!!」
「それだけではございませんわ! 箸休めの柴漬けを召し上がるお姿も何と美しい!!」
「魔理沙お姉さま、どうぞほうじ茶ですわ!!」
どうやら大雲寺魔理沙がここで食事をとっているようだ。
金髪ドリル揉みあげの美少女がかつをかっ喰らっている様は、もの凄くシュールだった。
しかし、洋食でなぜかつ丼があるのだろう?
歩が首をかしげているとその隣にも人だかりがある。
「ふっ、かつ丼も好いがピッツァもなかなかだよ! ほら、可愛い子猫ちゃんあ~んして」
「はうっ! 凛様ぁ♡」
「あーんずるいぃ、凛様私にもぉ~♡」
「凛様、凛様、私にもぉ♡」
更にその隣のテーブルでは土岐速見凛が周りの子猫ちゃんたちに餌付けをしている。
歩はぐったりとして、なにも見なかかった事にして二階に行って見ることにした。
二階は和食が中心のメニュー構成になっていた。
「おっ、タヌキうどんにかき揚げ丼がセットで三百八十円!? マジか!!」
「あ~、これ人気メニューだよね。早くしないと売り切れちゃうやつ!」
「私はきつねうどんが良いのです!」
歩は自分好みのボリューム満点なセットメニューを食券機で選択する。
そしてトレーを持って配膳受け取り場所へ行くと、今朝の留学生たちがいた。
「あ~、朝のえっとドボルヒッチさんとリンさん……」
「お、今朝の娘アルね」
「……」
歩がそう声を掛けると二人も気がつく。
「今朝はありがとうございました」
「かまわない」
「ふっふっふっふっ、でも席は早い者勝ちアルね。お前も学食アルか?」
見ると二人の手元には既に配膳が終わったモノがある。
リン・マオは山盛りのチャーハンやラーメン、肉まんなどをトレーに乗せているが、ドボルヒッチ=メサーナはスープだけだった。
歩は笑顔を作って言う。
「当分私も学食なんですよ、母が忙しくて……」
「そう……か」
「ふーん、なるほどねぇアル」
二人はそう言ってトレーを持ったまま先に行ってしまった。
「あゆみさん、あゆみさんの出来上がりましたです」
デルタにそう言われ歩は慌てて自分の注文した品物を受け取る。
「あ、ホントだ。えっと、割りばしとかは……」
「あゆみちゃ~ん、こっちこっち!」
調味料や割りばしなどのは別の場所に置いてあり、自分好みでそれを使えることが出来る。
歩は七味唐辛子をパラパパらと掛け、無料で取り放題の漬物もいただいて、そして割りばしも貰ってから恵菜がいるテーブルへ向かう。
「さっき今朝の留学生に会ったんだよね」
「ああ、留学生には学校から給食券が配られるからね~。うらやましいよね」
「国際交流の一環で学園滞在中に食事などで不利にならないようにとの配慮らしいのです」
恵菜やデルタからそんな話を聞きながら学食を食べ始める。
歩は改めて学食の中を見れば確かに留学生らしい人が多い。
「ほんと、女の子になると有利なことだらけだな」
「ん? あゆみちゃん何か言った?」
「何でもない、おおっ、これうまいなっ!!」
歩たちは学食の高いレベルに驚かされながら昼食を済ますのだった。
* * * * *
「あゆみちゃん、私部活あるから先に帰っててね」
「ん? 恵菜ってなに部?」
「陸上なんだ」
放課後のホームルームも終り、帰り支度をしていると恵菜が教室へやってきてそう言う。
そう言えば昔から活発な所があり、小学校の時に運動会でもいつも一位を取っていたっけと歩は思い出す。
「そっか、じゃあ先に帰ってるね」
「私も帰るです」
デルタもそう言って歩の隣に立つ。
恵菜はちょっと悔しそうな顔をして、「明日は部活無いから一緒に帰ろうね、約束だよ! 絶対だよ!!」と言って教室を出て行ってしまった。
歩は手を振って恵菜を見送り、鞄を持ってデルタと一緒に歩き出す。
今日は何も無いのでアルファやガンマに呼び出されることもないし、比較的穏やかな日で終わりそうだと思った。
が、デルタが歩の前に出て歩の行く手を阻む。
「なんだよ、どうしたってんだ?」
「次元波に乱れを観測したです! あゆみさん注意してくださいです!!」
そう言ってデルタは懐からホチキスの様な物を取り出す。
それを空間に向かって神妙な顔つきで向ける。
「おいおい、まさかまだほかの学生がいる所で襲ってくるつもりかよ!?」
「分かりませんです。でも注意してくださいです!」
さっと周りを見ればまだ数人の学生がいる教室。
もしこんな所で襲われて彼女たちが巻き込まれたら一大事だ。
「みかど、ここじゃまずい。すぐに人のいない所へ逃げるんだ!!」
「でもそれではあゆみさんが危険になるです!」
「他の女の子を巻き込むわけにはいかないだろっ! 行くぞ!!」
歩はそう言って走り出すのであった。
* * *
「はぁはぁ、ここなら他女の子はいないな」
「でもあゆみさんがです!!」
デルタを引き連れ屋上まで走って来た歩とデルタ。
しかしデルタの持つセンサーには未だに次元波に乱れが観測されている。
ホチキスの様な物を構えてたままデルタは緊張に頬に一筋の汗を流す。
「あ、アルファさんとかガンマさんを呼べないのかよ? あのベータさんは?」
「通信障害のジャミングをかけられたです!」
デルタとそんな事を言っていると目の前の空間が水紋のように歪んでそこから真っ黒な黒装束にマスクをした大小二つの影会現れる。
一人は身長百七十はありそうなスラリとした体にたくさんのナイフのようなものを備えている。
もう一人は身長は歩と同じくらいかちょっと低い感じで、お団子頭でかぎ爪を両の手にはめている。
二人とも忍者の様な感じの服装だが、どう見ても普通じゃない。
「星崎歩だな?」
「お前たちはアジア共和連合の刺客ですね!?」
背の高い方の女性はそう歩に聞く。
その前にデルタは入り込み、ホチキスのようなものを容赦なく構える。
そして歩はそに問いに返す。
「もし、そうだとしたら?」
「消えてもらう…… と言いたい所だが、事情が変わった。貴様が女としてその磁場波長を安定させるのならばクライアントはそのままにせよと通知が入った。我々は貴様をすぐに消さずに経過観察に入る。もし貴様がまた男に戻りそうになるならば容赦なく始末しろとの命令だ」
そう言ってナイフを両の手に持つ。
かぎ爪の背が低い方も同じく爪をかかげて見せる。
「あゆみさんは必ず女の子に成るです! 私たちが完全サポートしているです!!」
「ふん、そうあってくれれば我々の仕事も楽でいいのだがな…… しかしまた男に戻るような事があれば!」
しゅっ!
トスッ!!
投げつけられたナイフにデルタは身動き一つできずにその刃がデルタの足元に突き刺さる。
そしてその二人はまた空間の揺らぎを作ってその中に引きさがって行く。
『もし貴様が男に戻る事があれば必ず始末する、忘れるな』
そう言い残して彼女らは消え去った。
それを確認したデルタはその場で腰を落とす。
「ふぇ~、行ったようです」
「だ、大丈夫かよ?」
「私、後方支援がメインだったのでこう言う肉体労働は苦手なんです。はぁ~緊張したです」
そう言って先程のホチキスみたいなものをしまい込み、腕時計の様なものでアルファとガンマに連絡をする。
そしてその連絡を受けたアルファとガンマがすぐにこの屋上へと到着する。
「あゆみさん。お怪我はありませんか!?」
「デルタ、あいつらは!?」
駆け付けたアルファとガンマは拳銃のようなものを構えたまま用心深く周囲を見渡す。
しかしデルタがもう完全に近くにはいないと説明を始めると拳銃を太ももの内側のホルスターにしまい込む。
その時ちょっと見えた絶対領域に歩は興奮をしたが、先ほど言われた事を思い出し頭を横にぶんぶんと振る。
「経過観察? デルタそれは本当なの?」
「はい、確かにそう言いましたです。クライアントからの指示だそうです」
デルタの報告を聞いていたアルファは頷いてガンマと顔を見合わせる。
「時空波が今は安定してませんので、未来との通信は出来ませんが、もしそれが本当であれば未来に変化が出始めたのかもしれません」
「だとすると、パラレルワールド論が否定される事にるわね……因果率に影響を与える今回のミッション、未来を変えられると言う事実になるわね」
ガンマとアルファはそう言って歩を見る。
その眼は希望と絶望が入り混じった色をしていた。
「どう言う、事なんですか?」
「今回私たちがこの時代に戻って、あなたの人生に対しては酷い事をしているとは思っています。しかしこの可能性が実証されれば人類の半数を助ける事が出来る。我々国際連邦は、いえ、人類は未来を変えると言う大罪を犯してでも生き延びなければなりません。想定では我々の未来は死滅します。たとえ過去を変えたとしてもその時点から未来は枝分かれをして破滅の未来と救済された未来へと並行世界に分かれると予測されました。しかし、私たちの来た未来から変化が観測され、彼らがその考えを変え始めているなら、パラレルワールドではなく未来の改変が始まったのです」
アルファがそう言うが、歩には全く理解できなかった。
首をかしげながら歩は聞く。
「未来が変わって来ているってことですよね? それは良い事なのでは??」
「本来、未来が変わったことなど未来にいる者には分かりません。なぜなら過去に変化が起こった時点で未来はそれが当たり前だと認識してしまうからです。またはそれを認識すらできないのです。私たちは過去に戻る事は出来るが、自分たちの時代は変えられないのです。変えられるのはこれからの先の世界なのです。だから我々はもう自分のいた時代には戻れない。この世界と共に新たな世界を作ってゆくしかないのです」
アルファのその説明に歩は愕然とする。
それはつまり、未来を変えるのではなく今からこの先の世界を作って行くと言う事だ。
そして時間をさかのぼって来た彼女らはもう元の時間には帰れない、この世界でずっと生きてゆくしかないと言う事だ。
アイナは、愛菜は、この世界でずっと生きて行かなければならないと言う事になる。
「そんな、それではあなたたちのいた時代は……」
「遅かれ早かれ破滅します。しかし過去からやり直した世界はそうはならない。うまくやりさえすれば時間をさかのぼってきた我々だけの犠牲で何事もない平穏な日々が続けられるのです。時空をさかのぼる技術も性転換させる技術も開発されないでしょう」
アルファはそう言って悲しそうに笑う。
「それでも私たちはこの任務を全うするつもりです。あゆみさんには迷惑を掛けますが、それでも人類滅亡のシナリオだけは回避しなければなりません!」
アルファのその強い意志を受けて歩はふらっとよろけた。
あのアイナがそんな思いをしてまでこの時代に来たとか、ここに居るみんなもその任務の為に自分を犠牲にすることを甘んじているとか。
「なんで、俺なんだよ……」
「それは分かりません。でもあなたを立派な女の子にしなければ人類はやがて滅亡してしまいます。だから私たちは全力であなたを守ります」
歩は何も言えなくなる。
そしてアルファは撤収の指示をする。
歩はデルタに付き添われ家まで帰るのだった。
* * *
「あ、お帰りあゆみちゃん。どうしたの変な顔して?」
「あゆみお姉ちゃんお帰り!ねぇねぇ聞いてよまたアイナお姉ちゃんがね!」
そんな二人の顔を見て歩は思う。
こんな平穏な日々の為に俺は何が出来るのだろうと……
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