第二章:女子高

第六話:お姉さま


「ふっ、流石はりんね、そのに怪我が無くてよかったですわ。でも、わたくしのロイヤルストレートスマッシュを素手で受け止めるとは、やはりあなたしか私のライバルにはならなくてよ!」


「おいおい、こんな所でやめにしないか? わたしはただ、この子猫ちゃんを助けたかっただけだよ」




 あゆむは目を白黒させていた。

 何なんだこの状況は!?


 宝塚男優に抱きかかえられたままの歩は、彼女がもう片方の手に持つテニスボールに気付く。

 もしや、あの球が自分に当たりそうになるのを助けてくれたのか?

 歩は恐る恐る宝塚男優の彼女に聞く。


「あ、あのぉ~もしかしてその球から助けてくれたんですか?」


「おや、そうだよ子猫ちゃん。私は土岐速見凛ときはやみ りん、全ての美少女の味方だよ」



 きゃーっ!! 



 途端に周りから黄色い声が上がる。


 土岐速見凛ときはやみ りんと名乗るその宝塚男優はふさっと前髪をテニスボールを持ったままの手でかき上げる。

 汗もかいていないのにキラキラした光が舞い踊り、フォーカスが効いた薔薇の背景がまたまた現れる。



「ふんっ、相変わらず可愛い女の子には手が速いですわね?」


「そう言う君も、らしくないじゃないか? こんな可愛子ちゃんにあの必殺技をぶつけようとするとはね」


「それは、たまたま勝負を挑まれて本気で打った球が相手のラケットを突き抜けてしまったからですわ」


 歩はラケットを突き破るスマッシュって何!? とか突っ込みを入れたくなった。


 だが、金髪ドリル揉みあげの美少女はそう言ってフンっとそっぽを向く。

 そんな彼女に手に持つテニスボールを投げながら宝塚男優の凛は言う。


「しかしそうだとしても、こんな可愛らしい子猫ちゃんに君のあの必殺技は少々酷と言うモノ。そう言えば子猫ちゃんの名前を聞いてないね? 君、何と言う名前だい?」


「あ、あの、星河ほしがわあゆむ……じゃなくて、あゆみです」


 キラキラフォーカスに白い歯を光らせながら歩の名前を聞いてくる土岐速見凛にうんざりしながら歩は答える。


 正直、男みたいなのでそろそろ放して欲しい。

 歩は男嫌いだからだ。


「ふっ、良い名前じゃないか、あゆみ君。どうだいこの後私と一緒にお茶でも?」


「あら凛、そのお話ちょっと待って欲しいですわね? 故意ではないにしてもそこのお嬢さんに迷惑をかけた手前、私がそのお嬢さんをお茶に誘おうとしましたのよ?」



 きゃーっ!!



 今度はテニス部の方からも黄色い悲鳴が上がる。



「お姉さま、そんな見ず知らずの女に!」


「どこの馬の骨とも知らない女など、ドクダミ茶でも飲ませておけばいいのよ!」


「くっ、ちょっとお姉さま好みの美少女だからっていい気にならないでよ!」



 テニス部から聞こえて来る女の子たちの声は辛辣なものが多かった。

 それに、この金髪ドリルお嬢様をお姉さまとか呼んでいる?


 歩はそんな金髪ドリル揉みあげの美少女を改めて見てみる。


 それは正しく少女漫画から出てきたような美少女のお嬢様。

 そしてテニス部には沢山の女生徒がキーキーわめいている。


 あ、これヤバいやつだ。


 歩は本能的にそう悟って、宝塚男優凛の手から離れる。



「えっと、お誘いはとても光栄ですが私の様なモノにそのようなお誘いは身分不相応ですので謹んで辞退させていただきたく……」



 そう言いながら離れようとすると、ガシッとその両肩を宝塚男優と金髪ドリル揉みあげお嬢様に捕まれる。



「「この娘とお茶を誰がするか勝負(ですわ)!!」」  

 

「はいっ?」



 歩の意思は完全に無視され、何処からともなく現れた女生徒たちに歩は連れ去られる。


 

「あゆみちゃん!」


「あ~、あゆみさんが連れ去られていくです」



 今までその成り行きを見守っていた恵菜えなとデルタは慌てて歩を追ってテニスコートへと行くのだった。



 * * *



「ふふふふふ、このわたくしにテニスで勝負を挑むとは、土岐速見凛ときはやみ りん! この勝負私の勝ちですわ!!」


「ふっ、美少女の為ならばわたしは負けない。大雲寺魔理沙だいうんじ まりさ君、この勝負手加減は出来ないよ?」


 やっと出て来た金髪ドリル揉みあげのお嬢様の名前言いながら土岐速見凛はびしっとラケットを魔理沙に突き付ける。



 びかっ!

 ゴロゴロどっしゃーんっ!!

 


 背景を真っ暗にして稲妻を走らせる二人の後ろには竜と虎が威嚇し合っていた。


 

「あのぉ~、オレ、ぢゃなくて、私もう家に帰りたいんですけどぉ……」


 ぐるぐる巻きに縛られて、額に「景品」と書かれた札を張られて、景品台に座らせられている歩は情けない声を上げている。

 しかし周りには土岐速見凛ときはやみ りん大雲寺魔理沙だいうんじ まりさを崇拝する女生徒たちで固められ、恵菜もデルタもとてもではないが歩を救出する事は出来そうにない。




「行きますわよ、凛! 喰らいなさいませ、ロイヤルストレートスマッーシュっ!!」



 どバゴーンっ!



 まるで大砲かのような轟音をなびかせ魔理沙のレシーブが放たれる。

 しかし凛はその強力な一撃を何と受け止め打ち返す。


 

 バコーンっ!



「ふっ、流石は凛ですわ! しかしこれならどうですの!? イリュージョンあたーっくっ!!」


「なんの、東海線スマッーシュっ!」



 双方とも一歩も譲らず必殺技の応酬をする。

 それは常人が全くと言っていいほど入り込めない打ち合い。


 一歩でも間違えればその壮絶な威力に血肉を裂かれ、その身を砕くだろう。

 もう既にテニスのレベルを完全に離れていた。



「んな訳ねーだろう! 一体何の勝負だよ、これぇっ!?」



 景品台の上に座っている歩は目の前でおこなわれている人知を超える戦いに盛大に突っ込みを入れている。

 しかし、彼女たちを崇拝する女学生たちは皆、瞳にハートのマークを宿し各々が崇拝するお姉さまたちに見入っている。



「流石、凛様です! あれを難なく打ち返すとは!」


「いやいや、魔理沙お姉さまだって凄ですわ! あの技をここで返すとは!!」


「ここであの技を!? 魔理沙お姉さまそれはお身体が持ちませんわ!!」


「凛様、それは限界を超える技!! 五分と持ちませんよ!!」



 いやいや、君たち何言ってるの?

 ははは、もう本当にわけわかんないや、これ夢だよね??


 歩はそんな事を考えてはいたものの、これは間違いなく現実であった。


 

 しゅるるるるるるぅ~ パンっ!



 しかしそれは突然終焉を迎えた。

 凛が放った必殺六甲おろしアタックがテニスボールの耐久性を越えた。


 ラケットで撃ち出したそれはちょうどネットの上で燃え尽き、粉々になる。

 審判を務めていた女学生は破裂して粉々になったテニスボールにどう判定をして良いのか分からなくなり、おどおどと双方を見比べる。



「ふふふふ、限界を超えたようですわね……」


「ああ、魔理沙君には敵わないな……」



 二人はふらふらとコートの中央、ネットがかかっている所まで来て互いににらみ合いその場で同時に倒れる。



 ばた、どさっ



「りょ、両者相打ち! ワーン、ツー、スリー」


「なんでここでカウントダウン!? これボクシングじゃないよね!!!?」


 いきなりレフリーの女の子が出てきてダウンカウントを取り始める。

 周りには応援する女の子たち。



「お姉さま、立って! 立つのよ魔理沙っ!!」


「まだです、凛様立ち上がってくださいっ!!」



 そんな声が飛び交う中、凛と魔理沙はのそりのそりと立ち上がる。

 そして拳を胸元で構え、戦う意思を示す。



 かーんっ!


 

 と、ここで試合終了の鐘が鳴って、レフリーが割って入って来る。

 セコンドの女の子たちがタオルを凛と魔理沙の肩に掛けながらコーナーへと引返す。

 どうやら最終ラウンドを終えて、判定結果での勝敗が決まるようだ。



「凛様、よくやりました。よく、やりました……」


「魔理沙お姉さま、絶対にお姉さまの勝です。だってお姉さまは、お姉さまは!」



 各コーナーの丸椅子に座らせられた凛と魔理沙は照明の下で真っ白になって行く。

 そして流れるモノローグ。



 燃え尽きましたわ……


 真っ白になったよ、私は全てを出して真っ白に燃え尽きたよ……


   

 劇画調に二人の姿は変わってゆき、上から照らされる光の下、真っ白になって目をつぶっている。

 そして判定結果が発表される時には既に二人は……



「だぁーっ! もういい加減にしろぉっ! オレ、じゃなかった私はもう帰るからなっ!!」



「あら、そうはいきませんわ。この大雲寺魔理沙とあろう者が粗相そそうをしたままあなたを返すなどあってはなりませんわ」


「そうだね、私も更に君の事が知りたくなったよ、マイハニー。どうだね魔理沙君、ここはひとつ譲歩して三人でお茶など如何かな?」


「あら、凛にしては良い提案ですわね。では早速お茶に行きましょうかしら?」


 そう言ってパッと元の姿に戻った凛と魔理沙は歩をの両の腕をガシッと捕まえてそのまま学園に設置されているカフェテラスへと行くのだった。




 * * *



「ふふふ、あなた、星河あゆみさんとおっしゃるのね? 良い名前ですわ」


「マイハニー、君の事はあゆみと呼び捨てしてもいいだろう? 私と君の仲だ」



 歩はガクガクブルブルと震えていた。

 何故なら周りから殺意のこもった視線が大量に注がれているからだ。


 目の前にはミルクたっぷりなミルクティーが置かれているが、甘党で無い歩にとっては拷問に近い。

 

 ここ友愛学園にあるカフェテラスはまるで植物園の様な優雅な場所だった。

 観葉植物がふんだんに置かれ、一番目立つ窓際で三人はお茶をしている。

 当然窓の外からはそれを覗こうとする女学生の殺気のこもった視線がひしひしと伝わって来る。   


「あのぉ~お茶までおごっていただいてありがとうございます。私、この後急用があるのでこの辺で……」


 そう言いながら席を立とうとすると、凛がいきなり歩の手を取って引き寄せる。


「急用なら仕方がないね、また会おうマイハニーあゆみ、ちゅっ♡」


「なっ///////!?」 


 引き寄せられた勢いそのままに凛は歩の頬に軽くキスをする。



 途端に外で大騒ぎが起こる。



「ふっ、私の目の前で良い度胸ですわ凛。あゆみさん!」



 そう言って魔理沙も歩の手を取って引っ張る。

 凛にキスされた事で一瞬頭の中が真っ白になった歩は抵抗することなく今度は魔理沙に抱きかかえられグイっと顎を上げられて同じく反対側の頬にキスをされる。



 ちゅっ♡



 そして耳元で歩にだけ聞こえる声で言う。


 「どうやら私も本気になってしまいそうですわ、あゆみさん♡」


 「なななななな///////!!」



 そして再び外で大騒ぎが起こる。



 歩の人生の中で女の子に例え頬であってもキスされた記憶はない。

 ちなみに、子供の頃の妹にキスされたのはノーカンとする。


 両のキスされた頬に手を当て、ぽ~っと赤くなる仕草がかわいらしい。

 まさしく今ここに歩を中心に三角関係が成り立つのだった。




「って、女の子に成ったんじゃ嬉しくなぁーぃぃいいぃっ!!」




 歩は心底声を大にして叫びたかったのだった。


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